31話 魔力というもの
「ルシアン殿!」
ヴィクトルさんは、恐らくそれが目の前に立つ人物の名前なのであろう響きを出しながら立ち上がった。私も釣られて立ち上がる。
「よう、ヴィル坊。珍しく暇そうじゃのう」
「ルシアン殿がここに立ち寄るのも珍しい。如何様か?」
「土産を持ってきたんじゃ。後ほどお主らの家に行こうと思ったんじゃが、村にお主らの魔力を感じてのう。お主の近くに知らない魔力があるのが気になったのじゃ」
ヴィクトルさんがルシアン殿と呼んだ彼は私たちの前に置かれた椅子に腰掛け、脚を組む。
漆黒の瞳が私の視線を絡め取った。
「久しいと言ったが、正しくは初めましてじゃな。クレア嬢……いや、名も変わっとるか? 余はルシアンと申す。好きに呼んどくれ」
「クレア様。この彼もまた吸血鬼で、俺とクロの友人です。驚かれたと思いますが、怪しい者ではありません。どうかご心配なさらず」
「……ルシアン、さん……」
もちろん私には見覚えのない人物だ。だけど彼もまた、"私"を知っている。
「かはは。ルシアンさん、か。謙虚な呼び方よのう。ヴィル坊がそう呼んだってことは、お主はクレア嬢のまま……名も変わっとらんのじゃな」
ルシアンさんは脚を組み替え、笑む。ヴィクトルさんよりも僅かに幼く、クロやレイよりは大人っぽい、妖艶さと怪しさを孕んだ笑顔だ。
「レイ坊とクロ坊は……村をうろついておるのか。何をしとるのかのう」
「野暮用だろう。それを言われれば、エドガー殿も……村をうろついているようだが」
「クロ坊を探しておるのじゃろ。あやつは魔力の探知が出来んから歩き回って探すしかない。クロ坊が気付いてくれれば良いのじゃが」
「クロはどうだろうか。レイヴァン様が隣にいるものだから、エドガー殿の魔力は察せないかもしれない。クロも魔力探知は苦手だから」
ルシアンさんは手に持っていた紙袋を私に向かって差し出した。
「仕事終わりにでも食べとくれ。時にお主ら、愉快な話をしておったのう」
彼は人差し指で宙に円を描く。すると呼応したように、教会の扉が乱暴に閉まった。
「ヴィル坊は率直な物言いが苦手じゃ。……ゆえにどうじゃろう、クレア嬢。余がお主の魔力について、考えられることを言ってやるというのは」
椅子の肘掛けに右肘を置き、ルシアンさんは頬杖をつく。
「私の魔力について?」
「……ルシアン殿。それはレイヴァン様の許可なく勝手に話して良いことではないのだが」
「余はレイ坊に問うておるのではなく、クレア嬢に問うておる。クレア嬢が知りたいか否か、それだけのシンプルな話じゃ」
しんぷる、という言葉が示す意味は分からない。だけど彼ならば、あるいは。
「余はお助けキャラとでも思ってくれればよい。自身の博識を周りに披露したいだけの老害、その戯れのようなものよ」
きゃらだとか、ろうがいだとか、その言葉の意味もよく分からない。面妖な言葉遣いをする彼が信頼に値する人物なのかも分からない。
それでも私は汗ばむ両手を握り合わせた。
「教えてください、ルシアンさん。私は一体……なんなのか知りたいんです」
「良き。難しい話にはなるが……」
ルシアンさんは口角を上げた。
「と言っても答えは単純明快。魔力というのは、魂の写しのようなものなのじゃ」
「魂?」
「魂というのは個々の心と肉体を作る核。その中に個人の記憶も含まれ、定められた運命も孕む。魔力はその魂を反映させ、身体中を巡っている……まあ、エネルギーみたいなものかのう」
「えねるぎー…………」
「魔力の質によって使える力が違う。勇者たちが持つ加護とやらも、魔法使いが遣う魔法も、賢者の治癒能力も、結局のところは魔力がもたらした個々の力なんじゃよ」
ルシアンさんが脚を組み替えると、布が擦れる音が微かに耳朶に触れる。
「それを前提に、クレア嬢が知りたいのであろう話をするとな」
次に、ごくりと唾を呑んだ音が私の体内から聞こえた。
「以前のクレア嬢が死の間際に使った生まれ変わりの力……そもそもまったく同じように生まれ変わるなどと、前提として無理な話だと思うんじゃよ」
「……え?」
「考えてみい。クレア嬢一人が生まれ変わったとて、周りの人間はとうに死んでおる。周りの人間たち全員がそのままそっくり生まれ変われるならまだしも、そうでないのなら……境遇は変わって当たり前」
ルシアンさんはふぅ、と息を吐く。
「同じように生まれ変わりたいと祈ったところで、次に生まれた環境が違えば運命も変わる。記憶も変わる。……それゆえ魂の形が変わり、それに合わせて魔力も変わる」
分かるような、分からないような。
目線をヴィクトルさんに泳がせるが目が合うことはなかった。彼は眉を顰めてルシアンさんを見詰めている。
「しかし見た目だけならまだしも、賢者の力まで同じに生まれ変わっただけでもお見事。まさに奇跡の力じゃ。とんでもない力の持ち主よのう、クレア嬢は」
「…………ルシアンさん……。私……」
私は——。
「それはつまり……私は生まれ変わりの器として、不完全だった……ということでしょうか……?」
視界が細かく揺れる。この揺れを鎮める方法を、私は知らない。




