12話 「帰りたい」はオススメしない
「クロ。私がバラデア王国に帰るのはオススメしないって、どういうこと?」
「そのままさ。魔王討伐に行って五体満足で国に帰ったのは、恐らくここ数百年の中ではクレアのお友達だけのはずだ。今頃さぞ丁重にもてはやされているだろう」
クロはニヒルな笑みを浮かべたまま頬杖をつく。
「恐らくクレアは旅の道中で死んだことになってるはずだ。そうしないと諸々の辻褄が合わなくなるからな。そこにノコノコとクレアが帰ってみろ。何で生きてるのか、王国中が混乱するはずだ」
「それは……私が賢者だからってことで、辻褄は合わせられるでしょ?」
「自らを生き返らせましたって言うのか? ……それは禁忌の力だ。人間にも俺達にも出来ない。国に帰った瞬間、研究対象になるだろうな」
「それの……」
何が問題になるの?
開きかけた口を閉じた。
「そんな力、実は持っていません! ……なんて、それがバレたら? 上手くやり過ごせたとして、人を生き返らせる力なんてものは隣国に伝わったら戦争の火種になりかねない」
クロはクッキーを二枚手に取り、皿の上でぶつけ合い呟く。
「戦争なんてものは、このくらい簡単に人間も魔物も死ぬ」
彼の持つクッキーはそれぞれが真っ二つに割れてしまっていた。クロはクッキーの欠片の全てをまとめて口の中に放り込む。
「……それでも上手く、誤魔化すって言ったら……?」
「人間からしてみたら、魔王の手が掛かって生き返ったって可能性も否定しきれないだろうからな。どのみちクレアは、どう足掻いてもあの手この手で調査とか研究……最悪、拷問されるかもな」
そんなものはあくまで仮定の話だと思いつつも、そんなことないとも言い切れなかった。言葉と共に生唾が喉を通る。膝の上で握った拳が震えていた。
「クレアがこの世に存在すると分かった以上、隣に座ってる魔王様はどこまでもクレアをストーカーするぜ。その中でもしクレアが酷い目に遭っているなんて分かった日には、バラデアは一瞬で消し炭になる。……もちろん、クレアのお友達もな」
「うーん……。ごめんね、クレア。それは否定出来ない。バラデアだけじゃ済まないかも……」
「バラデアの連中なんて、何やらかすか分からねえからな」
それはあまりにも勝手な言い草だ。この人達は、バラデア王国のことをちっとも分かっていない。
「待って! クロも魔王様も勘違いしてる。国王様も国民達も、皆すごく優しいよ。私達が魔王討伐に向かう時も、ニコニコと私達を見送ってくれた。そんな人達が、拷問だなんて……」
「魔王討伐がどれほど危険な旅か、あの国の連中が知らないわけがない。そんな危険な旅に、十六歳の子供をニコニコと送り出す国王が優しいか? 大人なら止めてやるべきなんじゃないかと、俺だったら思うけど」
「……じゅ……十六歳は、人間では大人の扱いなの!」
「へぇ。そりゃなんともご立派だな。……で、そんなクレア達より大人な国王は何してくれるんだ? 国王自ら、魔王討伐には向かわなかったのか?」
クロの顔に浮かんでいた笑顔はいつの間にか消え去っていた。怒っているような、退屈そうな、そんな顔をしている。
クロの肩をヴィクトルさんが掴む。二人の目が合うと、ヴィクトルさんは目を眇めた。
「クロ。もう止めろ」
「……悪かったよ。ま、そんなこんなで国に帰るのはやめた方が良いって話。あと、レイの寝込みを襲って首を討ち取ってバラデアに持って帰ろうとか、それもやめた方が良いぜ」
「えっ」
自分の口元が引き攣ったのが分かった。
それはまさに私がやろうとしていたことだ。どうして分かったのだろう。
「クレアがレイの本物の首を持ち帰るということは、だ。クレアのお友達の……勇者君達が魔王の偽物の首を国に掲げ、手柄をもらおうとしたっていう話になる。下手したら国家反逆罪で勇者君達は打ち首になっちまうんじゃねえの」
「……そんな……! ……でもそれは……そう、かも……」
自信が萎むとともに、目線が落ちてゆく。
まるで考えなしだった。言われてみたら確かにそうだ。魔王討伐を果たした人物には、国から一生分の衣食住と何かしらの報酬が与えられる約束になっている。
だがそれがもし、偽の手柄だったとしたら——クロは見かけによらず、私よりもずっと冷静に物事を見ている。
「まとめると、クレアに出来ることはレイに溺愛されつつ日々を過ごすことくらいだな。それが一番、みーんな平和に過ごせる」
溺愛とはすなわち、それこそ恋人のように振る舞えとでも言うのだろうか。でもそれは——。
「……それは……魔王様は……」
「…………レイ」
「え?」
「レイって呼んで。さっきからクロばっかり、ずるい……」
眉を下げ私から目を逸らす魔王。その顔があまりにも可愛らしく、私の心臓は矢でも突き刺さったような衝撃を受けてしまった。なんたる不覚。
「……レイ……」
「うん、何?」
今度は瞳が輝き出したのが分かる。なんとも分かりやすい人だ。だけどそれもまた可愛いと思ってしまった。私はこの顔に弱いのかもしれない。
「レイ……は、その……生まれ変わる前の私が好きだったんですよね? 今の私は別人だし……。レイは、それで良いんですか……?」
「え? ごめん、そんなに深く考えてなかった。俺にとってクレアはクレアだから。俺は全部のクレアを愛するよ」
「……ん?」
何か、腑に落ちないような。
「諦めなクレア。こいつ、大雑把な奴だから。クレアがクレアで居てくれれば、それで良いんだよ」
「……よく、分からない……」
分かるわけがない。どういうこと?
私は私だ。前世も何も、知ったことではない……なんて言えてしまえるほど、強い人間ではないのだけれども。
「全部のクレアを愛するよ」と魔王様——レイは言っていたが、そんなの、今の私は張りぼてですと言われているようなものではないのだろうか? 違う?
——駄目だ。私ですら何が言いたいのか分からない。混乱してきた。
「目がぐるぐる回ってるぜ、クレア。まあ……そのうち分かるさ。話は落ち着いたか? 俺達はお邪魔虫になっちまうから、そろそろ帰ろうぜ。ヴィル」
私は痛み出したこめかみを押さえた。色々と脳に詰め込まれすぎて、破裂しそうだ。今この状態でレイと二人きりになんかされたら堪ったものじゃない。
「待て。レイヴァン様とクレア様がまだ飲み終わっていない。食器を洗わせていただくまで帰らないぞ」
思わぬ助け舟だった。つまりヴィクトルさんは、私がお茶を飲み終わらなければずっと居てくれるのだろうか。
そういえば先程から、この人はまるでレイの執事か何かのような立ち振る舞いをしている。
「放っておけよ! 自分の分くらい自分で洗えるだろ!」
対してクロはレイに当たりが厳しい。そういえばレイの親友だとも言っていた。口調の荒さは親密度の証なのかもしれない。
「クロ。ヴィクトル。今日は帰らないでよ」
「はぁ? 良いのかよ。せっかくのクレアとの時間なのに」
「いや……ちょっと、さ……」
レイの目線があちらこちらに泳いでいた。クロは長く息を吐き、頭を掻く。
「俺達の部屋、早急に作り直してくれよ」
「そうだった。忘れてた。お茶飲んだらやるよ」
「今すぐやれ! ……そうだ。なあ、レイ。せっかくだしクレア連れて近くの街を散歩しに行こうぜ。家に引き篭もりっぱなしじゃ、クレアも退屈だろ?」
——街?
そういえば、レイが朝食の材料は近くの街から買ってきたと言っていたような。
果たしてこの人達に着いて行って本当に大丈夫なのか、否か。まだ信用したわけじゃない。
私は胸元を強く握りしめ、唇を噛み締めた。




