26話 神父様の弟子
教会の窓からヴィクトルさんの仕事の様子を覗き見ようとしていた私たちだったけれども、怪しまれるからと結局教会の中で床に直に座っている。
「神父様……あの方々は……」
「見学人です。お気になさらず」
「はぁ…………」
ヴィクトルさんはやはり「神父様」と呼ばれているようで、ご年配の男性も彼をそう呼んだ。
「それよりも、本日はいかがされましたか」
「ああ。時計の調子が悪くて、見てほしいのです」
そういった修理の依頼もあれば——。
「旦那と別れようか悩んでいて……神父様、私はどうすれば……」
「…………それは……とりあえず、お話をお伺いしますね……」
人生相談までされている。
クロの言う通り、ヴィクトルさんは本当に"何でも屋"のように振る舞っていた。
「ちなみに、人生相談は三十分単位で金を取ってるぜ」
「……そうなんだ……」
「俺もヴィクトルが働いてるところ初めて見たけどさ。胡散臭くない? 大丈夫なわけ?」
「そこを上手くやってるからあいつは神父様なんて呼ばれてるんだよ。この村だけじゃなくて、各地からあいつの噂を聞きつけた人が集まってるらしいぜ」
私とレイは同時に軽い相槌を打った。
次にヴィクトルさんの前に座った女性は、ヴィクトルさんが口を開くより先に彼の両手を握り取る。
「神父様……そろそろ私との交際を考えてくださいませんか……?」
それが聞こえた瞬間に咽せ込んだ。
他の誰でもなく、私が。
「クレア、大丈夫!?」
「……ごめん……! 唐突な衝撃に耐えられなかった……! し、静かにしないとね……」
「無理もねえって。俺も手叩いて笑いそうになったし」
あくまで私たちは小声で話していたつもりだったけれども、ヴィクトルさんのわざとらしい咳払いが聞こえた。私は口元を押さえる。
「えっと……先日もお話をしましたが、俺はそういうのは……」
「でも私、神父様のことを考えると胸が苦しくて……夜も眠れないんです……!」
クロが「ああいうのは毎回あるらしい」と耳打ちをしてきた。それはなんとも大変そうだ。
いやでも、ヴィクトルさんからしてみれば案外嬉しいのかな。
「……お気持ちは嬉しいのですが……申し訳ありません。やはり、お応え出来ません」
おや。嬉しくないみたい。
クロ曰く彼は一晩家に帰らないこともあるようなので、本命の魔物か人が存在しているのだろうか?
あれ。そうだとしたらクロは?
クロはヴィクトルさんのことを様々な形の身内として例えていた。なのにヴィクトルさんに本命がいるとするならば、これ即ち——。
「……クロ、浮気されてるの……?」
「……急に何の話をしてるんだ……?」
クロは眉間に皺を寄せ、首を捻った。
◇◇◇
物の修理の依頼、腐った食材を戻してほしい、人生相談をしたい。
とにかく様々な要件で人々はヴィクトルさんのもとを訪れていた。もうかれこれ二時間が経つ。
クロは退屈そうに欠伸をし、レイは——多分だけどずっと私の方を見ている。確証はないけど、たまにレイの方を向くとすぐに目が合うからだ。あと、薄ら視線を感じる。
クロが欠伸をし終える頃、外から「神父様!」とヴィクトルさんを呼ぶ女性の声が聞こえた。
声の主であろう女性は人々の列を無視するようにヴィクトルさんの元へと走る。彼女の背中には幼い女の子が背負われているようだ。
「神父様! 娘が木から落ちて……脚が動かせないと言うんです! 折れているのかもしれません! お助けいただけませんか!? お医者様、今日は村に不在なんです……!」
「……脚が?」
女性は娘と呼んだ少女を床へそっと下ろす。少女は涙を流しながら呻き、ヴィクトルさんの顔を見上げた。
「……神父様……痛い……」
ヴィクトルさんは目を眇める。
同時にクロも息を吐いた。
「参ったな。怪我人はヴィルの専門外だ。断りの紙も貼ってあるはずなんだけどな」
「あの女の人、お医者様が不在って言ってたよね……」
クロは眉間を揉む。
「ここの村、医者が来るの週に三回だけらしいんだよ。小さな村だからか知らねえけど」
「……そんな……」
「ヴィルは俺の怪我だけはある程度治せるんだけど……魔物っつーのは基本的に誰かを治せる力は持ってねえんだよ」
クロの目線はレイに動いた。
「レイ以外はな」
「うーん……そうは言っても、俺も苦手な部類だよ。人間相手となると特にね。魔物より人間の方が繊細に出来ているから」
ヴィクトルさんは「痛い」と泣き続ける少女から目を逸らすことなく唇を噛む。
「……なら……」
誰にもどうにも出来ないのなら——残っているのは私しかいない。
「あの子のこと、私が治しても良いよね」
「待ってクレア。俺がやるよ。骨折くらいならどうにでも出来るはずだから。……君の力は賢者の中でも特殊なんだ。見せびらかして良いものじゃない」
立ちあがろうとした私の服の袖をレイが握り止めた。
レイが示す特殊とは多分、"私"が持っていた力の話なのだろう。私ではない。
仮に私にも何かそんな力が備わっていたとしても——関係なかった。
「レイ。それでも私、放っておけないよ」
「クレア……」
私はレイの手をそっと離させ、ヴィクトルさんの隣に座る。
「クレア様!」
「ヴィクトルさん、ここは私が。骨折くらいならすぐに治せますから任せてください」
少女の潤んだ大きな瞳と目が合った。
少女の足首は紫色に変色し、拳ほどに腫れ上がっている。靴を脱がされた足の裏には汗が滲んでいた。
「……痛かったね。もう大丈夫だよ」
少女の足首に手をかざす。私の手と少女の足首の間にぼんやりとした光が浮かび、柔らかく光る。
「痛くない?」
「……うん……あったかい……」
少女も、彼女の母親も、ただ黙って光を見詰めた。
一分ほど経っただろうか。少女の足首の腫れが治った。私は額に滲んだ汗を手で拭う。
「ふう……どうかな? まだ痛む?」
私の問いに応えるように少女は足首を大きく回す。
「……痛くない! すごい、お姉ちゃん! ありがとう!」
「良かった。どういたしまして」
満面の笑みを浮かべてくれた少女に、私も笑みで返した。
すると複数の拍手の音が響き渡る。
周囲を見渡すと、いつの間にか私たちの周りをたくさんの人々が囲っていた。
「すごい……! 賢者様か……!」
「賢者だとしても、あんな僅かな時間で怪我を治せるなんて信じられない……。神父様、こちらの方は一体……?」
歓声や称賛の声が次々に教会内にこだまする。「なんだ」「どうした」と教会を覗き込む村人たちも増えていた。
「えっと……こちらの方……は……」
明らかに困惑しているヴィクトルさんと視線が絡む。当然だ。私自身ですら、彼との関係をなんと表したら良いか分からないのだから。
私は咄嗟に言葉を紡ぐ。
「……あ……。私、えっと……。し、神父様の……弟子なんです! 賢者の!」
拳を握りながら鼻を鳴らした私のこめかみに、一筋の汗が流れ落ちた。




