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まず、相手の足を思いっきり踏み躙る。
そして、その痛みで怯みを見せた相手の腹に肘鉄を入れる。もしも、相手の身長が自分に近く、出来ると思ったのなら顎に頭突きを入れるのも有効。
残念なことに、ミアの頭は背後の男の顎に届きそうにないことが確認出来てしまった為、それは実行することは出来なかったが、足による一撃に「うわ」と声を上げた隙に肘鉄を入れることは成功した。
次は…。
「お転婆とは聞いてたけど、度胸の据わった子だねぇ」
怯んだ様子を見せた相手から逃げようとミアは動いたが、その動きはあっさりと相手に腕を掴まれることによって、阻止されてしまった。
なら、とミアは次の手を取ろうとしたのだが、目の前に相手によって突き付けられたモノのせいで、その意思が大きく殺がれてしまった。
「落ち着いてねぇ。僕達はジェラルド・クーゼン氏から頼まれて来たんだよぉ、お姫様」
その言葉と、目の前に突き付けられた鈍い銀色の鍵に、ミアは話を聞くべきかと冷静に判断を下す。
一応、その表情の上では、驚き、戸惑い、そして怯える様子を浮かべておく。
ヘラヘラとした笑いを浮かべた、でも何処か油断の出来ない雰囲気を持っている青年に、ミアの作り上げたそれが何処まで通用するかは読めなかったが、それでも子供らしさをちゃんと演じておく。
冷静になった頭で、そういえば、とミアは考えた。
店の入り口はあの“悪い人”だった男達によって塞がれていた。ならば、この青年は何処から入り込み、ミアの背後に現れたのか。
それもこれも、青年がミアに突き付けた鍵が有れば説明がつく。
家の玄関から鍵を開けて入り込み、家と店とを繋ぐドアを潜って来たのだ。音や気配が無かったのは、そういう訓練を受けているのだろう。
なら、どうやって鍵を手に入れたのだろう?
ミアにはそれが一番の謎だった。
家の鍵を持っているのは、ミアと父だけ。
ミアの鍵は確かに彼女の胸元の服の下にぶら下がっている。なら、青年が手にしたそれは、父の物。
父に何か合ったわけではない。それだけは確信を持って言える。そうならば、ミアはすぐに感知する事が出来ている筈だし、まずそう成り得ないと経験として知っている。
そう思えば、父が直接、それを青年に貸し与えたとしか思えないのだが、どうして、と思うことは止められ無かった。
ミアが青年を睨み上ゲ、青年が軽薄な笑みでそれを受け止める。
少ない光にも反射してキラキラと光って見える蜂蜜色の髪のポニーテール、夜空みたいな濃い青色の目。ヘラヘラと笑って表情を崩していなければ、王子様なんて評価がついても可笑しくない整った顔立ちの、20代前後と思われる外見をしている。ミアの肩に触れた手が固くしっかりとしていることから、それなりに戦える人物ではあるのだろうと、客としてくる傭兵達の手におつりを返す際など何度も触れているミアは推し量れた。だが、細い身体つきとその軽薄な雰囲気が、決してそうは思わせない。
一体、全体、本当に誰なのか。何者なのか。
ミアはジッと睨みつけるが、その視線さえも青年は飄々と余裕の表情で受け止めている。
そんな状態が長く続いた訳ではなかったが、物音を耳にしてミアがはっと意識を店の出入口へと向けると、外の喧騒はすっかりと治まり、先程の男達とは違う清潔観がある2人の男と1人の女が店内へと顔を覗かせていた。
「こっちは終わったよ」
「お疲れ~。こっちも、お姫様に簡単な説明が終わったところだよぉ」
はっ?
ミアのその思いは、しっかりと口から飛び出していた。
簡単とは言っているが、あれが説明だったと言っていいのか、と。
その微妙な表情と、自分達の仲間である青年に向けられたミアの視線、それが何を意味するのか一瞬で理解した彼等は、溜め息を深々と吐いて、ミアに謝罪の言葉を投げ掛けた。
「私達の仲間が申し訳無かった。事情などの説明をさせて欲しい。どうか、聞いては貰えないだろうか?」
店内に入っても構わないか。そう聞いてくるだけ、隣に立っている青年より、先程の下卑た男達よりも、一応はまともな人だと、ミアは店の外で返事を待っている人達にそう感じた。
店と外の境界線の上に立つのが、白髪にも見える銀髪とそれと同じ色の目、褐色の肌という少し珍しい組み合わせの美丈夫。穏やかそうな顔立ちや立ち振舞いはまるで貴族のような、30代の前半であろうと思われる男。全体を見てみれば、すらりとした、それでも充分に戦えるのだと察することの出来る身体をしている。でも、彼が薄汚れたマントの下に纏っている、多くの冒険者や傭兵が身に纏うのと似た動きやすさを重視した服がきちんと着こなされ、着崩れが少しも見えないところを見てしまうと、この美丈夫がただの冒険者、傭兵ではないとミアに示しているようだった。
狭い店の入り口では彼以外の二人の全身を拝むことは叶わなかったが、これもこの美丈夫と似たようなものだと見える範囲の姿を目にしたミアは思った。
美丈夫の右隣の、彼よりも頭一つ分上の位置から頭を覗かせている男性。
手前の美丈夫だってミアが客として見慣れている大人達と比べてもそう背が低いという事はないのに、その男性はそれよりも高い位置に顔がある。目を引くのはそれくらい、顔立ちは街でよく見掛けるような平凡のもので少し目が細めかなと思う程度の特徴しかなく、そのせいで年齢も推し量れない。短く刈り上げられた赤銅色の髪も、細い僅かにしか見えないが多分濃い緑色なのだろう目の色も、そう珍しいものではない。服装も汚れといい、着崩し、それを着こなして違和感が無い様子。その背さえ無ければ、年中人通りが多い街の本通りに行けば何処に行ったかも気づけなくなってしまうだろう。だが、ミアの人よりもよく利く目で見れば、この男も見慣れた冒険者達とは違うだろうと思わせるものがあった。肌や髪の、質だ。旅に身を投じている冒険者のように見せかけているのだろうが、肌に荒れた様子はないし、髪も痛んだ様子が一切みて取れない。きっと、高価だけど質のいい石鹸などを常に使える立場なんだと考えさせられる。
美丈夫の左隣の、美丈夫の顔よりも頭二つ分程低い位置に頭を見せている女性。
小柄で、ミアよりも年上なのは確かだが少女のようにも見えるが、鋭く細められた深紅の目が放つ光や、理知的なその表情が少女などとは呼べない、大人の女性なのだと知らしめている。手入れを怠うことが無いだろう透き通るような白磁の肌に、同じく手入れを怠ったことが無いと分かる黒髪。彼女は他の二人とは違い、あまり身分を隠す気が無いような気をミアは覚えた。申し訳なさげな程度に頭から被っているマントのフードが、あまり髪や顔を隠していないからだ。でも、貴族のお姫様という感じでも無いような…。
表情が人形のように動かないかと思われた女性だったが、ミアの視線が自分に向かっている事に気づき、女で子供なミアでさえ惚れ惚れしてしまうような綺麗な微笑みを浮かべて手を振った様子を見ると、性格はそれ程悪くはないと思えた。
「正面のおっさんが、ラース。右のでかいのがアクナ。左の可愛いのがエレクトラな。で、俺がガロウズ」
よろしくな、お姫様。
自由気儘に旅から旅を楽しんでいる冒険者や、戦いを生業としている傭兵では決して無いと分かるものの、それ以外に共通点が無いように見えるこの三人組、いや今ミアの隣で飄々と笑っている青年も仲間なのだから四人組に、ミアは珍しく本心からの戸惑いを覚えて、それを表情にしっかりと露にしていた。
そんなミアに、隣の青年は少しも配慮を配ろうともすることなく、勝手に仲間達を次々に指差していき、彼等の名前らしきものをミアに教えていく。
そして、最後には自身を指差して、よろしく、なんて挨拶をした。
ミアは一切、意味が分からない。
誰かも分からない人達が、何故か父の鍵を持っていて。そして「よろしく」なんて、まるで長い付き合いになるような言葉を笑いながら告げられて。
流石のミアも、未来を知ることなど出来はしない。
だから、これから何が起ころうとしているのか、ミアはそんな大きな不安に襲われた。
「クーゼン氏からの手紙を預かってるんだ。まず、これを読んでくれないかな?」
不安と動揺を隠すことも出来ていない子供の姿に、ラースという名だという美丈夫の声が先程よりも一層柔らかみを帯びている。
入っていいかな。そうミアに尋ねて、ミアが不安を目に宿したまま頷くのを確認してから、ラースとアクナ、エレクトラは店の中に足を踏み入れた。
そして、そのままミアの傍へと寄ったラースは、自分の半分よりも小さなミアと視線をあわせようと、床に膝をついた。その動きはあまりにも自然で、慣れ親しんだものに思えた。
「お父さんからの、手紙?」
見上げる必要が無い高さに降りてきた視線を受けながら、ミアはラースが差し出した白い封筒をジッと見つめ、そして手を出して受け取った。
疑問はつきない。
「お父さんは今日、何時になるかは分からないけど、帰ってくるんだよ?なんで、手紙…」
どういうこと、と疑問を口にしつつ、ミアはしっかりと蝋で封が成されている封筒を解き、中に収まっていた手紙を取り出した。
数枚。
封筒に入れる為に二つ折りにされていた数枚からの手紙に、ミアはまずはざっと目を通す。
そして、その手紙から目をゆっくりと上げ、目の前のラースの顔を戸惑いを露にした微妙な顔で見た。
「一緒に、住むの?」
「そういうことになるんだよ。そう、クーゼン氏、君のお父さんから頼まれたんだ」
手紙には驚きの、全くもって予想外過ぎる話が綴られていた。




