2話 いざ、討伐へ
「アーサーったら! 急に言うの! やめてほしいよね!」
私は家で一人荷造りをしている。まだ日光が当たる時間帯で、窓から差し込む太陽光が私の顔を照らしていた。
「……よしっ! 完了!」
アーサーが「魔王討伐に今から行こうぜ」なんて言い出して、私達がどれほど拒絶しても「でも……」と仔犬のような眼で見詰めてくるもので、結局私達が折れて今に至っている。
「そういえば、ニーナがくれたブローチとブレスレット付けてみようかな」
私は全身鏡の前に立つ。
ほとんど白に近い紫色の髪は腰ほどの長さがある。顔周りのところだけは頬の高さほどでパツッと切り揃えていて、これは私のこだわり。
ニーナがプレゼントしてくれたブローチもブレスレットも、私が着ている白いローブに彩りを与えるように輝いていた。
「よしっ」
頬を叩くと、ぺちんっ、と自分自身を鼓舞する軽い音が鳴る。
続けて私はテーブルの上に置いてあったシルバーのペンダントを手に取った。楕円状のペンダントトップには花の蔦のような柄が浮き上がっている。
ペンダントトップを爪で押し開ける。そこには小指の先ほどの大きさの写真が入れられるようになっていて、私がそこに入れている写真は——。
「……行ってくるね。お母さん。お父さん」
私が幼い頃に不慮の事故で亡くなった両親の写真だ。おまじないのように写真に呟き、私はまとめた荷物を肩から下げて家を出た。
◇◇◇
任務はあっさりと、それでいてありとあらゆる歓迎を受けつつ受領された。
魔王城へ繋がるとされている地下への扉を門番が開いた際、私達のことを——主にアーサーをだが——見送りに国王まで来たものだから私達は恐縮で体を震わせた。
「あの店のおっちゃんが、俺達が今日魔王の討伐に向かうって意気込んでたことを城に内通したらしいぜ。困ったもんだよ、まったく」
「君の言動は嫌でも注目されるからね。昔なんか、君がおねしょしたことですら国に広まったくらいだ」
「バルド! それは忘れろって言っただろ!」
私達が歩いているのは、まだ王国の中にある地下通路だ。バルドが杖から放つ光のおかげで歩けているが、本当は真っ暗で湿っぽい。水場なんてないくせにたまに水滴が頭の上に落ちてくるし、それでいてカビ臭い。
「ねえ、私が歩くのって一番後ろで大丈夫? 前、歩こうか?」
「ニーナは一番後ろでクレアを守っててくれ。クレアに何かあったら、俺達全員死んじまうからな」
「はーい。だって、クレア。何かあったら私が守るから、安心して!」
「うん。頼りにしてるよ、ニーナ」
私達、勇者アーサーを筆頭としたパーティの編成はシンプルそのもの。
攻撃役の勇者アーサーと魔法使いバルド、防御役のニーナ、そして回復役の私。
幼い頃から私達四人は家が近所で仲が良く、外で遊んでいるうちに幾度も魔物を倒す機会があった。
なんてそうは言っても、実際にはアーサーが一人で魔物を倒してしまっていたものだから私達は殆ど何もしていないのだけれども。
「まあ僕はアーサーが剣を抜いていない時にこういう暗い道を照らす係を担うのと、アーサーの話し相手くらいのつもりでついて来てるけどね」
「油断し過ぎんなよ、バルド。……お、あれが地上へ出る階段か。この地下道を通らないと魔王城に辿り着けないって、地形どうなってんだろうな」
「さあ。運命の悪戯かなにかってところなんじゃないかな。外に出たらいよいよ魔物の巣窟だね。頼むよ、勇者アーサー」
バルドの杖の明かりが照らすのは、横にも縦にも長く大きい階段だ。この地下道もその階段もずっと同じ鼠色をしていて、彩りの欠片も感じられない。
「バルド。そのまま階段を照らしててくれないか」
「良いけど、行かないのかい?」
「ちょ、ちょっとだけ……! ……ク……クレア。あのさ、ちょっと……こっち来て、耳貸して」
「え? 私? どうしたの、アーサー」
アーサーに手招きされるがまま、私はアーサーと共に階段の隅の方へと歩く。バルドとニーナの方を振り返ると、二人はにやつきながら私達を見ていた。
どうしたというのだろう。
私は首を傾げつつ、アーサーへと耳を傾ける。
「……クレア。魔王討伐が終わったら……だっ、大事な話があるんだ」
アーサーは私の耳元で囁く。
「大事な話? 今じゃなくて?」
「今じゃなくて、魔王を倒したら。だから……えっと、ニーナだけじゃなくて、俺もクレアを守るから。俺から……はっ、離れるなよ!」
さらに首が傾いた私の反応なんて知ったこっちゃないと言わんばかりに、アーサーは身を翻してバルドとニーナの元へと足を進め始めた。私も後ろをついて歩く。
背後から窺えたアーサーの耳が、ほんの僅かに赤みを帯びているような気がした。
「んふふー。じゃあ、行こっか! 勇者アーサーと……」
「ヒロイン、クレアってとこかな」
「ヒロイン?」
「お前達! おちょくるなよ! ほら、階段上がるぞ!」
盛り上がる三人の賑やかな声が反響する。私の頭の中が覗き見える魔法があったならば、きっと今の私の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされていることだろう。
誰かに見せてあげたいくらい。
そうしてひとしきり皆の盛り上がりが落ち着いた頃、やっと私達は階段を上がり始めた。
やたらと長い階段は私とバルドの酸素を必要以上に掻っ攫っていく。
「クレア! 大丈夫?」
「ニーナはすごいね……息切れしてないんだ……」
「バルドはもうちょっと頑張れよ」
「アーサー……。君は勇者の加護があるのかもしれないけど……僕はただの何の変哲もない魔法使いなんだから……」
しばらく階段を歩き続けたのち、私達の眼前に聳え立ったのは見るからに重たそうな分厚い鉄製の扉。
「この先は多分もう外になる。皆、気を引き締めて行くぞ!」
「ねえねえ! その前に、皆……腕を出して!」
ニーナは私達の前に左腕を伸ばした。その手首の上で何粒もの光を纏うのは、ニーナが私達に贈ってくれたシルバーのブレスレット。
私も釣られて左腕を伸ばした。アーサーとバルドもそれぞれ腕を伸ばし、全員の拳がぶつかる。
「必ず四人で無事に帰って来れるおまじない! ……魔王討伐が終わったらいっぱい美味しいもの食べて祝杯しようね!」
「馬鹿だなニーナ。俺が居るんだぞ? 誰も怪我の一つもさせやしねえって!」
「そうそう。アーサーに任せておけば良いんだよ。僕なんてここから先は杖を片付ける気でいたさ」
「それは油断しすぎだろ!」
三人はいつも通り、昔から変わらず笑い合う。
だけど私は漠然とした不安が心の片隅にあった。何故か胸騒ぎがする。
もしかしたらもう、皆に会えなくなるんじゃないか。そんな根拠のない不安。
「よし……行くか!」
アーサーが鞘から剣を引き抜くと、色とりどりの光の粒があふれ出す。
やっぱり行くのやめよう。引き返そう。だなんて提案が出来るわけもなく、私は扉の向こう側へと足を踏み出した。
◇◇◇
「嫌なこと言うよね、アイツさ」
先程まで部屋を訪れていた青年の言葉がただ脳に響く。そのことを思い出すだけで自分が落ち込むと分かっていて、あの青年はそれでもなお悪戯に記憶を掘り返してくるのだ。
だけどそれは、別に嫌なものではない。
そのことを——クレアの話が出来るのは、それでもやはり有難いことではあるのだから。
「……そろそろ会いたい。クレア」
独りきりの部屋で今日もまた、ただ君を待つ。




