表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
業の福音 〜征服こそ正義だと信じていた男は、その手を汚し続けた〜  作者: 星喰ゆう
第一章 ヴェッセル掃討戦

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/8

第六話 処理の記録

 傷が癒えた頃、ヴェッセルの掃討は終わった。


 終わった、というのは、俺達が決めたことじゃない。上がそう決めた。谷にはまだ、逃げた村人が山のどこかに散っている。だが、名簿の上では、ヴェッセル州は「平定」された。


 平定。書類の上では、そういう言葉になる。


 最後の一ヶ月は、拍子抜けするほど静かだった。

 残党はもういない。村もほとんど無人になった。俺達は山を下りて、街道沿いの野営地に戻った。


 久しぶりに、屋根のある場所で寝た。

 久しぶりに、温かい飯を食った。

 

 ゲルントが「ようやく人間に戻れるな」と言って、若いのが笑った。リーゼも笑っていた。あの家の一件から、少しずつ笑うようになっていた。


 平和だった。

 その平和が、どこから来たものかを、俺はまだ考えていなかった。



 野営地に、後方から人が来たのは、そんな時だった。


 立派な馬車だった。泥のはねた俺達の荷馬車とは、造りが違う。護衛が二人ついていた。剣は下げているが、手は柔らかそうだった。戦ってきた手じゃない。俺達とは違う人間だ。


 馬車から降りてきた男は、俺より少し年上に見えた。


 背は高くないし、太ってもいない。きちんとした身なりで、髪を丁寧に分けている。顔に、傷が一つもなかった。この一年、俺はそういう顔をほとんど見ていなかった。


「はじめまして。コンラートといいます」


 柔らかい声だった。


 握手を求められて、応じた。手が、温かくて、乾いていた。俺の手は、まだ血と泥の匂いがしただろう。


「第七軍団、第三小隊の小隊長レイヴァン殿、ですね。お噂はうかがっています」

「噂?」

「兵を死なせない、と。この州の掃討で、損耗のいちばん少ない小隊だそうで。とても立派なことです」


 損耗、という言葉が、耳に残った。

 俺は、ヤコブを死なせた。数えれば、一人減った。だが、この男の帳面の上では、それは「損耗の少ない小隊」になる。気に食わない言い方だ。


「あなたは?」

「クストディアの者です」

「クストディア?」

「征服の、後始末をする仕事です。査定官、と言ったほうが分かりやすいかもしれませんね」


 分からなかった。正直に、そう言った。

 コンラートは気を悪くした風もなく、微笑んだ。


「具体的に言うと、誰を国民として迎え誰を迎えないか。それを決めます」

「なるほど。その査定官が、俺になにか用ですか?」

「いえ。少し興味があったので。また伺います」


 コンラートはそう言って、軍団長の天幕の方向へ歩いて行った。

 ああいう人間は少し苦手だ。泥の中を這いずり回る俺達とは、住んでいる世界が違いすぎるからだ。



 その晩、コンラートは俺達の火に加わった。


 意外と偉ぶらない男だった。若いのにも気さくに話しかけ、名前を聞き、覚えた。ゲルントの軽口にも笑った。リーゼが茶を出すと、丁寧に礼を言った。


 いい人だ、と若いのが小声で言った。俺も、そう思いかけた。


「シェルマ谷の村々は、無人だったそうですね」

「ああ。村人は、山に逃げた」


 コンラートは、帳面を開いた。俺達の火明かりで、そこに何かを書きつけた。


「では、あの村は、処理済みとしておきます」

「処理?」

「無人になった土地は、そのように記録するのです。人がいなくなれば、税も取れませんから。書類の上では、なかったことにする」

「あそこには、まだ人がいる。山に逃げただけだ。老人が一人、村に残ってた」

「ええ。ですが、戻ってはこないでしょう」


 コンラートは、優しい声で言った。

 責めるでもなく、笑うでもなく。ただ、当たり前のことを教えるように。


「あなた達が村に入れば、村人は逃げる。逃げれば、土地は無人になる。無人になれば、処理済みになる。あなた達は、よくやったのですよ」


 俺は、何も言えなかった。


 言い返す言葉を探して、見つからなかった。あの村の床下にいた女の目を、思い出した。何を聞かれているのか分からない、というあの目を。


 今、俺は、同じ顔をしていたと思う。



 コンラートは、帳面を閉じた。それから、思い出したように言った。


「そうそう。あなた方の隊に、次の任地が決まりました」

「次?」

「エルダインです。ご存じですか?」

「名前だけは」

「山道の要衝を押さえている、小さな王国です。実戦慣れした兵を抱えている。厄介な相手ですよ」


 厄介、という言葉を、コンラートは楽しげに言った。自分が行くわけじゃないからだ。


「第七軍団が、まるごと投入されます。あなた方も、その一部として」

「掃討作戦ではなく、戦争をしに行くということか」

「ええ。今度は、ヴェッセルのように簡単ではないでしょうね」


 簡単。


 この一年、俺達第七軍団がやってきたのは、小国との戦争の後始末。残党を狩り、村々を検分して、報告する。いくら相手が小国といえども、反抗はしてくる。こちらにも少なくない犠牲者が出たはずだ。実際、俺達の小隊からも一人減った。それも、戦後の村で。


 こいつらの立場から見れば、それも些細な損失だ。俺もこいつらの立場なら、同じように考えるのだろうか。


 なんにしても、次は違う。まだ立っている国を、倒しに行く。


「エルダインの民は、迎え入れられるのか」

「それを決めるのが、私の仕事です」


 コンラートは、微笑んだままそう言った。

 その微笑みが、迎え入れるほうの微笑みなのか、迎え入れないほうの微笑みなのか、俺には読めなかった。



 コンラートが去った後、エイダンが火のそばに来た。


「聞いてたか」

「ああ」

「処理済み、だとさ」

「……ああ」


 エイダンは、しばらく火を見ていた。それから、静かに言った。


「あの査定官、悪い男には見えなかったな」

「ああ。いい奴そうだった」

「それが、いちばんタチが悪い」


 俺は、エイダンの顔を見た。

 こいつは、火を見たまま続けた。


「悪人が悪いことをするなら、分かりやすい。憎めばいい。だが、いい奴が、笑いながら村を『処理済み』にする。それを、誰が憎める」


 言葉が出なかった。

 こいつは、いつもこうだ。俺がまだ形にできていないものを、先に言葉にする。


「エルダインか。行きたくないな」

 エイダンが、ぽつりと言った。

「めずらしいな。お前が弱音か」

「弱音じゃない。ただの勘だ」

「勘?」

「これまでは、終わった戦の掃除だった。次は、俺達が戦を始める側だ。……なんか、戻れなくなる気がする」


 その時の俺は、まだ笑っていた。

「大げさだな」と。

 エイダンは、笑わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ