18話 今の私か、それとも。
「じゃあ……僕達はそろそろ帰るね」
「料理すごく美味しかったよ! ご馳走様でした、魔王!」
「もう魔王じゃないって」
ニーナとバルドがこの家に居たのはそれほど長い時間ではなかった。
すぐに出発しないと国王との約束の期限に間に合わなくなるため、元々私の顔だけ見てすぐに帰るつもりだったそうだ。
「でも道はもう覚えたから次はもっと早く来れるよ! ね、バルド!」
「そうだね。また来るよ、クレア……と、魔王。また来ても良いかい?」
「良いよ。でも飛んだりなんだりする魔法は使わないで来てね。君の魔力の残穢が残ると面倒だから」
「分かっているさ。それじゃあ、またね。クレア」
「またね! 一ヶ月に一回くらいは遊びに来るね!」
「……うん! 待ってるね!」
二人を見送ろうと玄関の外に出ると、外はすっかりと暗くなっていた。
「暗いよ……大丈夫……?」
「うん。僕が照らして行くし」
「なんかあったら、私がバルドを守るしね! ……魔王。クレアのこと、よろしくね。大切な友達なの」
「言われなくても分かってるよ」
レイに折られたはずだったバルドの杖は新調されたようで、前に使っていたよりもずっと立派な装飾が施された物になっていた。
杖から放たれる光はしばらくの間、二人の後ろ姿を照らし続けていた。
「クロ。ヴィクトル」
二人の姿が見えなくなった頃、レイが二人を呼ぶ。レイの背後に立っていた二人は、レイの隣へと足を進めた。
「お使いしてきて」
「はい。承知致しました」
「りょーかい」
「お願いね」
ヴィクトルさんは地面に片膝を突き、改めて畏まった返事を返す。
「あ、えっ……二人とも、お使いって……何を買うの? 買い物なら明日でも良いんじゃないの? もう暗いよ……」
「魔物には魔物の店があんの。暗い時間にしか開かねえからさ。じゃあなクレア。また明日遊びに来る」
ふっ、と二人の姿が目の前から消えた。
「レイ、可哀想じゃない……? 何を買わせるつもりなの?」
「……えっと……クロの馴染みの店にしか売ってない物があってね。お店の場所、俺は知らないんだ。クロが教えてくれなくて」
「ふーん……?」
——何か如何わしい物でも頼んだのだろうか。
そう疑ってしまうほどレイの態度はよそよそしいものだった。
それから私はお風呂に入り、自分の部屋へと戻った。
真っ先に手に取ったのはニーナがプレゼントしてくれたブローチ。
アメジスト色のガラスストーンを飾る、桃色と若葉色の石。正しくは、くすんだ桃色——桜鼠色の方が近いのだと、今になって気付いた。
そうして同時に、この色合いの既視感の正体はレイの髪と瞳の色に近しい色だったことにもやっと気付いた。
初めてこのブローチを見た時にこの色合いが心に引っ掛かったのは、前世の私とやらが見ていた記憶のせいなのだろうか。
私は窓に向かってブローチを掲げる。月明かりがキラキラとアメジスト色のガラスストーンを輝かせた。
「……ニーナ……バルド……」
このブローチがまたニーナとバルドに会わせてくれた。もう二度と、会えないかと思っていたのに。
レイも教えてくれていれば良かったのにどうして黙っていたのだろう。
——でも、二人とも幸せそうだった。バラデア王国からも大切にされているようで、これで二人の将来も安泰だね。
嬉しかったのか、安心したのか。私の目からはまた涙が込み上げてくる。
私は涙を手で拭いながら部屋を出て、階段を降りる。
向かった先は、レイの部屋。
扉をノックするとレイはすぐに扉を開けてくれた。
「クレア?」
畳の匂いが漂った。落ち着く香りだ。
「クレア、泣いてるの? どうしたの……?」
「……レイ。撫でて」
「…………え?」
私はレイの手を握り、自分の頭の上へと載せた。
「なんだかすごく、撫でてほしいの」
「クレア……」
「ブローチのこと、もっと早く教えてほしかった」
「……ごめん。魔法使い君達が来てくれる保証が出来なかったから。俺を怖がって、もう来ないんじゃないかって思って。でも……来てくれたね。クレアのこと、本当に大切にしているんだね」
レイの手がゆっくりと私の頭の上を滑り出す。
「もう会えないかと思ってたの」
たまにレイの指は私の髪を梳く。
「幸せそうだった。婚約してたって。私、知らなかった。なんで教えてくれなかったんだろう。もっとちゃんとお祝いしたかった」
「今度遊びに来た時に改めてお祝いしよう。クロとヴィクトルはね、嬉しいことがあるとお酒を飲みだすんだけど……クレア達はまだ飲めない歳だもんね」
「……ふふ。お酒なんて飲むんだ。酔うの?」
「ヴィクトルが割と酔いやすいかな」
「魔物なのに? 私も飲んでみたい。あと二年経たないと飲めないや。その頃にはニーナとバルド、結婚出来るから……」
「じゃあ、お祝いに良いお酒買っておかないと」
気付けば私は床に両膝を突いて座っていて、レイも膝立ちになっていた。撫でられるほどに涙があふれて止まってくれない。
そもそも、レイが私を連れ去らなければこんな思いをせずに済んだのに。
——なんて、もうそんなことは思えなくなっていた。
そもそも勝手に魔王討伐を果たそうと意気込み、レイの住む地を踏み荒らそうとしたのは私達の方だった。
それなのに、レイが悪いと一方的に責め立てたのも私だった。
「レイ」
レイはただ、亡くなった恋人との再会を喜び、また共に暮らしたかっただけだったはずなのに。
「どうしたの、クレア」
「ごめんね」
「……何が?」
「いろいろと。……ごめんね」
もはや私は、自分が何に対して泣いているのかすらよく分からなくなっていた。情緒不安定も良いところだ。情けない。
だけどレイはずっと、私の頭を撫で続けてくれていた。
——この温かく優しい手が撫でてくれているのは、今の私なのか、それとも。




