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ヒック ヒック
閉ざされた空間に子供の泣き声が響く。それも一人のそれではなく、何人分もの泣き暮れる声が聞こえない瞬間が無く、空間を悲しい雰囲気と共に満たしている。
子供らしい泣き方として多くの大人が思い浮かべるのは、近くに居る全ての人の耳をつんざく様な大きな声で、自分の悲しみ苦しみを他人に理解させようと主張する、遠慮もへったくれも何もない泣き声や姿だろう。誰かに慰めて欲しい、助けて欲しい、子供ならではの庇護が与えられることが当たり前だと思っているからこその泣き方。
だが、今この空間で絶えず発生している子供の泣き声は全く、子供らしいという泣き方とは懸け離れたものだった。
ヒックヒックと引き攣った、今にも息を詰まらせてしまうのではと心配になる程にか細く、痛々しい泣き声。その声は極限にまで音を抑えつけられ、この空間にそれ以外の何らかの物音が一つでもあったのなら、泣いているという事も気づかれないの小ささだ。窓一つ無い、あるのは堅く閉ざされ滅多に開かれないドアが一つの部屋というものが、この空間だ。その中での物音といえば、子供達のか細い泣き声が殆ど。
それだけで、これを目にする者がいたのなら、異常な状況、危急な事態が起こっているのだと察してくれるだろう。だが、此処は閉ざされている空間。泣き暮れる子供達の他に、この事態、この部屋の状況を知っているのは、これを起こした者達だけだ。
子供達は青白い顔に諦めているかのような空ろな表情を浮かべ、普段見せているだろう活発さは一切片鱗も見せず、静かに静かに泣き続ける。
「お腹空いた」
「帰りたい」
時折、泣き付かれ、擦れた子供の声でそんな言葉が小さく、本当に小さく聞こえることもあった。此処に連れて来られたばかりの子供が頻繁に口にするそれも、子供達の泣き声の音が大きくなるだけで他の何の効果も生みはしない。それを理解すれば、それを口にする事も無くなる。
何時間も、長い子供では二日経っている、長い時間ほとんど何も与えられることなく閉じ込められている為、お腹はグーと空腹を訴える。それを止めることなど、大人でも無理なことだ。死なれては困る、と水だけは瓶にたっぷりと汲まれ、部屋の片隅に置かれているが水だけで空腹を紛らわせるわけもない。
「大丈夫。絶対に助けは来るから」
泣き暮れる子供達の中で一人だけ、特に幼い子供達の中に身を置いて、背中を摩ったり、頭を撫でたり、何とか励まそう慰めようとする子供が居たのだが、それによって子供達の涙が消え、表情を変化させることは出来なかった。
子供の名前は、ナシオナル・レッセ・ヴァラ・ケーリクス。
その幾つも並ぶ名前が分かりやすく示している通り、ナシオナルは貴族の生まれだ。だからこそ、ただ泣くだけではなく、同じ状況に置かれている子供達を慰めようと心を奮い立たせ続けていた。恐ろしさに泣き喚きたい気持ちを抑え、ナシオナルは自分を律する。まだ10歳という、ナシオナルは正真正銘の子供と呼ばれる年齢ではあるが、貴族の家に生まれた者としての教育、人の上に立つ者としてあれ、という教えをしっかりと叩き込まれているのだ。
だが、それでも子供は子供。この部屋に連れて来られてからずっと、貴族として、と自分を保ち続けていたナシオナルの心も限界だった。
他の子供達と同じように泣き暮れたいと、すでにその目には涙が滲んでいた。
お腹が空いた。父様。姉様。ねぇや。
滲んだ涙によって霞むナシオナルの目に、父と姉、世話係である侍女の姿が浮かぶ。
生まれてすぐに母を亡くしたナシオナルの家族は、家族だと思っているのはその三人だった。
ナシオナルの家は王都にある。この街には別荘があり、今回はナシオナルが一人で静養に来ていた。勿論、十分な護衛も使用人も揃って、ナシオナルには何不自由の無い日々だった。ただ、子供であるが為に好奇心や冒険心などを抑えきることが出来ず、ナシオナルはそれらの目を掻い潜って別荘を飛び出したのだ。その矢先であっさりと、雰囲気だけで良くは無いと分かる男達に捕まり、こうして閉じ込められてしまった。
どんなに怒られてもいい。部屋に閉じ込められることになってもいい、ここでない、自分の家でなら。勉強も頑張る。辛くて嫌で嫌で仕方無い騎士道の勉強も、もう文句なんて言わない。身を引き締めてする。
だから、帰りたい。
うぅっ
今まで我慢してきた涙が、呻くような音と共に漏れ出てくる。
ポンッ
決壊を起こし始めたナシオナルの頭を誰かが優しい手つきで撫でた。
誰が!?
ナシオナルの驚きは、流れ落ち始めた涙も引っ込む程だった。
この部屋の中に、ナシオナルを慰める心の余裕のある者はいない。それを最後まで保っていたのがナシオナルなのだ。その上、ナシオナルの頭を撫でるというような動きを見せたものは、そんな気配は一切無かった。始めたばかりではあるが、貴族の教養として騎士道を学び始めているナシオナルは少しだけ、何の訓練も受けていないような子供の動きの気配を察することくらいは出来る。
だが、今はそんな気配を一切感じなかった。
子供達ではない。
だが、この部屋にはナシオナルを含めた子供しかいない。
では、一体…。
ポンポンッ
顔を持ち上げて、頭を何度も何度も優しく撫で、叩いてくる手の持ち主をナシオナルは目に入れようとした。
「だ、えっ?」
誰、と顔を持ち上げて見ると同時に、ナシオナルは尋ねようとした。
だが、それは目の前に突きつけられた物によって、遮られた。
子供には大きいと感じる大きさの丸い瓶が、女性のものと分かる両手に包まれ、ナシオナルの目の前に。
その中には透き通った青色の丸い玉が半分程、コロコロと転がりながら入っている。
「えっ?」
「大丈夫。もうすぐ助けは来るわ」
目の前を占めている瓶の為に、その女性の顔を見ることは出来ない。だが、頭上から聞こえてきたその女性の声は、平坦なものではあるものの、とても温かみのあるものに感じられ、懐かしくも感じられるものだった。
ぼぉとその声に聞き惚けていると、瓶を支えていた片方の手が動き、瓶の蓋をクルクルと開けた。
瞬間。
甘い甘い、空腹を訴えている子供達のお腹を一斉に鳴らすにはうってつけの匂いが、閉ざされた部屋に広がった。
泣き暮れて床ばかりを見ていた子供達も思わず、顔を上げる程の甘い匂い。
その匂いを嗅ぐことで、瓶の中の青い丸い玉が飴玉である、とナシオナルも理解した。
蓋を空けた女性の指先が飴玉を一つ、瓶の中からつまみ上げた。
そして、それを惚けるあまりに隙間を作ったナシオナルの口に放り込んだのだ。
その匂いから想像した通りの、甘い果汁と砂糖の味が口中に広がっていった。
空腹は最高の調味料。
そんな、何処で聞いたかも覚えていない言葉が、ナシオナルの脳裏に走った。今まで食べたどんなお菓子よりも美味しい、ただの飴玉であろう味にナシオナルは涙が出る程感動した。
女性は飴を摘み上げると、次々にナシオナルの近くに座り込む子供達の口へと放り込んでいく。
その女性が誰なのか。何なのか。
そんな事、今の子供達には関係ないことだった。
口を大きく開けて、女性が飴を口に入れてくれるその時を待つ。
最後の一人の口に飴を放り込んだ女性はまだ飴玉の残っている瓶をナシオナルへと手渡し、一言だけ。
「大丈夫。もうすぐ、もうすぐだから。頑張るのよ?」
そう言うと女性は、スッと、姿を消してしまった。
まるで最初から居なかったように。
彼女が確かに存在した証拠は、ナシオナルの手に残った瓶と、子供達全員の口の中に残る飴玉。
甘い、甘い、飴玉をコロコロと口の中で転がしながら、子供達は表情を綻ばせる。
この飴玉が口の中にある間だけは、感じ続けていた恐怖を忘れることが出来る。
あれは誰だったのだろうか、なんて子供達には必要の無い疑問だ。
だが、一人の子供がポツリと漏らした言葉を、子供達はその答えとして受け入れようと考える。
女神様だ。
だが、唯一彼女に触れたナシオナルだけは、その答えとは少し違う答えを、自分の中で生み出していた。




