28話 お弁当を食べて
私と"私"の魔力は違うらしい。どういうことかは私には分からない。そもそも魔力に個人差があるなんて、レイに出会う前は聞いたことすらなかった。
それに持つ賢者の力と、"私"の持つ賢者の力は同等のもののはずだ。以前レイは、私にも毒物を見分ける力があると言い、その力を目覚めさせてくれたのだから。
今思えば自分で作ったシチューを飲み込む前にこの力でちゃんと見ておけば良かった。
なんて今は過ぎ去ったことを後悔しても仕方がない。
それより、私は一体なんなのだろう。
ぐちゃぐちゃと絡まる思考は解くことに苦労しそうだ。まるで——細身のネックレスが絡まってしまったように。
「……神父様。ネックレスが絡んでしまい……解けますか?」
ヴィクトルさんの手のひらの上で華奢に光るネックレスを見詰めていたら、また余計なことを考えてしまっていた。私はかぶりを振る。
「はい。問題ないですよ」
隣で膝を折って座り、微笑んでいるのはヴィクトルさん。
私は彼と共に村に訪れ、村人の相談事を解決すべく廃れた教会を訪れていた。
前回、村に初めて訪れてから一週間ぶりになる。
「わっ、綺麗に解けた……! ありがとうございます、神父様!」
「とんでもない。保管方法には気を付けてくださいね」
「はい!」
ヴィクトルさんの所謂「何でも屋」は常に列を成すほど大盛況——というわけでもないようで、昼時になると列は一旦落ち着くようだ。
「クレア様。人がいないので休憩にいたしましょう。扉を閉めますね」
「はい」
ヴィクトルさんが扉の外に向かって手招きをすると、クロとレイが揃って中へと入る。ヴィクトルさんは扉を閉め、レイに向かって頭を下げた。
「お疲れ様、クレア」
「ふふ。ありがとう。でも私はまだ何もしてないから」
「座ってるだけでも疲れるでしょ? はい、お弁当だよ。お腹も減ったでしょ」
「作ってくれたの? わぁ! ありがとう、レイ!」
レイは私の隣に腰掛けると、白色の布に包まれた箱を私の膝の上へと置いた。
「ヴィル。俺も腹減った」
「だな。……レイヴァン様、クレア様。俺達は少し外に出て来ます。ここでお待ちください」
「……? はーい」
教会から出て行く二人の背中を見送り、私はレイを見る。
「ここで食べれば良いのにね」
「あいつらの食事って血だから……クレアにそんな生々しいものを見せるわけにいかないからね」
「……そっか……。私がいなければそんな気遣いさせることもなかったのに、申し訳ないな……」
勝手にヴィクトルさんの仕事に混ぜてもらってる上に、これではとんだお邪魔虫だ。
クロが一日三回ヴィクトルさんと血を飲み合っていると教えてくれていたにも関わらず、二人を追い出す形にさせてしまった。
「クレアが謝ることじゃないよ。それより、お弁当食べてくれると嬉しいな」
「あっ。うん……。ありがとう」
レイが作ってくれたというお弁当を膝の上に広げる。焼いた魚がメインの色とりどりのメニュー。冷めているはずなのに、パリッと焼き目が付いた魚の皮目から食欲をそそる香りが漂ってくるようだ。
「美味しそー……! いただきます!」
「口に合うと良いんだけど」
「レイのご飯が口に合わなかったことないもん」
魚を頬張る。ほろほろと身が口の中で解け、もれなく私の口元も綻ぶ。
「美味しい!」
感想を待っていたかのように私の顔をじっと見ていたレイは微笑んだ。また、彼の顔がほんのりと赤い。
「ふふ。良かった」
「レイは食べないの?」
「ああ、うん。自分の分まで持ち歩くのが面倒……じゃなくて、えっと……」
「……面倒だったんだ……。私の分、わざわざ作らなくて大丈夫だったんだよ……?」
「そう言われると思った……。クレアのためなら面倒じゃない。これは絶対に本当。クレアのために料理を作るの楽しいんだ。これはもう趣味だから。俺の楽しみってやつ」
とくん、と、私の脈動は静かに跳ねた。
美味しいものを食べた時の幸福感とはまた違う。
「クレアが美味しそうに食べてくれる顔を見るの、好きなんだ」
アーサー、ニーナ、バルド、彼らと遊んだ時のような高揚感ともまた違う。
「誰かに料理を作るのって楽しいんだなって、最近知れたんだ。クレアに教えてもらった」
深夜に起きてしまって、暗闇に恐怖した時の背筋の震えとも違う。
「クレアがどんな顔をして食べてくれるんだろうって考えると、ドキドキするし、ハラハラもする。この緊張感が癖になりそうっていうか……幸せな緊張感だなって思ってさ」
どれとも違う感情が私の心臓をぎゅっ、と掴む。
この感覚は初めてじゃない。ここ最近ずっと、常日頃、ふっとした瞬間に感じている。
「……すごく美味しいよ。幸せの味がする」
「そう言ってもらえると、俺も幸せ。ありがとう」
堪らなくなった。私は魚を一口分の大きさにほぐして箸で掴み、レイの口元へ持っていく。
「レイが作ってくれたものだから私が言うのはおかしな話だけど……レイも、一緒に食べようよ」
「えっ。でも……」
「やっぱり一人で食べるの、寂しいから……。あっ! でもお箸、口付けちゃったんだった……!」
ごめんねと謝罪の言葉を添えつつ箸を下げようとしたが、レイが眉を下げながらも私の顔をじっと見詰めて口を僅かに開いた。
「……良いの?」
彼の顔はまだ赤い。いや、さらに赤みを帯び、耳まで紅が染まった。
古びた教会の窓から入り込む光は、空気中に漂う埃ですら輝かせる。
埃ですら美しく見えてしまうのだ。ただでさえ美麗なレイの顔は、よりいっそう——。
「…………はい……」
食べさせるつもりだった魚の切り身は箸に掴まれることを拒み、お弁当箱の中へと戻っていった。




