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「ただいま」
「「「「こんにちは!」」」」
死体のようだった、不思議な客であった女性が帰って暫く、まだ手に覚えた怖い程の冷たさにガロウズとエレクトラが表情を強張らせている中、ミアが自分よりも背の高い、数人の少年達を引き連れて帰ってきた。
その少年達に店の外で待つように言い置き、ミアだけが店の中へと入ってきた。
「?…どうかした?」
「いや…えぇーっと」
店へ入った瞬間、中に漂う微妙な空気をミアは逃すことなく感じ取った。
「ごめん!」
それを指摘したところ、ガロウズががばっと頭を下げた。そして、先程あったことを説明し、飴玉の代金はちゃんと自分が払うと。
「別に構わないよ?お父さんもよくすることだもん」
人の良いジェラルドはよく、先程のガロウズのように、お金ではなく物による支払いを嫌がりもせずに認めていた。それも、今回のように飴玉とではなく、それなりの値段である武器の類や装飾品などとでも、交換を承諾してしまっていた。その客を見ての、大丈夫だろうという直感による、何とも曖昧で不確定な判断。商人仲間達はそれを聞くと皆、バカだなと笑ったり、駄目だろうと注意、叱責をジェラルドに向ける。が、不思議なことにジェラルドが、この『エチゴヤ』がそれによって不利益を得たことは一切無いのだ。その話もまた、この店に関する噂の真実味を増す一つの材料となっていた。笑ったり、呆れたり、そして怒る商人達も、最近では最後に「ジェラルドだしな」「あの店のことだ」と納得してしまう。そして、その上でこう続けるのだ、今度は何になった?と。
ジェラルドが商品との交換に応じ、客が感謝の言葉と共に置いていく物の殆どが、その商品とは到底価値が見合わないのだ。置いていった時には薄汚れ、壊れていたりと一見ガラクタにしか見えないことが多い。だが、見る目を持つ人間が鑑定すれば、と驚かされることばかりがこの店で何度起こったことだろうか。
ただの形の悪い煤にまみれた石屑が、稀有な属性の魔力をそれは強力に秘めた魔石だったこともあった。錆び付き模様も分からない首飾りが、大国の王位の正統性を示す秘宝であったこともあった。鞘から抜けない剣は伝説の魔剣であったし、割れた鏡は伝説に語られる魔法の鏡だった。
ジェラルドには一切、邪な気持ちはない。何故なら、彼も、娘のミアも、それらを鑑定する知識も術も持ち合わせていないのだ。それらが何かも分からないまま、躊躇いもなく交換に応じている。それが何なのか判明するのは、決まって後日店に顔を出した商人仲間が目に入れ、驚き絶叫してからとなる。
今では、ジェラルドがまた物々交換をしたという話が耳に入るなり、この街に店を開いている商人達、だけでなく道楽者の貴族や、街に身分を偽り潜む他国の諜報員などが、『エチゴヤ』へと様子を伺いに来る。今度はどんな宝物なのか、と。
「あの人らしいわぁ、その話」
護衛として暫く、ジェラルドと共に行動していたガロウズ達は四人とも、ミアの行った説明に微妙な顔ながらも納得を示した。ジェラルドならば、商人として大丈夫なのかと問いたくなるそんな事も普通にするだろう。
納得の相槌を打っていたガロウズが、はっと顔色を変えた。
「ちょっと、待って!つまり、そうすると、そういうことだろ?」
目の色を変える、とは今のガロウズを表す言葉だろう。
嬉々と表情を輝かせ、目を爛々に光らせ、ガロウズはあの不思議な女性が残してった指輪を見つめている。
「これにも何か、もの凄い秘密が!」
確かにミアの説明を聞けば、商品である飴玉と交換したことになる指輪にも、これまでのように何か秘密や力があっても可笑しくはないだろう。
可笑しいのはその後、指輪というだけで白昼夢を乱したガロウズの、その豊か過ぎる想像力だった。
「指輪ってぇと、確かヒューレン王国の国宝の指輪が行方不明になってたし、魔術連が造った指輪の形した魔道具も消えたって話が前に…」
それとも、と指輪に関わる噂、遠い昔の伝説にまでガロウズの期待は膨らんでいく。
その様子をラースとアクナは呆れた目で、エレクトラに至っては鋭い凍て付くような目を向けて、見ている。初めこそはガロウズと同じように、期待や好奇心に溢れた目で指輪を見ていた彼らも、ガロウズの良くも悪くも欲望に溢れた発言と様子に、指輪から視線をガロウズへと移したのだ。
そして、自分達と同じ様に呆れた様子で見ているミアへ、すまないな、と溜息を吐き、軽く頭を下げたのだった。本来の仲間ではないのに、暫くは共に行動する者として。面倒見のいいことだと、ミアは可笑しく思った。
「あっと、それでどうしたんですか?」
帰ってきたにしても、あの少年達は何なのか。
浅ましく指輪を凝視して狂喜乱舞しているガロウズを放っておくことに決めたラースが、ミアにそう尋ねた。
「ちょっと必要なものを取りに来たの」
ミアもまた、彼のことは無視して、用事を済ませることに決めた。
「必要なもの?」
「そう。皆でこの後、宝探しをするの。それに必要な、一番役に立つ道具があったなと思って」
「宝探しって、また何の悪さしようってんだ、お前等」
そんな店の中の様子を、外で溜まっていた常連客達は扉や窓、壁に耳をつけて窺っていた。手には全員して、封の開いた酒瓶を持っている為、傍からみると酔っ払いの悪ふざけのようにも見えるが、彼等は至って本気、真面目だった。
「今のおじさん達に、悪さとか言われたくないし~」
女王に付き従う侍従のように、ミアの後に付いてやってきた少年達はちゃんと礼儀よく、静かにミアが出てくるのを待っていた。そんな彼等には確かに、聞き耳を立てて店の中を探っている彼等を悪く言う権利があり、彼等からの自分達への評価を非難することも出来る。
そもそも、十数人にも及ぶ常連客達はただ、仲間内で騒ぎ盛り上がりたくて店の前で一日を潰していたわけではない。ガロウズ達が求めた、今や噂の的である、十日前にミアから手渡しで配られた特別な飴について、彼等も知りたいし、また欲しいと思っているのだ。
だが、噂を聞きつけて今日初めて訪れた一見の客達とは違い、彼等は店が出来た当初からの付き合いとなる、常連。今は不在の店主ジェラルドの考え方や性格は基より、父親よりも厳しく難しい看板娘のミアのそれも大方知っている。
真正面から欲しいと言っても無駄だと、彼等は分かっている。探り探り、タイミングを慎重に推し量らねば、と今日を向かえ朝早くから店に顔を出した。
彼等はそれぞれに仕事がある。この店よりも大きな店を営む商人であったり、それなりに仕事が耐えない傭兵、冒険者であったり。だから、本当ならば一度顔を出して様子を見ようと思っていたのだ。一日店の前に張りこむ程、暇ではないのだから。それでも、こうやって一日騒いでいるように見せかけて張りこんでいたのは、『エチゴヤ』に今日から現れた見知らぬ顔ぶれがあったから。
ジェラルドが帰っていない事や、彼等が店を手伝っている理由などは、買い物をしながらミアから聞き出した。だが、それでも納得しないのは、彼等は普通の警戒心というものを持っているからだ。あっさりと受け入れたり任せた、ミアとジェラルドが可笑しいのだ。警戒心が無さ過ぎて、よく今まで無事に生きてこれたなと心配になる。
だが、それは何時ものことだと彼等は少し慣れてしまっていた。
そして、二人と、この店と少しでも深く関わってしまった者は誰かしらも、ある錯覚を抱くのだ。二人に代わって警戒し見定めるのは自分達の役目なのだ、と。それが神から任された使命なのではないのか、と。
今日、常連客達が店の前に陣取っていたのは、そんな可笑しな使命感によるものだった。
「にしても、何を探すんだ?」
「言う訳ねぇだろ」
べーと舌を出して、答える事を拒否する。
まぁそうだろうな、と問い掛けた男は気にも留めず、再び壁につけた耳に集中し、ミアの声を拾うおうとした。
宝探しに最適な道具。
それが普通の道具ではないだろうというのは、『エチゴヤ』のしっかりしていると有名な看板娘の言葉だというだけで分かる。
物によっては、後で購入しよう。
勝手に自分達に課した使命なども忘れ、彼等の顔は商売人、冒険者としての獰猛な表情に変化していた。




