3話 魔王
——それから三日間、私達は歩き続けた。
鬱蒼と生い茂る草木は、人通りがあまりないことを物語っていた。まさに獣道。
だけど木の葉から覗く空は、思っていたよりは普通の夕焼けだった。魔物の巣窟だと言うのだから紫色や黒に近い色合いをしているのかと勝手に想像していたのだけれども。
まるで黄金のような色の空が私達の行く先をハッキリと示している。
「歩きづらいけど、一応……一本道になってるんだな」
「助かるね。迷ったらどうしようもないから」
「きゃっ。……もー、小石に足が取られちゃう! クレアも気を付けてね!」
「うん。ありがとう」
アーサーの持つ剣の輝きはまるでダイヤモンドだ。アーサーが歩くたびに光の色を変え、地面にも透き通るような影を映し出している。
その光は私達の目を傷めることなく、ただ私達へと向かって羽ばたいてくるコウモリに見える何か達を瞬く間に消し炭へと変えていく。
「小物の魔物が星の数ほど出てくるね。でもさすがアーサーだ。僕達に近寄る前に消えていってる」
「ん? なんかガサガサ聞こえてくるね。大きいかも……」
ニーナが言い終えると同時に、私達の真横から今度はイノシシのような何かが、言葉通り猪突猛進で駆け寄ってくる。だけどそれもまたアーサーの剣の光に照らされると、すぐに消し炭のように崩れ去っていった。
小さい魔物も大きい魔物も、人のような魔物も。幾度も出会したけど、それらは全てアーサーの剣の光の元で消え去る。まさに奇跡の勇者が成せる技だ。
私達はそれからまたしばらく歩いた後に、あからさまにおどろおどろしい城のような外観をした建物に辿り着いた。それは縦に長く、屋根には真っ黒な旗が立つ。
「めちゃくちゃ、これが魔王城ですー! って言う外観してるなぁ!?」
「うん、国王様からいただいた情報通りの見た目だね。分かりやすくて良いじゃないか。あそこから魔王様を引き摺り出せば良いんだろう? 出来るかい? アーサー」
「まっ、どうにかなるだろ! 魔王城、思ったより近かったなぁ」
もうすっかりと辺りは暗くなっていたけれども、アーサーの剣が照らす光は私達を真っ直ぐに、あっさりすぎるほどにその城へと導いた。
——ここを見たことがあるような気がする。
王国にはこんな建物はなかった。なのになんで、こんなに胸が騒ぐんだろう。
「おーい! 魔王様ー! 出てきてくれよ! 討伐させてくれ!」
アーサーの剣は彼の声に応えるように、更に眩しく輝きだす。その光は城壁を照らし、城を包み込む。
「出て来ねえなあ」
「もうお城の中で消し炭になっちゃってるんじゃない? アーサーの光、すっごい出てるもん!」
「案外そうかもね。どうする、中に入ってみる?」
「だな。よし、じゃあ……」
その時。
城の扉が開いた。軋むような錆びついた音を立てながら、ゆっくりと。
「……!」
全員が息を呑んだ。私もだ。
アーサーは私を庇うように、私の前に立つ。
「ねえ」
そうして扉の先から姿を現したのは——。
「……さっきからピカピカ眩しいんだけど。何?」
人——に見えた。
桜鼠の髪は風にあおられ、新鮮な葉のような瞳の色は潤いに満ちていて艶々としている。鼻筋がくっきりと通り、遠くからでも目元の二重の線がくっきりと彫られているのが分かる。まるで美術館に飾られている像のように白く滑らかな肌は、そこだけは人間離れをした透明感があった。
緊張からか、心臓が締め付けられるような心地がした。
「…………お前が魔王、なのか……?」
小さく声を漏らしたのは、アーサーだった。
「え? あぁ、うん。そうらしいよ。皆して俺のことそう呼ぶから。で、何? 寝てたんだけど何か用事?」
「思ったよりずっと人間みたいな姿してるんだな。道中倒してきた魔物達と違って、言葉もちゃんと喋るし」
「んー。その辺はよく分からないな。多分生まれつきだし。それより要件、早く言ってよ」
これが魔王? 率直に私から出た感想はこの一言に尽きた。
私達が幼い頃から聞かされていた魔王は角があり、牙があり、悪魔のような真っ黒い大きな羽が生えているとにかく人間じゃない姿をしている魔物だということ。
だけど私達の前に立っている魔王は、普通の人——より見目は良いけれど——だ。やけに目が離せない。
「要件なんて聞かなくたって分かるだろ! 俺達人間がお前に会いにくる理由はただ一つ! 俺はお前を討伐しにきた勇者だ!」
「そうなんだ。ご苦労様。手短にお願い出来る?」
魔王は気怠そうに欠伸をし、首筋を掻いた。
「アイツ、舐めやがって……」
「待ってアーサー。おかしい。アイツ、君の光を浴びてもなんてことなさそうに立って喋ってる。……どういうことだろう」
「……腐っても魔王らしいし、そこらへんの雑魚とはワケが違うっつーことなんじゃねえの!」
剣の光はアーサーの怒りに呼応するように虹色の光を魔王に降らせ続けている。だが魔王は眩しそうに目を細めたり擦ったりするだけで、痛がったりする様子は見られない。
「アーサー、光は君のエネルギーだ。ここまでずっと光を出し続けてきたから、疲労によって勇者の加護が薄れている可能性は?」
「いや、疲れてねえよ!」
「クレア! 魔王が攻撃を仕掛けてきたら私が盾になるから、一応アーサーを診てあげて!」
「う、うん……! アーサー、ちょっとごめん……」
私はアーサーの隣に立ち、アーサーの体へと触れようと手を伸ばす。
しかしその手はアーサーの体に触れることはなかった。
「…………クレア……?」
私の視線がアーサーに向き、魔王を視界から外したその瞬間だった。
聞き慣れない声が私の名前を呼んだ。
「……え?」
アーサーに触れようとしていた私の手は、いつの間にか私の隣に立っていた魔王に掴まれていた。
バルドとニーナは驚愕に満ちた短い悲鳴を揃えて上げ、アーサーは声は出さないが目を丸くさせている。
「……クレア……!」
若く、子供とも大人とも言い難い声が私を呼ぶ。
握られた手もその声も——私はこれを知っているような気がした。初めて会うはずなのに。
「……な、なんだお前! いつの間に! クレアを離せ!」
アーサーは剣を振りかぶり、魔王の首へ向けてその刃を振り下ろした。
魔王と言えども見た目は人そのものだ。このままでは目の前で人の首があられもなく吹っ飛ぶ瞬間を目撃することになる——思わず目を閉じた。
しかし次の瞬間に聞こえてきたのは、高く鋭い金属音。
私はそっと目を開く。
「ごめん勇者君。話は後で聞いてあげるから、今はちょっと静かにしてて」
開いた私の目を奪ったのは、折れたアーサーの剣だった。鋭かったはずの剣先は地面に落ちている。剣が纏っていたはずの光は、今や夜の暗がりと同化していた。




