16話 ブローチ
私はトマトを頬張る。甘くて美味しい。トマトは苦手な食材だったのだけれども、ここ最近で急に好きになった。
「美味しい? クレア」
「うん。すっごく美味しい! ニーナもバルドも食べようよ。レイの作る料理って本当に美味しいんだよ」
私は目の前に座る二人に見せつけるかのようにパンを頬張った。決して毒なんか入っていないよと分かってほしかったつもりだったのだけれども——。
「……食べられるかー!」
ニーナはテーブルを両手で叩きつけた。
——それはそうだよね。
「まあまあ、ニーナ。少なくともクレアは元気でいてくれて、ご飯もちゃんと美味しそうに食べてくれてる。それが分かっただけでも大収穫じゃないか」
対してバルドは冷静だ。今はバルドの方が落ち着いて話をしてくれそうだと判断し、私は彼の顔を見る。
「ねえ、バルド。ニーナ。二人はなんでここに……? どうやって……それにアーサーは?」
もっと聞きたいことも話したいこともたくさんある。泣きたい、笑いたい、他にも様々な感情が私の中からあふれ出しそうだった。
「……先ずここに来れた理由だけどね、ニーナのおかげのようなものなんだ」
「ニーナの……?」
「クレア、ニーナから誕生日のプレゼントにブローチをもらっていただろう? あのガラスストーン、微量だけど魔力が込められるようになっていたんだ。ニーナは気付かずに買ったみたいだけど」
私は部屋に大切に飾ってあるブローチを脳裏に思い浮かべる。
花の形を模したアメジストのような色合いのガラスストーン。その周りには桃色や若葉色の石が数個取り付けられている素敵なブローチ。
そうだ、あのブローチを見た時の既視感は——いや、今はそれどころじゃない。
「あれはお見事な芸当だったよ。魔法使い君」
私の隣に座るレイが言う。
「レイ?」
「俺がクレアを欲しがった段階で、君はあのブローチに君自身の魔力を込めたんだろう。爪の先程にも満たない、微かな魔力だ。相当な手練れじゃないとあれには気付けない」
「……気付かれていたのか。僕は魔力コントロールの腕には自信がある魔法使いなんだけれど、さすが魔王……。そう、あの時、咄嗟にクレアのブローチに魔力を飛ばしたんだよ」
——私は何も気付かなかった。あの時、バルドに触られた記憶なんてあまりない。レイに気を取られていてそれどころではなかったというのもあるかもしれないけど。
でもそれはバルドだって同じだったはずだ。それなのにいつの間にそんなことを。
「その君自身の微かな魔力を追って、ここに辿り着いたってところかな。すごいね。君は優秀すぎる魔法使いだ。バラデアでも重宝されているでしょ」
三回だけ軽く拍手を送り、「でもさ」とレイは続ける。
「食べないならさっさと帰ってくれない? 皿も洗えないし、正直いきなり来られたのは迷惑ではあるんだよね」
「んなっ……!」
「……レイ……あの、ごめん……。私、もっと二人と話したいの。聞きたいこともまだあって……。お皿は私が洗うし、だから、あの……」
レイの声色がいつもより沈んでいて、ちょっと怖い。恐る恐る見上げると、レイは眉を寄せた。
「君達、何泊する? 部屋は作れるけど」
「手のひら返し早いね!? ……確かにバルドの言う通りかも。クレアが思ってたよりずっと元気そうで良かった……」
「心配、たくさん掛けたよね……。ニーナ、バルド……二人も元気そうで本当に良かった……!」
また会えると思っていなかった。元気そうで良かった。
不意に涙が流れ、それはだんだんと止まらなくなる。
「本当に……良かった……」
年甲斐もなくしゃくり上げ出してしまった。そんな私の顔をレイが覗き込み、手を出したり引っ込めたりしている。
「クレア、泣かないで……。えっと、撫でたら駄目だよね……」
「諸悪の根源が慰めるんだ……。なんかこうなると、呆れるしか出来なくなっちゃう……けど、私もまた会えて嬉しいよ! クレア!」
「僕も本当に嬉しい……けど、魔王。僕が魔力を込めたことに気付いていたなら、どうして……」
「俺はクレアをバラデアに戻す気はなかったけど、君達との交流を断ちたかったわけではないから。会いに来れるなら会いに来てよっていう気持ちは元々あったんだよ」
あっ、と私の喉から声が出た。そういえばあの日、レイは「クレアに会いたければ探しに来ると良いよ」と言っていた。その時から、こうなると分かっていたのだろうか。
「ここに来るまで魔物達にも襲われることはなかったでしょ? 君達がバラデアを出たのは一週間くらい前だったね」
「……すごい……なんで分かるの?」
「一度見た魔力のことは忘れたくても忘れられないんだよ。めんどくさい体質だけどね。勇者君は今もバラデアに居るみたいだけど」
「そうだ、アーサー……。アーサーはどうしていないの?」
私が問うと、二人は顔を合わせて口を閉じる。
「ニーナ、バルド……」
「私達はあの後、それはそれはもうとんでもなくもてはやされたの。魔王の首のおかげでね。私達にそれぞれ豪邸を建ててもらって、今では王国の英雄扱いで」
「だけどアーサーは……王国に帰ってから、僕達の前に姿を現さなくなったんだ」
「えっ……?」
「アーサーが住んでいた家に行っても、新しく建ててもらった家に行っても、アーサー……顔を出してくれなくて」
そんな、どうして?
私が疑問の言葉を出すより先に、レイが言葉を続ける。
「生きてることは生きてるけどね。魔力は元気そうだし」
「レイ、そんなことも分かるんだ……」
「俺に近付いてくるほど感じる魔力が大きくなってはくるんだけど……うん。この魔力の感じなら、勇者君はちゃんと元気だよ。安心して、クレア」
だけどそれなら尚更どうしてニーナとバルドの前に顔を出してあげないのだろう。
それを一番知りたいのはニーナとバルドのはずだ。二人は俯き、唇を噛んでいた。




