17話 婚約してたんだ
バルドはため息を吐き、頭の上で手を組んで伸ばす。
「こればかりは考えても仕方がないね。僕達も帰ったら引き続きアーサーとの交流を試みるさ。噂によると、アーサーは国王様の城に出入りしているらしいから」
「……あ……。そうだよね、二人とも帰らなきゃいけないよね……」
「うん……。国王様に二週間で戻るって言ってあるから……」
「国王様に?」
「うん。私とバルドとアーサーは英雄だから、王国の象徴として留まらないと駄目なんだって。だから王国の外に出る時も申請がいるの」
「ふーん……?」
レイが渡してくれた布で目元を拭い続けていた私だったが、ようやく涙は止まり始めてきていた。
「外出先までは申請の必要がないんだけど、外出理由は必要なんだって」
「へえー。それは興味深い」
レイ、ニーナ、バルド、そして私。誰のものでもない声が聞こえ、私達は一斉に扉の向こうへ視線を伸ばした。
「クロ!」
「よっ! やけに賑やかだなって思ったら、そいつらが噂の勇者御一行のお友達か?」
「……申し訳ありませんレイヴァン様。勝手に上がってしまって……」
「どうせまたクロが入ったんでしょ。良いよ」
クロは楽しげに笑みを浮かべ、ニーナとバルドの元へと寄る。
「クレアのお友達なら丁重に扱わねえとな」
「…………だ……男性……? 女性……?」
「はは。最初に出る言葉がそれかよ。……どっちだと思う?」
疑問を浮かべたバルドの顎をクロがそっと掴み上げ顔を近付けると、ニーナとヴィクトルさんが声にならない声を発した。
ニーナはバルドの腕を引き、ヴィクトルさんはクロの首を羽交い締めにして引き寄せる。
「バルド! いくら綺麗な人……魔物……!? だからって鼻の下伸ばさないでよっ!」
「ごご、ごめん! 不可抗力だよ……!」
「クロ! クレア様のご友人になんてことを!」
「く……苦し……離せ、馬鹿力っ……死ぬっ……。からかっただけだっつーの! ついでに俺は男な!」
「そうなんだ! すごく綺麗だね! でもバルドには手を出さないで!」
てんやわんや。まさにそう呼ぶに相応しい混沌の中に、レイが手を叩き合わせた音が響き渡った。全員口を閉じてレイを見る。
「クレアが困った顔してる。あと、普通にうるさい」
「…………悪かったよ。んで、話の続き聞かせてくれ」
「続きというのは……?」
「お前達に外出理由が必要ってトコだよ」
クロは壁にもたれかかり腕を組む。ヴィクトルさんもその隣で全く同じ体勢を取っていた。
「理由は僕達にも分からないんだ。そうするように言われているだけだからね。国王直々の命令さ」
「ふーん。で、なんて言って出てきたんだ? まさか魔王に会いに行くなんて言えないだろ」
「それは……えっと……」
ニーナとバルドはじっとお互いの顔を見詰め、二人して頬を赤くさせ俯く。そうしてもじもじとしてから、これまた二人揃って右手を顔の横へと掲げた。
二人の薬指に輝くのは、シルバーの指輪。
「僕達、婚約したんだ」
「それで……今回はその記念ってことで、二週間旅行に行ってきますって申請して来たんだ……」
「へー……婚約してたんだ……」
婚約って、あれだよね。結婚する約束のこと。
——結婚?
「……へ……? 婚約って……結婚するの!? ニーナとバルドが!? え、じゃあ付き合ってたってこと!? いつから!?」
「えへへへへ……気付いた時には……」
「なんで教えてくれなかったの!?」
「いやあ、ごめん。諸事情でアーサーに言い出せそうになくてさ……」
「諸事情って……でも私には言ってくれても良かったじゃん……」
「ごめんよ。あと普通にちょっと……僕が恥ずかしかったんだ。照れ屋だろ、僕って」
顔の前でバルドは両手を合わせた。だけど私は彼が恥ずかしがり屋だというイメージを持っていない。
なんと酷い話だ。そうだと分かっていれば、もっと気を遣っていたというのに——。
「その二週間っていう期限を破ると、君達はどうなるの?」
不貞腐れそうになっていた私の思考をレイの声が遮る。
「どう……って……どうなるんだろ。王国から出るのって今回が初めてだから、分からないんだよねぇ」
「ピンクちゃん。他の人達はそういう期限を設けられたりはしてないの?」
「してないよ。あくまで私達が王国の英雄だから、宝のように扱いたいって話みたいなの」
クロは欠伸混じりに「英雄ねえ」と呟いた。
「クレアの扱いはどうなってんだ? 死んだことになってるんだろ?」
「おい、クロ……」
「茶化そうとしてるわけじゃねえぜ、ヴィル。俺は大事なことを真剣に訊いてんだ。クレアが生きたまま王国の外を彷徨ってるっつー設定になってたら厄介だからな」
自惚れるわけではないが、私は仮にも魔王を討伐した勇者一行のパーティの一人だ。そんな私がもし、パーティと逸れてしまい、一人でバラデア王国の外を彷徨っていたら——どうなるのだろう。分からない。
「……ごめん。クレア。その人……魔物の言う通りだ。君は……」
「死んだことに……してくれたんだね」
俯いたバルドとニーナは、小さく首を縦に振った。
「そうしないと辻褄が合わなくなるって、そこに立っている聡明な吸血鬼が言ってたの。その時から私は覚悟してたから、大丈夫だよ」
クロの顔を見る。目が合うと、彼は片眉を下げて微笑んだ。
「……強い子だ。ま、クレアのことは俺達っつーか、そこの魔王に任せておいてくれて良い。そいつはクレアを裏切らない。それに、俺とこの白髪も、俺達なりにクレアを守っていくさ」
「……あの……。皆は魔物、なんだよね。黒髪さんも吸血鬼ってクレアが言ったし。それなのに、どうしてクレアのことを大事にしてくれるの? 魔王だって、なんかクレアのことを知ってますみたいな雰囲気出してたよね」
——生まれ変わる前の私とこの人達が知り合いで、前世の私とレイは恋人同士だったみたいなの!
なんて話を、信じてもらえるのだろうか。バルドなら或いは。彼は賢者や魔法使いの能力について詳しい。生まれ変わりの能力のことも理解してくれるだろうか。
「どうしてって……俺がクレアのことを愛しているから。それ以外に理由はないよ」
ぐるぐると思考を巡らせていた私だったが、レイの言葉が何もかもの考えを消し去った。
「……へ……? レイ……」
「クレアのことを知ってますっていうか……えっと、こういうのなんて言うんだっけ。クロ」
「一目惚れとか?」
「じゃあ、うん。それで。俺がクレアに一目惚れしたから」
沈黙。
その後ニーナとバルドの悲鳴にも似た絶叫が私の耳朶を突き刺す。
顔がこれでもかと熱くなる私に、レイはなんとも美しく笑んでみせた。




