20話 あなたに料理を教えたのは
ニーナとバルドがこの家を訪ねて来てから一週間が経った。また二人が来てくれることを心待ちにしつつ、私はキッチンのテーブルに着き本を読む。
「クロとヴィクトルさん、あれから顔見てないね。明日遊びに来るーってクロ言ってたのに、結局次の日も来なかったし。何かあったんじゃないかな……」
「んー。二人とも魔力的にめちゃくちゃ元気そうだから心配は要らないと思うよ。クロは他の吸血鬼の友達もいるから、結構色々遊び回ってるんだよね」
「……他の吸血鬼の友達?」
レイはチョコレートの包み紙を丁寧に開き、私の手元へと置いてくれた。私はそれを口の中へ放り投げる。口元は自然と綻んでいた。
「うん。えっと、吸血鬼の最上位がヴィクトルともう一人いて、その時点がクロ。と言っても、あいつらは全部の魔物の中でも最上位クラスなんだけれども」
魔物と言えども、その種類は数多に存在している。確かにその中でも吸血鬼というのは知名度が頭一つ抜けて高い。
ふんふんと相槌を打つ私を見詰めながらレイは続ける。
「あとは中位の吸血鬼がいてね、クロはそこにも友達がいるんだよ」
「ヴィクトルさんとクロってそんなにすごいんだ……。だからレイは二人とだけ仲が良いの?」
——という言葉で濁してはみたけれども、実際一番聞きたいところは「レイには他に友達って居ないの?」ということではある。
魔物の交流関係というものはよく分からないので直接訊くことはしないけれども。
「んー……」
レイは頬杖をつき、目線を私から逸らした。
珍しい。いつもは穴が開きそうなほどに見詰められているのに。
「レイ?」
「……あ……ごめん。黙っちゃって。あいつらの話よりも、クレアの話を訊きたいなって思っちゃって」
「え? ……私の?」
「うん。ピンクちゃんと魔法使い君と……勇者君のこと。クレアの友達のことなのに、ちゃんと話を聞いたことなかったから」
優しげな声とは裏腹にレイの眉間には皺が寄る。
——なんとなくだけど、レイの気持ちが伝わった。
私もレイに負けないくらい、出来る限り優しい声を出そうと喋る。
「レイ。遠慮してた? 自分のせいで、私が皆と離れることになったのにって」
レイの目が僅かに伏せられる。
「……うん。そう。聞く資格はないと思ったんだ。だけど……クレアがピンクちゃんと魔法使い君と楽しそうに話しているのを見ていたら、どうしても聞きたくなったんだ。君の昔の話を」
レイと向かい合うように座っていたけれど、私は立ち上がりレイの隣の椅子へと腰掛け直す。
驚いたように口を軽く開く彼の顔がなんだかとても可愛い。
「結果論だけど……レイがほら、レプリカ。あれを渡してくれたお陰で、バラデア王国も……ニーナとバルドだってすごく幸せそうに暮らせるようになったから。私だって、それは最初は怖かったけど……でも今はちっとも怖くないよ。むしろ、最近は楽しいの」
私はチョコレートの包み紙を半分だけ広げ、レイの口元へと運んだ。するとレイの頬は、まるで赤い花を生けたように真っ赤に染まる。
「楽しい……?」
「うん。レイと、クロとヴィクトルさんと。街を歩いたり、お喋りしたりするのが楽しいの。レイの作ってくれるご飯も美味しくて……私、料理作るの下手なんだ。だからレイに教えてほしいくらい」
「……料理が苦手っていうのは、この間言っていたよね」
差し出したチョコをレイが受け取ってくれないので唇へと押し当ててみる。
レイは肩を竦ませながらも笑みを浮かべると、やっと観念したのかチョコレートを前歯で挟み受け取ってくれた。
「私ね、生まれてすぐにお母さんが亡くなって、お父さんは物心がつく前に亡くなったんだって。それからはアーサーとニーナとバルドのご両親達や、近所の人たちが私の面倒を見てくれていて、ここまで育ったの。……すごい話だよね」
特に寂しさや悲しさなど感じぬまま、私は続ける。
「料理も……教えてもらう機会がなかったから、色んな人の見よう見まねなんだ。毎日お裾分けをもらっていたし。だからあんまり上手じゃないの。恥ずかしいんだけどね」
「ううん。恥ずかしくなんてないよ。……クレアが一生懸命生きてくれていたってだけで、それは尊ぶべきことだから」
「ふふ。大袈裟だね」
レイは薄く笑ってから、顎に指を添えた。
「……クレア。料理はこれからも俺が作るつもりではいるんだけれども……良かったら、クレアもたまに一緒に作ってみる? 俺で良ければ教えるよ」
「えっ……」
「あっ。もちろん無理強いはしないからね」
——無理強いだなんてとんでもない。
私は椅子から身を乗り出す。
「やりたい! 料理を教えて、レイ! ……今から!」
「クレアは向上心が高くておりこうさんだね。じゃあ俺、何か材料を買ってくるね」
椅子から立ち上がったレイを追うように私も立ち上がる。
「私も行きたいな」
「待ってて良いのに……」
「いいからいいから」
ご機嫌な私の足取りは軽い。料理を覚えたら、もっとこの家でやれることが増える。
何もやらせてもらえないというのは、まるで存在意義がないと言われているようで悲しくなるから。
玄関を出て、家の周りに咲き誇る花たちの匂いをたっぷりと吸い込み、私は背伸びをする。空気もカラリと乾燥していて、空も晴れ渡っていて清々しい。
「そういえばレイって本当に料理が上手だよね。レイは人間と同じものを食べなくても大丈夫なんだよね? 料理なんて、誰に教わったの?」
「ん? ああ、クレアだよ。生まれ変わる前の君に。クレア、すごく料理が上手だから」
空の清々しさに負けぬほどの笑顔でレイが言う。
「…………へぇ……。私、に……」
「うん。俺、人間の食べ物が美味しいって知ったのはクレアが料理を作ってくれたからなんだよね。本当に君は……料理人顔負けだったんだよ」
その後もレイは街に向かって歩きながら「あれも美味しかった」だの「これも好きだった」だの、それはもう嬉しそうな笑みを浮かべて私に言い聞かせてくれてきた。
一方で話を延々と聞かされ続けていた私は何故かは分からないけど、心臓に太い槍が突き刺さったような、ドスッとした痛みを感じた。




