13話 街と服
カーテンから差し込む光はいつの間にかオレンジ色へと色を変えていた。
「街?」
私は首を傾げる。
「クレアを人目に晒せって言うの?」
隣でレイが顎を引いた。
「クレアは人目に晒されて十六年生きてきたんだろ。今更何言ってんだお前。な、どうだクレア。服とかも売ってるし」
「服……」
目線を落とす。そういえば昨日からずっと服を取り替えていない。というか、体も洗っていない。
——私、もしかして今かなり臭ってたりする?
「服、欲しい……! クロ、街ってお風呂入れるところある!?」
「風呂ならここにもあんじゃん。レイ、お前クレアのこと風呂に入らせてやらなかったの? 女の子にそりゃあんまりだぜ」
「……昨日クレアすぐに寝ちゃってから言い出せなかったんだよ……。ごめんね、クレア。すぐに沸かすからお風呂入っておいで」
「……あ……えっと……」
お風呂より先に街に行ってみたい気持ちはある。服も欲しいし寝巻きも欲しい。お金なら多少なら持ってきている。
でも、私はともかく魔物である彼らが人の街に行くのはアリなのだろうか。見た目は普通に人ではあるけれども。
「ちなみに俺は人の住む街や国とかに何回も行ったことあるけど、俺が魔物ってバレたことないよ」
「え?」
私の疑問を見透かしたかのようにレイが笑む。
「俺らくらいになると魔力も消せるし、そもそもレイの顔なんざ誰も知らないからな。安心して良いぜ」
補足するようにクロが続けた。
「そう、なんだ……?」
「風呂に入る前に先に街に行った方が良いんじゃね? どうせ土埃とか付いちまうし。まあ、クレアに任せるけど」
「……うん……! そうしたい!」
なんて乙女心を分かってくれる人なんだろう。
なんだか私、クロとは仲良く出来る気がしてきた。これが信用するということなのだろうか。
ほっと胸を撫で下ろし、マグカップに入ったお茶を飲み干した。渇いていた喉が潤いを取り戻す。
「レイヴァン様、クレア様。マグカップはもう下げてもよろしいですか?」
ヴィクトルさんが立ち上がり私に向かって腰を折る。
「あっ。いえ! 自分で洗います!」
「とんでもない。俺が居る時は俺にやらせてください」
「そうだぜクレア。ヴィルは好きでやってんだから、放っておいて良いんだよ」
「お前はマグカップを拭いて片付けるんだよ。埃一つ残すなよ」
ヴィクトルさんの指先がクロの耳を引っ張り上げた。抵抗し切れなかったのか、クロは「いててて」と顔を顰めながら立ち上がり、ため息を吐きつつ私のマグカップを手に取った。
「クレア。街、行きたい? 無理しなくて良いんだからね」
そんな二人を横目に、レイが言う。
「えっと……服、欲しいので……」
「また敬語……。クロには敬語使わないのに、なんで俺には敬語なの?」
レイは眉を下げ、微かに目を潤ませた。
——またこの顔!
私はぐっ、と息を呑む。
「だ、だって……魔王様、ですし……」
「それだったらもう魔王辞めたから敬語じゃなくても良いよね。ずっと敬語は嫌だな、俺……」
レイの周りにキラキラと細かい光の粒が飛んでいるように見える。その光は瞬いては消え、レイの眉目秀麗な顔を美しく飾る。
ついにこんな幻覚が見えるようになってしまった。私はどれだけレイの顔が好きだと言うのか——。
「……ちょっと、クロ。余計なもの飛ばさないでよ。何この光」
「お前のイケメンさを引き立ててやろうと思ったんだよ」
——危うく騙されるところだった。
私はかぶりを振った。
◇◇◇
案内された場所は、バラデア王国よりは小さな街。名をフォレア街と言うんだとレイが教えてくれた。
夕日はオレンジ色というより赤色に近く、まるで街が燃えているようにすら見えてしまうほどだった。
私はクロとヴィクトルさんの後ろを歩く。
街中は賑わっていた。当たり前だけど、そこに人間以外の姿は見当たらないように見える。
「ここの服屋、きっとクレア気に入ると思うんだけど……入ってみない?」
レイが手で示した店は、ほんのりと赤みのある木目調の壁が可愛らしい店。女性が店から一人出ては、一人入っていく。人気の店なのだろうか。
なんだか既視感がある。初めて来た街の初めて来た店のはずなのに、新鮮味が薄い。
「俺もここ好きー」
クロが先陣を切って店へと入る。
「わっ。可愛い!」
続けて店内に入った私の口から自然と言葉が出た。
女性服を取り扱っている服屋のようで、目が喜ぶほどに色とりどりの服が並んでいる。
「どれも本当に可愛い服。バラデアでは見ない服ばっかり……って、あれ? クロ、このお店が好きって……」
「んー? 別に違和感ないだろ? 俺、可愛いし」
「まあ、確かに……」
「自分で言うなよ。……失礼しました、クレア様。こいつは俺が押さえておくので、ゆっくりと見てください」
「えー。俺もクレアと服見たい」
「お二人の邪魔になるだろ! 好きなの買ってやるから、こっちに来い!」
ヴィクトルさんはクロの腕を引き、私達から離れた場所へと行ってしまった。多少二人の声は聞こえてはくるけれども、会話の内容までは分からない。
一方で取り残された私とレイの間に会話は生まれない。というか、レイが店に入ってから一言も喋っていない。
どうしたのだろうと恐る恐る彼の顔を見上げてみると、レイは唇に指を当てて服を眺めていた。
口元が僅かに動いているように見え、私は耳を澄ませる。
すると「……んー……こっちの方が好きかな……」などと呟いているように聞こえた。
彼が見ているのは白色の柄の無いワンピース。袖丈は肘ほどの長さで、足首まで隠れそうな丈のもの。
「可愛い……」
——思った言葉がすぐ口から出てしまうのは私の悪い癖だ。
私はぱちん、と音が鳴るほどに強く自分の唇を叩きつけた。
「クレア!? 何してるの……!」
「あっ……い、いえ……あー、えっと……ううん。ちょっと……」
敬語を使うとまたあの捨てられた仔犬のような顔で見詰められてしまうのだろう。私は唇を結ぶ。
「そのワンピース、可愛いなって思って……」
「あ、やっぱり。クレアが好きかなって思って」
「……前世の私が好きだったから?」
「うん。白色、好きだもんね」
レイは嬉しそうに笑った。綺麗な笑顔だ。でもその笑顔は私に向けられたものではない。生まれ変わる前の私とやらに向けられたものだ。
どくん、と心臓が強く脈打つ。
「…………好き……じゃない」
「え?」
「白色、好きじゃないの」
私は目を伏せ、よく見もせずに服を掴んでレイの前に掲げた。
「今はこの色が好き……!」
「…………桜鼠」
「……え?」
自分で掴んだ服を見る。それは確かに、桜鼠色のワンピースだった。レイが見ていた白色のワンピースの色違い。そしてそれは、レイの髪色に似た色。
「あっ……!?」
「クレア、それにすんの? レイの髪とお揃いの色じゃん」
背後から声が聞こえ、振り向いた。クロと紙袋を持ったヴィクトルさんが揃って私達の元へ向かって手を振りながら近寄って来る。
「いや、あの、これは……!」
「クロ。聞こえてた? クレア、この色が好きなんだって」
レイの瞳がキラキラと輝いているように見える。店内の明かりのせいだろうか。
「もう何着か買っておけよ。あと寝巻きも。さすがに討伐のお供として持ってきてないだろ?」
「持ってきてない……けど……あの、誤解が……」
「ほら、早く好きなの選ばないと。レイが勝手にどんどん買っちまうぜ」
クロが私の後ろを指差す。
「え?」
レイは私が選んでしまった桜鼠色のワンピースの他にも、数着の服を持って勘定を済ませようとしていた。
いつの間に選んだのか。いつの間にそんな所に移動したのか。つい数秒前まで私の隣に居たはずなのに。
「……ちょっと待ってー!?」
私の叫び声が店内に響き渡った。
——そもそもレイって、お金持ってるの?




