5
「ミア姉ちゃん。こっち、こっち!」
子供らに手を引かれて、ミアは街の中を駆け抜けた。
その姿を目撃した街の住人達は、やれやれといった表情を一様に浮かべ、また子供らが何かを始めるぞと笑いあった。
慌てた様子の子供達の姿にミアが混じっている。
それだけで大人達は、不安と期待を胸に湧き出させ、苦笑を顔に浮かべることになる。
子供達の女王の御出座しは、それだけで何か事件の発生を予感させるのだ、
本通りを人混みをするすると走り抜け、路地裏、時には人の家の小さな庭を通り抜け、そうして漸く、ミアは足を止めることが許された。
そこは、この街の子供が作る集団の一つが基地として利用している、古びた倉庫。商売を畳んで行方を眩ませた商人が使っていたという倉庫は、本通りから離れた、細い路地の先にあるという不便さで利用しようと考える者が現れず、長年に渡って放置されていた。そこを子供達が勝手に、大人には秘密の、子供だけの秘密基地として使っている。
創庫の入口はしっかりと鍵が掛かり閉ざされているが、長年放置されてことで壁の一部に、子供だけは四つん這いになることで通り抜けられる穴が生まれていた。
ミアは促されるがまま、その穴を潜り抜けて、中へと入っていった。
「ミア!」
「ミアちゃんだ」
「じゃあ、もう大丈夫だね!!」
「良かった、ミアちゃん来てくれた!」
四つん這いで穴を潜り抜けたミアが立ち上がり、膝についた砂や埃などを払う仕草をしていると、その耳に子供特有の男女の区別の付け辛い高い声の奔流が飛び込んできた。
その声は一様に、焦りに戸惑い、悲しみに溢れているのを、ミアは聞き逃しはしなかった。
「それで、何があったの?」
だから、はっきり、ゆっくり、不安など吹き飛ばしてしまうよう意識して、第一声にそう子供等へと問い掛けたのだ。
子供達の女王。
そんな大人達の戯言を体現するように、ミアは心掛ける。
「ジョウがいなくなった!」「アリシアも!」「リンダ!」「ディック!」
子供達から次々と、彼等と同じ集団に属している友人達の名前が飛び出す。
人が多く集まる港街、国の第二都市と呼ばれるに相応しい街に、当然のように存在している多くの子供達の中でも、とくに目を引く見た目を持っている子達。ミアはそれらの名前を聞いて、そんな事を脳裏に過ぎらせた。蟻の子のよう、外で集まって遊ぶこの街の子供達を大人の誰かがそう評した。つまり、それだけの人数の子供達がこの街で暮らしているのだが、ミアはその全ての顔と名前を把握している。そのミアが特に見目の整った子達だと評するのなら、それは人間が個として感じる美醜の程を除けば、正しいことなのだと思われた。
「人攫い、ということ?それとも、帰って来れなくなっただけ?」
見目が整っている子供は連れ去られやすくはある。だが、子供等の言う"いなくなった"という言葉だけでは判断するわけにはいかない。それらの子供が連れ立って、街の外に広がる森や海へと遊びに行って、何らかの理由で帰れなくなったということも十分に考えられるからだ。前にもそういう事はあった。ミアが出掛ける前にガロウズが客達から聞きだしていた話が実はそれだった。
親に知られたら叱られる!
涙目でそう子供達はミアに懇願し、仕方無いと丁度暇だったミアは応じたのが、それだった。ミアの指示の下に動ける子供達全員が動き、親に知られる前に無事見つけ出すことが出来た。
今回もそうである可能性は?
ミアのその問いに、間一髪いれずに彼等は答えた。
人拐いだよ!と。
「前にミアに教わった通りに、探しに行ったんだ!」
「ちゃんと、皆で!」
だけど、いなかった。
以前の騒ぎの際、ミアは彼等に助言を授けた。
子供というものがついうっかり、捜索の目を向けることが出来ない注意点を教えた程度のことだったが、彼等はそれを驚きをもって聞いていた。
自分達の目線より上や、自分なら行かないと思う場所、子供はそんな場所を探そうとはしないもの。
今回はそんな場所も皆で力を合わせて探しに行ったらしい。
そして、数人は消えてしまった子供達の家にも行ったのだと。
「子供を返して欲しかったらお金、ね」
在り来たり過ぎるそんな文言が一部の、見るからにお金があり、そして他者の評判を気にするような家に対して届けられていた。そんな事を彼等はこっそりと探り出していた。
「上手い手ね。もしも犯人達がちゃんと考えがあってのことなら」
「そうなのか?」
子供と呼ぶにはもうギリギリの、来年には子供の内には居られない年長さでさえ、ミアの言葉の意図は理解出来なかった。この中ではリーダー格でしっかりと下を率いているとはいえ、子供は子供。それは仕方のないことだ。
「上手いよ。お金があって、人の目を気にするんでしょう?なら、要求を無視して動いたりしたら、世間から何て言われるか。それを思ったら動こうにも動けない。お金を持ってるのに、それを渡すことを拒んで、子供を殺した。そんな評判が街中に広まることになるかも、って思ったらね」
本当に要求した金を手に入れようとするなら、ただの馬鹿。
家族が動けなくなっている間に逃げ延びるのなら、頭がいい。
そこまで、子供にも分かりやすいように説明した後、ミアは彼等に笑いかけた。
「それで、どうしたいの?」と。
どうするの、ではない。彼等が何かをしたくてミアを呼んだのか、実はいえばその何かなのかは大体の予想がついているのだが、ミアは彼等自身からそれが聞かなくてはいけなかった。何故なら、ミアはそういう存在だから。
「あいつらを探しに行く!」
仲間だから。友達だから。家族が動けないのなら、僕達が助け出してやりたい、と。
子供特有の純粋で無茶な願いだ。
何人もの子供を浚っている奴等の下に、自分達から寄って行こうというのだから。一歩間違えれば自分達も誘拐された側となり、もっと間違えれば殺されるだろう。そんな事も年長の者達なら分かっているだろうに、それでもやるのだとミアに強い目を向けてくる。
本当なら、年長の者達だけでミアと会いたかったのだろう。
だけど、これまでに色々と騒動を起こし過ぎた悪ガキとして知られる各々の集団を率いている彼等は、彼等自身がミアの所に訪れると大人達が少し警戒するようになっている。また何か悪さをするのではないか、と。そして、すぐに彼等の親や家族の耳に入ってしまうのだ。
これから行いたいと考えていたことを思えば、子供の中だけで話を留めるべきだ。そう考えて、年少の子供達をミアの下に迎えに寄越したのだろう。
早くミアを呼びたかっただろうに。ミアが店で忙しいことをちゃんと考えて、昼過ぎまで待ったのだから。彼らをただの馬鹿な子供だと侮ってはいけない。
「分かった。でも、探し出すまで、だよ?あとは危ないから、警邏隊を呼ぶって約束してね」
「…分かった」
「「「は~い!!」」」
良い子な子供達が手を真っ直ぐ空に向かって上げ、大きな声でミアに返事をした。
「うん。それじゃあ、探す方法を教えてあげる」
ミアが子供達に連れられて出掛けて行った後、ガロウズ達四人はちゃんと真面目に、ミアがいなくなった分まで補う働きを見せていた。
訪れる客達も、今だに店の前で井戸端会議を続けている常連達からの、店に入る前に簡単な説明のようなものを受け、慣れない様子を僅かに残す接客に文句を言うことはない。
昼前よりは減ったとはいえ、それでも絶えることのない客足。
だが、一度だけ。まるで示し合わせているのかと言いたくなるような、客が全く訪れない僅かな時間があった。それでも店の前での、もう買い物を終えた客達による立ち話は続いていた為、静かとかそういことはない。賑やかなのだが、店の中に入ってくる客が居なかったのだ。
ただ、そんな時にたった一人だけ、不思議な客が店に訪れた。
「もし」
か細い声で店の中に居たガロウズを呼び止めた、一人の女性。
冒険者の客が多い中で珍しい、ドレス姿の貴婦人だった。




