↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
業の福音 〜征服こそ正義だと信じていた男は、その手を汚し続けた〜  作者: 星喰ゆう
第五章 蹄の音

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
49/55

第四十八話 乾いた音

 次の日の夜から、俺は木を削り始めた。


 セラの背丈に合わせた、木剣だ。

 本物を持たせるにはまだ早い。


 火のそばで、小刀を動かす。



 削りながら、何度か手が止まった。


 あの子に剣を教えるのは、自分の身を守るためだ。

 何かを殺すためじゃない。


 だが、剣を覚えれば、どう使うかはあの子次第だ。


 守るために使うか。

 奪う為に使うか。


 それとも、復讐の為に。


 これを渡せば、もう後戻りはできない。


 だが、渡さなくても、あの子は森へ行くだろう。

 自ら、危険な場所へ。


 止められないなら、持たせるしかない。


 ……そう、自分に言い聞かせた。


 握りの部分を、何度も掌で撫でて確かめた。


 豆ができにくいように。

 棘が刺さらないように。


 人の殺しかたを教える道具を作るのに、そんなことを気にしていた。



 翌朝、朝食の準備をしていると、セラが起きてきた。


「起きたか」

「お、は……よう。あ、これ……」


 机の上の木剣に気づいたようだ。


 俺は、朝食を運びながら答えた。


「これからは、それで訓練する。上手く使いこなせるようになるまでは、本物は触ら――」

「わああ。ありがとう! レイ!」


 さっきまで、眠そうだったのに。

 木剣を見た途端、これだ。


「まずは、飯だ。たくさん食べることも訓練の一つだ。食える時に食え」

「あ、教訓その一だね」

「馬鹿。いいから座れ」

「はーい」


 机の上の木剣を取り上げた。

 放っといたら、これを持って家を飛び出しそうな目をしていたからだ。


 二人で朝食を食べた。


 いつもなら、どこに行くだとか、なにをするだとか、そう言ったことを楽しそうに話している。


 今日は違う。

 黙って飯をかき込んでいる。


「ごちそうさまー。ねえ、食べたよ。はやく稽古しようよ」

「お前なあ。まだ俺が食い終わってない。先に洗い物を済ませておいてくれ」

「わかった! 急いで食べてね!」


 まったく。

 なにがそんなに楽しみなんだか。



 朝食を済ませ、家の前に出た。


「ほら、持ってみろ」


 削り上がった木剣を渡した。


「お、おも……」

「当たり前だ。お前はまだ十歳。本来なら、剣を扱える歳じゃない。まだ、早いんだ」


 口から出てくる言葉は、セラに剣を諦めさせようとする言葉だった。

 この期に及んで、まだ決心出来ていなかった証拠だ。


 そんな俺を尻目に、セラは重い木剣を両手で握って、ぶんぶんと振り回す。


 俺なんかより、この子のほうが、よっぽど芯が強い。


「こら。まず、持ち方からだ」

「は、はい!」


 返事だけはいい。


 俺は、セラの後ろに回って手を添えた。


 右手はここ。

 左手は、少し離して。


 小さな手だった。

 俺の手のなかに、すっぽり収まってしまう。


「最初から、そんなに力まなくていい。剣が当たる瞬間だけ。その瞬間だけに力を込める。たまごを握るように握ってみろ」

「たまご……こう?」

「そうだ。今はぎこちないが、力がついてくれば自然になる」


 足の幅。

 腰の落とし方。

 脇を締めて、肘を張るな。

 顎を引け。


 教練所で、嫌というほど叩き込まれたことだ。


 新兵の頃、来る日も来る日も同じことをやらされた。


 同じように教えられてきた者たちは、今も生きているのだろうか。



 最初は、木剣が重いと言った。


 振るたびに、切っ先が下がる。

 十を数える前に、腕が上がらなくなる。


 だが、セラは、やめようとしなかった。


 俺が構えを直すたびに、何度でも構え直す。


 手のひらに、豆ができて潰れて、また豆ができた。


 それでも、朝になれば、木剣を持って家の前に立っている。


 その真剣さが、俺は少し怖かった。

 遊びで剣を握る子供の目じゃなかった。



 それからしばらくしたある日、俺は手本を見せた。


 構えて、一歩踏み込み、まっすぐ振り下ろす。


 空気が鳴った。


「うわ、すごい……」

「同じようにやってみろ」


 セラが真似をする。


 踏み込みが浅い。

 剣先が流れる。


「踏み込みが足りない。踏み出した足に、体重を乗せろ」

「むずかしい……」

「見てろ」


 もう一度やってみせる。


 三度、四度。

 セラはそのたびに、少しずつ形を変えていく。


 五度目。


 踏み込みと振りが、初めてひとつになった。


「悪くなかったな。今の感覚を覚えておけ」

「……っ、やった」


 セラは、汗だくの顔で笑った。


 俺は、その笑顔から目を逸らした。


 俺が今、この子に何を教えて笑わせているのか。


 考えると、胃の底が重くなる。



 アンナも変わった。


 あの日から、狩りに出るよりも、訓練をする時間を増やした。


 あの魔物に撃った矢が浅かったこと。

 仕留めきれなかったこと。


 あれが、この子にも刺さっていたのだろう。


 セラが木剣を振る横で、アンナは的に矢を射る。


 剣と、弓。

 二人の放つ音が、辺境の村に、代わる代わる響いた。



 マルタは、いい顔をしなかった。


「女の子が二人して、物騒だねえ」


 そう言いながら、稽古のあとにはいつも飯を持って来てくれる。


 豆の潰れたセラの手を見ては、黙って布を巻いてやっていた。


 ヨハンは笑っていた。


「こんな田舎じゃ、剣が振れて困ることはないのお。なあ、レイヴァン」

「……ええ」


 困ることはない、か。


 この老人は、剣が本当のところ、何をするものかを知らない。


 知らないままでいてくれたほうがいい。



 ある朝、セラが聞いてきた。


「レイは誰から剣を習ったの?」


 手が、止まりかけた。


「……昔、いた場所でだ」

「兵隊さん?」

「そんなところだ」

「へえ。かっこいいね」


 かっこよくなんかない。


 俺がこの剣で、罪のない人間を何人斬ってきたと思っている。


 その中に、この子の生まれた国の人間が、何人いたと思っている。


 俺はこの子に、故郷を滅ぼした国の剣を教えている。


 だが言わない。

 言えるはずがない。



 稽古を始めてから、一年が過ぎた。


 木剣が重い、とは言わなくなった。


 切っ先も、下がることが少なくなってきた。

 振りの形が様になってきた頃。


 俺は、教えないわけにはいかなくなった。

 実戦での、剣の使いかたを。


「魔物と向き合ったら、闇雲に振るな」

「うん」

「硬いところを斬ろうとしても、刃は通らない。狙うのは、決まった場所だ」


 俺は、自分の喉に指を当てた。


「ここ。それから、目。関節の隙間。腹の、柔らかいところ。生物である以上、必ず弱点がある」

「……そこを狙えば、倒せるの?」

「ああ。倒せる」


 倒せる。


 人間も、同じだ。

 喉を突けば、獣も人も同じように死ぬ。


 俺は今、子供に命の断ち方を教えている。


 セラはそれを真剣に、頷きながら聞いている。


 この子が生き延びるためだ。

 そう思わなければ、続けられなかった。



 それから、毎朝の素振りは二人のものになった。


 前は、玄関先から俺を見ているだけだった。


 今は隣に並んで、同じように木剣を振っている。


 背の高さはまるで違う。

 だが振りの形は、少しずつ俺のものに似てきた。



 この子は覚えが早い。

 教えたことを、次の朝にはもう身につけている。


 嬉しいような、恐ろしいような。


 俺が教えたものが、この子の中に積もっていく。

 いつか、その積もったもので、この子は誰かを斬るのだろう。


 朝が来れば、俺は木剣を握る。

 この子の隣で。


 振り下ろすたびに、乾いた音が二つ重なって、森のほうへ抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。