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業の福音 〜征服こそ正義だと信じていた男は、その手を汚し続けた〜  作者: 星喰ゆう
第四章 冬の村

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第四十話 尖らせた木

 初雪から、三日。


 あの日以来、まだ雪は降っていない。

 雪が積もれば、作業が出来なくなる。

 そうなれば、この村は――


 急がないと。


 俺は、森の際で藪を刈り続けていた。


 刈った跡に、杭を打つ。

 森から切り出した木を、片端を斜めに削って尖らせたもの。

 森の方へ向けて、斜めに埋める。


 突っ込んでくるものが、自分の勢いで刺さるように。


 剣で斬れない相手でも、これなら何とかなるかもしれない。


 こういうものに、何度も足を止められてきた。

 今度は、俺が組む側だ。


 凍りかけた土は硬く、杭を一本埋めるのに汗をかいた。


 村の連中は、遠くから見ていた。


 誰も手伝わない。


 流れ者の物好きが、一人でなにかやっている。

 その程度に、見えているんだろう。


 別に構わない。

 俺の杞憂かもしれないからな。



「レイヴァンさん」


 声をかけてきたのは、ニールだった。


 この村では若いほうだ。

 俺と同じで何年か前に流れてきて、そのまま居ついたと聞いている。

 ハンスの罠を引き継いだのもこいつだ。


「手伝いますよ。一人じゃ日が暮れちまうでしょ」

「いい。自分の仕事があるだろう?」

「罠は朝に見てきました。今日はもう、暇なんですよ」


 止める間もなく、ニールは杭を一本担いで隣に穴を掘り始めた。


 掘り方は素人だった。

 浅くて、角度も甘い。

 これじゃあ、すぐに倒される。


「それじゃあ駄目だ。もっと深く、角度をつけろ。見てろ」


 ニールに手本を見せてやった。


「うわ、全然違う。なんでそんなに慣れてるんです?」

「……昔、似たようなことをな」

「レイヴァン。もしかして、軍隊にいました?」


 手が止まりかけた。


「……まさか。ただの木こりだ」

「またまた。ただの木こりが、こんなこと出来ませんって」


 ニールは、笑った。


 悪気はない。

 ただ、屈託がないだけだ。


「軍隊って、どんなんでしたか? おれ実は兵士に憧れてて。でも、この辺って、軍人の募集がなくて。思い切って街に――」


 ニールは、穴を掘りながら話し続けた。


 兵士はかっこいいだの、給料はいいだの、戦場で活躍をしていずれは将軍に。

 なんて言い出してる。


 ニールを見ていると、テオのことを思い出した。


 あいつも最初は、戦場で手柄を立てると息巻いていた。

 でも、テオは。



「って感じで兵士になれなくて、今はこの――」

「ニール」

「はい?」

「俺はただの木こりだ。黙って手を動かせ。日が暮れるぞ」

「はい! わかりました!」



 昼を過ぎた頃、二人の年寄りが様子を見に来た。


「ニールや。お前までなにやっとるんじゃ」

「なにって、柵ですよ、柵。魔物が来ても村が守れるように」


 年寄りの顔から、笑いが消えた。


「……やめとけ。そんなもん作ったところで」

「なんでですか?」


 ニールは、本当に分かっていない顔をした。


 年寄りは答えなかった。


 答える代わりに、森のほうをちらりと見た。

 見て、すぐに目を逸らした。


 この村の連中はいつもそうだ。

 森の話になると、口をつぐむ。


 済んだこと、として。


 だが、済んでなどいないのだと、その目を見て思った。


 忘れているんじゃない。

 忘れたことにしているだけだ。



 その日の夕方、俺はヨハンの家を訪ねた。


 もう一度、話をするために。


「柵は、森側だけにします」


 俺は、そう切り出した。


「村をぐるりと囲う時間はありません。そろそろ雪が積もり始めるかも。魔物が来るなら森からのはず。そこを重点的に固めます。ニールが手伝ってくれてはいますが、それでも間に合うかどうか」

「……」

「堀も掘りたかったんですけど、やめました。雪が積もったら意味がなくなります。それに、時間がありませんから」


 ヨハンは、囲炉裏の火を見ていた。


 しばらく何も言わなかった。

 それから、低い声で言った。


「……レイヴァン、なんでそこまでする?」

「この村に、世話になってるんで」

「嘘をつけ」


 火が爆ぜた。


「世話になったからって、命を張る奴なんぞ、よっぽどのお人よしだ。あんた、なにかから逃げとるんじゃろう?」


 俺は答えなかった。


 図星だったからじゃない。

 図星すぎたからだ。


「まあいい。詮索はせん」


 ヨハンは茶をすすった。


「四年前じゃ」


 唐突に、そう言った。


「四年前の冬に、あれが来た。角の生えた、狼みたいなやつじゃ。一匹一匹は大したことない。実際に、わしらだけでも、何匹かは倒せた。問題は数じゃ」


 俺は、黙って聞いていた。


「群れで雪崩れ込んできた。村の若いのが、みんなで前に出た。わしら年寄りを守るつもりでな。……そうやって、みんな死んだ」


 ヨハンの声は、乾いていた。


 泣いてもいない。

 怒ってもいない。


 ただ、事実を並べているだけの声だった。


「わしらは、家に隠れて震えとった。若いのが、外で食われる音を聞きながらな」


 だから、この村は老人ばかりなのだ。

 守ろうとした者から、死んだ。


「あの時、あんたの言う通りにしとけば、何人か助かったかもしれん。……今さら、じゃがな」


 止められはしなかった、あの時と同じように。

 だが、今度はそれだけではなかった。


「レイヴァンや。……この家を使え」


 ヨハンが、顔を上げた。


「村で一番大きい。二階もある。いざとなったら、みんなをここに避難すればよい。戦えん者は、最初からここに置いておけばよいしな」


 その目に、四年前の出来事がまだ残っている気がした。


「もう、あの音を、聞きたくないんじゃ」

「ヨハンさん……」

「村の者は、わしが説得する。任せておけ」



 ヨハンの説得のおかげか、次の日から、村が少しずつ動いた。


 若い連中が、何人か出てきた。


 全員が老人ばかりではない、わずかな若手がいる。


 俺やニールと同じ、よそから流れてきた者たちがほとんどだ。


 年寄りたちは、丸太こそ担げないが、木を削って槍や弓を作る仕事を引き受けた。

 女たちは、飯を運び、矢を作った。


 誰もはしゃいではいない。


 年寄り達は、どこか怯えた顔をしている。


 四年前を知っているからだ。


 若い連中だけが、それを知らずに手を動かしていた。 



 セラは、ニールの子供と遊んでいた。


 セラより五つか、六つくらい年上。

 少し前までは俺から離れなかったが、友達が出来て、よく外で遊ぶようになった。


 俺が杭を打っているあいだ、ニールの子供がセラの相手をしてくれる。

 今日は、鬼ごっこをしているようだ。


「レイヴァンさんの子供じゃ、ないんですよね」


 ある時、ニールがぽつりと聞いてきた。


「……なんでそう思う?」

「なんとなく。似てないし。でも、大事にしてるのはわかりますよ」


 俺は、何も言わなかった。


「こんなおれですけど、一応父親なんで。レイヴァンさんの気持ちはわかりますよ」


 ニールは、それ以上言わなかった。


 こいつにも、なにかから逃げてきた理由があるんだろう。

 この村は、そういう者ばかりが流れ着く場所だ。


 セラが、ニールの子供を捕まえた。


 俺は、その光景を見ていた。


 若いのから、先に死ぬ。

 頭の中で、その言葉が響いた。


 俺は次の杭を、土に打ち込んだ。

 いつもより深く、強く。

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