25話 神父様と呼ばれる魔物
川を渡りきり、森を抜けた先。坂道を下った先に村はあった。
村というからこぢんまりとしているイメージを勝手に持っていたけれども、思っていたより広い。
だけど村人たちの服装はバラデア王国や街の人々よりもだいぶ質素で、私たちはどこか浮いているような気がした。
「ヴィクトルさん、どこで仕事してるの? というか、魔物って仕事するんだ……」
「もうちょい先。……レイの家に俺たちの部屋があるだろ? その家賃として、ヴィルは金をレイに支払ってるんだ。そのためにヴィルは仕事してる」
「お金を?」
そういえばレイは当たり前のように買い物をしてくるけど、そのお金の出所はずっと分からないままだった。
「飯作ったり服買ったりなんだり……とりあえず金が要るだろ? でもそこのめんどくさがりは自分じゃ働かねえから、ヴィルから金取ってんの」
「言い方が悪い。そもそもそれを提案したのはヴィクトルでしょ。人間の中にも、家や部屋を貸してお金を稼ぐ人がいるからって」
確かにバラデア王国にも貸し出しをしている家が無数にある。私の家は両親が遺してくれた家だけど——そういえば私の家って、今どうなってるんだろうか。
私は亡くなった扱いになっているそうだから、謂わば事故物件のような扱いにはなっているのかも……なんて、乾いた笑いしか出てこない。
「レイってお金どうしてるのかと思ってたけど、なるほどね……」
「もう俺たちは何百年とこんな生活してるから、レイはかなり金あるぜ」
「まあそうだね。……だからクレアには苦労を掛けさせないから、安心してね」
彼の顔に浮かんだ笑顔を見て理解した。
レイがお金を貯めていたのは"私"との再会のためだったのだ。
だけどそれが"私"ではなく私になってしまったのだから、なんとも報われない。
「…………ごめんね、レイ……」
私でごめん。
「えっ。クレア、どうしたの……?」
「ううん。ちょっとね……」
「どこか具合悪くなっちゃった? 帰ろうか?」
「い、いや! 大丈夫!」
余計な言葉を出してしまった。レイは目を細めて私のことを見詰めてくるが、私は彼からの心配を受け止めきれずに、体ごと振り向いてクロに助け舟を求める。
クロは一瞬だけ唇をへの字にさせたが、すぐに息を吐いた。
「えーっと……あ、ほら。クレア。あそこに小さい教会があるだろ? あれだよ。ヴィルの仕事場」
誤魔化してくれるためにか、はたまた本当にタイミングがちょうど良かったのか。クロが私の斜め後ろを指差した。
数軒の家の先に、古びた白い外壁の建物が建っている。周辺に建つ家と比べると一回りほど大きいだろうか。屋根に飾り付けられた十字架は、いかにもここが教会です、ということを教えてくれるようだった。
クロに手招きをされ、私は窓から教会の中を覗き見る。
教会と言っても、その中には講壇や人々が腰掛ける場所などはなくただの四角い建物だ。
「あっ。ヴィクトルさんだ」
ヴィクトルさんは膝を折って座っていて、彼と向かい合うように一人の女性が同じように座っている。
その女性の後ろには数十人が列を成していた。
「ヴィクトルさん……教会で何をしているの?」
ヴィクトルさんと女性は何かを話しているが、さすがに内容までは聞こえない。
「正しくは今ここは教会として使われてないらしい。魔物って言うわけにもいかねえから、あいつは『自分は魔法使いだ』って名乗ってる。人間たちの相談事を引き受けて報酬をもらって……何でも屋っつーとこかな」
「何でも屋……」
ヴィクトルさんの前に座る女性は、ヴィクトルさんに何かを差し出した。小指の先程の数粒の石のように見える。
ヴィクトルさんは頷き、その石に向かって手を翳した。すると瞬く間に石同士がくっつき、それはネックレスへと姿を変えた。
「すごい! 直った!」
「ヴィルも万能な魔物だから、ある程度はなんでも出来るんだよ。だからこの辺じゃあいつは神父様って呼ばれてる」
「……神父様……? 魔物なのに……?」
「そ。面白えよな」
女性は頬を染めつつヴィクトルさんの顔を見上げ——勢いをつけて、ヴィクトルさんの胸元へと飛び込んだ。
「あっ!」
甲高い驚愕の声を上げつつ私は窓に手を当てた。窓ガラスは薄く、私が与えた些細な衝撃にすら耐えられずに、ガタッと音を鳴らす。
「あっ」
続けて私が出した声は静かだった。だが時すでに遅し。
音に気付いたのであろうヴィクトルさんは私たちの方を振り向き、目を剥いた。
「……やっちゃった……」
「ま、別に問題ねえよ。多分。休憩にしてもらおうぜ」
クロはヴィクトルさんに向かって手招きをした。
◇◇◇
「レイヴァン様、クレア様。どうして此方に?」
私たちは教会の中へと入れさせてもらった。列を成していた人々は、今は扉の外で待ってもらっているようだ。申し訳ない。
「クレアがヴィクトルの仕事を見たいって言うから。……クレア、女の人と抱き合うのがヴィクトルの仕事みたいだよ。とんでもないね」
「……レイヴァン様! 誤解です!」
「冗談だよ」
冗談を言うレイを初めて見た。レイは唇に指を当て、くつくつと控えめに笑う。
——いたずらっ子の顔だ。そんな顔もするんだ。
「レイ、クレア。それはあながち間違いじゃねえよ。ヴィルは一晩帰って来ねえ時もザラにある。なーにしてんだかな」
「おい、クロ!」
私とレイは「そうなんだ……」と声を重ねた。
まあヴィクトルさんは確かにかっこいい。顔もだけど背も高いし、物腰も柔らかい。惹かれない人の方が少ないだろう。
だけどヴィクトルさんが慌てふためいているのが可哀想で、私は話を逸らしてあげようと疑問を述べる。
「ヴィクトルさん、毎日ここに居るんですか?」
「あ……いえ。毎日ではないんです。月に数回くらいですね」
「へえー。もう少しお仕事見てても良いですか? ヴィクトルさんがどんなことしてるのか気になっちゃって」
「もちろん構いませんよ。あ、でもここ、座る場所がなくて……」
「また窓の外からこっそり見てます。ねっ、レイ、クロ」
レイとクロとはだいぶ打ち解けられたつもりだけど、そういえばヴィクトルさんとはあまり積極的に交流をすることがなかった。
これを機に、彼のことをもっと知りたくなったのだ。




