3
『エチゴヤ』にとって特別なある日に、訪れる客を中心に小さな飴が一人一粒、看板娘であるミアによって配られた。
普通の商品でさえ、購入した客に”幸運を得られる“と大きく噂させる程の効果を示すのだ。その、特別な、なんて冠を被った飴がどれ程の力を手に入れた者達に示したのか。
幸せのお裾分け。
特別なお祝いの幸せを、皆で分け合いたい。
特別なお祝いの中心にいる店主ジェラルドの、最愛の娘がそう言って、喜びを隠すことなく、見ているだけで心が和む笑顔を浮かべて、その飴を次々に配っていった。
多分、それを受け取った人々は表面には出すことはなくても、きっと期待はしたのだと思う。
幸運を得られる店の、喜ばしき祝いの日に配られた、その幸せの欠片。きっと、大きな幸運が起こるに違いない、と。飴玉ということで、食べればいいのか、身に付けた持ち歩けばいいのか、それは人それぞれにどうするか決めたことだったが、そのどの方法を飴玉にとっていたとしても、その効果にあまり違いはなかった。
それは、奇跡を起こしてみせたのだ。
瀕死の傷を負った者は飴を懐に入れていたのだが、その飴が独りでに砕けた途端に、死ぬ運命しか与えない傷が跡形もなく消えた。
飴玉を口の中で噛み砕いた者は魔術師の家系に生まれ、でも生まれつき魔力が少なく苦しんでいたのだが、飴が口の中に溶け消えた後に自身の中の魔力が苦しいほどに増えた。
たった10日。
飴が配られてから、たった10日しか経っていないというのに、その飴によって起こったという奇跡の話は幾つも噂として人の口に上り、それは千里を駆け、幾つもの国を挟んだ先にある国にまで伝わった。
そんな馬鹿なとしか言えない早さで噂が真しやかに伝わったなんて事は、その噂の登場人物、しかも中心に存在しているミアも知るよしも無かった。、その為に、彼等四人が『飴玉』が欲しいのだと言っても、何のことなのか思いつくことも出来ず、その理由を推し量ることも出来なかった。
だから、純粋な疑問をもって、ミアは彼等に尋ねたのだ。
特別な飴って何、と。
そして、彼等はあっさりとその疑問に答えた。
10日前に君が配った飴のことだよ、と。
「あっ、あぁ、あれ?」
それをミアはちゃんと覚えていた。忘れる筈がない。滅多にない慶事に自分が浮かれすぎていたという自覚が忘れることを許してはくれないのだ。
確かに、あの飴玉なら欲しがっても仕方ないか、とも考えた。
そう、浮かれすぎたのだ、まさに。
ミアは表情を引き攣らせた。
自分の失敗を目の当たりにしたのだから、そんな表情についなってしまうのも仕方無い。
そんなミアの表情の変化を、ラース達は別に意味だと思ったようだった。
「私達も腕には自信があってね。だから、お父さんが帰ってくるまで、可笑しな者達が押し寄せてきても先程のように、この店や君に危害を加えさせないよう頑張るつもりだよ」
ミアのそれを、彼等は不安と怯えにとったらしい。
大丈夫、安心して、と優しげに彼等はミアに告げてきた。
「…えっと。じゃあ、お願いします」
ミアとしては父もいない家で他人と暮らすなんて不自由極まりないことだ。一人で好き勝手、人間らしい動きをしなくてもすんだ方が何かと楽だし、まだ慣れない人としての生活で何か失敗をしないか、ビクビクと人の目を気にしなくてはいけないのは疲れるだけだ。
でも、よく考えればメリットもあるのだ。
父が帰るまでどれだけ掛かるか分からない。その間ずっと、店を閉め続けるなんて、ミアには考えられなかった。
実をいえば、父が不在でミアが一人で留守番をする10日の間、ミアが一人で店を開こうと思っていたのだ。だが、それは父によって止められてしまった。一人じゃ危ないとか、ミアが疲れて病気になっちゃうよ、と涙涙に止められてしまっては勝手に強行も出来ない。休業とはしらずにやってくる常連達にまで、理由を説明して謝ると、そういうことなら仕方無いじゃねぇか、などと頭を撫でられて納得されてしまうのだ。
だが、休業しなくてはいけない日が伸びれば伸びる程、この『エチゴヤ』の評判にも関わるし、売り上げが無いと生活が苦しくなる一方だ。
例え、ミア一人だろうと店を開けて、利益を得なければならない。ミアはただの人間の子供ではないし、人の目を欺く盾となる大人という存在がこうして確保出来たのなら、何の問題もあろう筈はない。
うん。お父さんが帰ってくるまでの間くらい、面倒臭いとか疲れるとかは我慢しよう。
瞬時に考えを馳せたミアは、不安を隠しきれない笑顔というものを意識して浮かび上がらせ、これから居候となる四人を見回した。
「あっ、そうだ。部屋はどうしたらいい?」
ミアの承諾を得れたことで、彼等もホッと安堵した様子を滲ませた。
いくら家主であるジェラルドからの依頼、という形になっているとしても、彼等と一緒に住むことになるミアの許しを得ないことには色々と不都合がある。
特に、彼等が探している飴玉を知っているのはミアだけなのだ。ミアが機嫌を損ねたりしたら、彼等は飴玉を手に入れることが難しくなってしまう。
「お客さん用の部屋が小さいけど一つあるよ?あとは、お父さんの部屋を使って貰えばいいかな?」
お父さんが帰ってきたら掃除しなおせばいいよね。
この日から、ミアは同居人達との暮らしが始まった。
父との暮らし以上に気を使いながら、それでいて父との暮らしでは味わえない楽しさや発見を得る生活は、始めは心を岩戸で守るようにしていたミアのそれを、次第に開いていくことになる。
「あっ、お姫様。それで例の飴って結局どれな訳?」
家と店の説明をするね、とミアが案内を始めようとした時。
一人、自由な感じに店の中を物色していたガロウズが口を開いた。彼がその時立っていたのは、お菓子などが置かれている棚。その視線は、多種多様の飴が瓶に入れられて並べられている棚を見ていた。ミアが振り向いた瞬間それは掻き消えてしまったが、飴を見定めている時の彼の表情は、まったくヘラヘラと緩くもなく、笑いも一切ない、少し怖いくらいのそれだった気がした。
ガロウズの言葉にラース達も、ミアに視線を向けた。
「教えない」
四人の視線を浴びながら、ミアはそう宣言した。
「えっ?」
「だって、飴を手に入れたら、貴方達は消えちゃうかも知れないし。お父さんを守ってくれている人達が手を引いちゃうかも知れないでしょ?だから、教えてあげない。お父さんが無事に帰ってくるまで、絶対に」
報酬は後払いだよ。
ミアは笑いながらそう言い、四人に背を向けて店から家へと繋がる扉を潜っていった。
「勝手に探しちゃうぞっと」
無防備ともいえる、その姿にガロウズが苦笑を零す。
だが、彼等は店の中の物に何一つ手を触れることなく、ミアの後に大人しく続いた。
ミアが、同じ年頃の子供よりもしっかりとしている娘だということは、この僅かな間によく理解出来た。ジェラルドの娘の話は王都からずっと聞かされていて、彼等四人だけではなく彼等の残してきた仲間達も全員、親馬鹿炸裂だな、なんて呆れていた。だが、ただの親馬鹿ではなかったと、彼等はミアを直に見て納得したのだ。
だから、彼女が油断して、もしくはうっかりして、彼等を幾つかの飴玉が並んでいる店に残したのではないと考える。彼女の言うように、父ジェラルドが帰ってくるまで絶対に、彼等が探す飴玉は見つける事は出来ないとミアは確信しているのだと、察したのだ。
ここで馬鹿をやって不興を買うわけにはいかない。
四人は大人しく、これからの共同生活に身を投じることにした。




