持たざる者に幸あれ---エントリー
最終エントリー当日。
「しゃあ、『檜』の扱いにも慣れたし、身体の状態も最高!」
先日エルリカ達と別れたあと、早速刀を慣らし始め、いつも通り名前を付けた。『檜』。1番初めに試し切りをした木が檜だったから。たったそれだけの理由である。流石サリエナが大切に保管していただけあって、刀の状態は完璧だった。しっとりした重みがあり、光の好み通りだった。
リンデル闘技場エントリー受付所
エントリー最終日ということもあり、受付の前は賑わっていた。
「あのー、エントリーをしたいのですが...」
「はいはーい、お名前を伺ってもいいですか?」
受付の女性は何故か、光の後ろの人に声を掛けている。
「えっと、からすま...」
「あっあなたじゃないです」
「へ?」
「だから、あなたはエントリーしないでしょ?後ろの方のエントリーの邪魔になるのでどいてください。」
女性がさも当たり前のような顔をして光をどかそうとする。
「いやいや!俺もエントリーをしたいんですけど!」
「は?『愧人』でないのにエントリー出来るわけないじゃないですか。」
これまたさも当たり前のような顔で言う。
「そんなこと、参加条件には載ってないですよね!?」
「『愧人』でないのですから、参加出来ないのは当然でしょう。」
「別に参加する分には問題ないでしょう!」
「参加するだけ無駄ですよ。死ぬのがオチです。」
「俺は死なない!俺は『剛力羅』で優勝する!」
「なにを馬鹿なことをおっしゃいますか、寝言は寝て言って欲しいものです。」
「寝言なんかじゃない!俺は優勝しなきゃならない!成すべきことのために!なんと言われようと俺は参加する!」
『愧人』ではないことを理由に参加出来ないなど、絶対に避けなければならないと必死に抵抗を続ける。そこで聞き覚えのある声がした。
「何を騒がしくしているのです?」
すらりとした身長に黒髪のポニーテール、凛とした雰囲気の女性が受付の裏から出てきた。
「生徒会長!『愧人』ではない者がエントリーを希望していて、それで...」
生徒会長という言葉を聞いて納得した。それと同時に、生徒会長であるこの女性を納得させれば参加できるという希望を抱いた。
「俺はなんとしても『剛力羅』に参加したいのです!優勝して成すべきことを成すんです!」
「今大会は73回目ですが、これまでの間に持たざる者が参加したことはありません。参加することは死を表します。当然のことです。」
「死ぬのがなんだ!俺は成すべきことのためなら命なんて惜しまない!死んだ所でそれだけの話だ!」
「ほう、成すべきことのために命をかけますか。その成すべきことを聞いてもよろしいですか?」
生徒会長は、光の成すべきことに興味があると言うよりは、成すべきことという言葉自体に反応したように見えた。
「俺の成すべきことは、姉さんを探すことです。世界最強と言われるリンデル愧人学園の『剛力羅銀王』になれば、その特権を生かして姉さんを探すことができる。姉さん程の強さなら必ずどこかの学園に通っている。来るべき時に必ず会うことができる。俺は姉さんに会わなければならない!」
光の成すべきことを、魂を込めて伝える。
「なるほど。もっと馬鹿げた夢を語るものだと思っていましたが、意外と現実的な夢なのですね。」
「ならっ!」
「ですが、参加は認められません。」
希望が見えたがすぐに閉ざされる。まだ引くわけにはいかない。
「なぜです!」
「『剛力羅』に参加すればあなたは確実に死にます。それではあなたの成すべきことは120%叶いません。生きてお姉さんを探すことを勧めます。せめてもの慈悲です。」
カチンときた。慈悲なんていらない。光は常に命を掛けてきた。それを無駄にするつもりはないし、今さら命を大事にしようとも思わない。
「慈悲?ふざけた事を言うな!俺が命を長引かせる意味なんてない!お前がそれでも参加を認めないなら、俺はお前をここで殺す。学園の生徒会長を殺せる実力かあれば参加できるだろ?」
怒りにまかせ、腰に携えた刀を抜く。
「そこまで死にたいのなら、今ここで現実を突きつけて差し上げましょう。『剛力羅』で優勝するのでしょう?そう簡単に音を上げるないで下さいね?」
生徒会長も刀を抜く。彼女も剣術を扱うらしい。彼女が、刀を正面に構えた途端、ものすごいプレッシャーが放たれる。あまりの圧力に周辺にいたものの何人かが気を失っている。しかし、光は怖気付いたりしない。獰猛な牙を向けて立ち向かう。
「持たざる者が私のプレッシャーに耐えますか。」
「大したことないな。そこら辺の熊の方がいいぜ?」
光の挑発にどよめきが起こる。
「会長を煽るとか馬鹿か?」
「あいつ本当に死ぬぞ。」
「おだぶつ、おだぶつ。」
そんな声を尻目に、生徒会長が歩を1歩進める。たった1歩近づいただけでプレッシャーが倍以上になる。
(この人に勝てなきゃ、いずれにせよ死ぬも同じ、なら!)
光は決意を固め、自ら死の領域へ踏み込む。
「我流剣術奥伝---一命一刀」
その名の通り、命を捨て、ただ敵を切るための剣。深く速く切り込み、刀が届く瞬間、
「八咫烏流剣術初伝---飛立」
その声が聞こえた時には、光の左腕が飛んでいた。
「ガハッ...」
光の剣は届かなかった。悔しさで痛みなど感じない。呆然と地に落ちた左腕を見つめる。
「合格だ。」
凛とした声が耳に響いた。その声がした方へ振り返ろうとしたが、膝が崩れ地面に伏せる。時間をおかず、意識が遠のいて行った...。
「君、名前は...っと聞こえてないか。お前達この子を医務室へ運んであげなさい。」
光に声をかけたが意識がないことを確認し、生徒会役員に、指示を出す。
「ですが、会長」
「見事なものですね。持たざる者が悠に傷を付けるとは。」
「え?」
聴衆の中から出てきた、ショートカットの小柄な女性に視線が集まる。
「副会長!?」
「あら、いつから見てたのかしら?シャルヴィ?」
生徒会長こと悠は、海のように美しい色の髪をした女性、シャルヴィ・リトバイセに笑顔を向ける。
「目が笑っていませんよ、悠。持たざる者に傷を付けられたのがそんなに驚きですか?」
「いや、あれはいい剣でした。彼を褒めるべきです。」
「そのようですね。今大会は面白くなりそうです。」
「えぇ。」
悠は光に付けられたの右腕の傷を見つめる。
(あの時、あの子は間違いなくとっさの反応で左腕を盾にした。そして私の剣が彼の体に触れた衝撃を生かして剣をおしこんできた。成すべきことのため、か、)
そんなことを考えながら、傷を付けた本人が運ばれた医務室へと歩を進めた。




