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業の福音 〜征服こそ正義だと信じていた男は、その手を汚し続けた〜  作者: 星喰ゆう
第二章 エルダイン攻略戦

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第二十四話 灯りを消せ

 その日は、朝から伝令の数が多かった。


 第二軍団の陣とこちらの陣を、何度も往復していた。何かが動いている。それは、末端の俺にも分かった。何が動いているかは、分からなかった。いつもどおりだ。


 昼を過ぎて、ヴォルフに呼ばれた。


 各小隊長が、また集められた。数えるほどしか残っていない。


「今夜だ」


 中隊長は、それだけ言った。


「日が落ちたら、門が開く。我々、第七軍団が先に突入する。可能な限り奥へ浸透して、混乱をもたらせ。可能なら、王宮まで進め」

「なぜ、今夜門が開くのですか?」

「知る必要はない」


 誰かが聞いて、そう返された。

 誰も、二度は聞かなかった。なぜ門が開くのか。誰が開けるのか。俺達は教えられない側だ。もう、慣れていた。


「その後、第二軍団の本隊が突入してくる。お前達が作った穴に、あいつらが入る。それでこの戦は終わりだ」


 俺達が穴を開けて、綺麗な連中が仕上げる。

 どこの戦場でも、同じだった。


 ようやく終わりが見えた。

 長かった。

 多くを失った。

 部下、友——


 数えだしたら、きりがない。


 失ったものの代わりに、俺達は何を得るのだろう。

 この戦が終わらないと、それは分からない。終わっても、分かる保証はどこにもない。



 陣に戻って、五人を集めた。


 名簿を開いた。


 残っている名前は五つ。ブルーノ。ヨナス。メルク。リーゼ。それと、俺。

 三行目には、線が引いてある。昨日、俺が引いた線だ。太さも、傾きも、他の線と変わらない。


 その名簿を見ないようにして、命令を伝えた。


「今夜、門が開く。俺達が先に入る。奥まで進んで、引っ掻き回す。可能なら、王宮まで行く」


 ブルーノが、鼻から息を吐いた。ヨナスとメルクは、黙っていた。中隊長と一緒に来た、援軍の新兵達とは違う。この五日を、こいつらは知っている。


 リーゼが、口を開いた。


「小隊長殿」

「なんだ」

「王都の中には……普通に暮らしている人が、いるんですよね」

「ああ」

「兵じゃない人が。子供も、年寄りも」

「いる」


 リーゼは、自分が言いたいことを上手く言えない様子だった。


 言いたいことは分かった。教練所を出たばかりの頃の、あの目に戻っていた。人を殺すということを、まだ、意味のあるものだと思いたがっている目だ。


「よく聞け。全員だ」


 俺は、五人に言った。


「武器を持って向かってくる奴は、斬れ。迷うな。迷えば、自分や仲間が死ぬ」


 全員が、黙って聞いていた。


「だが、武器を持ってない連中は、相手にするな。逃げる奴、隠れる奴、手を上げてる奴。放っておけ。構うな」


 リーゼの顔が、少しだけ緩んだ。


 良い上官の言葉だと、思ったんだろう。部下に、武器を持たない人間を殺させない。そう受け取ったのが、顔に出ていた。


 俺も、そのつもりで言った。半分は。

 もう半分は、ただの線引きだ。斬っていい者と、斬らなくていい者。その境目を、俺は今、五人に配った。


 その境目を、俺自身が、この夜のうちに使うことになる。


 エイダンの話は、誰もしなかった。


 リーゼもブルーノも、しなかった。昨日の夜、三人であいつを埋めた。あいつを弔った手で、俺達は、今日も人を殺しに行く。



 日が傾き始めた。


 突入の準備が始まった。


 二百人の増援が、前のほうに集められていた。ヴォルフが連れてきた連中だ。まだ、痩せていない。鎧に、へこみが少ない。矢の傷も、油の焦げもない。体力が、余っている。


 先鋒の、そのまた先頭は、こいつらだった。走れる連中が、先に行く。


 俺達は、その後ろだった。


 五人で、隅のほうにいた。ブルーノの膝は、しゃがむと音が鳴る。ヨナスの足は、まだ引きずっている。リーゼの手は、豆が潰れて皮がむけている。俺の腕の傷は、まだ膿んでいる。


 同じ旗の下にいて、前の二百人とは、別の生き物だった。


 後方を振り返ると、第二軍団がいた。


 松明を焚いて、整然と並んでいた。武具が、火に光っていた。誰も、地面に座り込んでいない。誰も、傷を庇っていない。あいつらは、俺達が穴を開けるのを、後ろで待っている。綺麗なまま。


 知らない奴が見たら、同じ帝国の兵士とは思わないだろう。



 日が、完全に落ちた。


 新月だった。


 この暗闇に紛れて、突入する。おそらく計算されていたんだろう。


 号令が、回ってきた。灯りを消せ、と。


 松明が、一つずつ消えていった。


 俺達は、灯りを持たずに、前へ出た。ゆっくりだ。足音を殺して、身を低くして。王都の壁へ向かって、闇の中を這うように進む。


 物音を立てた奴が、前のほうで小突かれていた。


 王都は、明るかった。


 こっちが暗いぶん、壁の向こうの松明が、よく見えた。城壁の上にも、その奥にも、灯りが点いている。


 あの明かりの下で、まだ、誰かが暮らしている。飯を食って、子を寝かしつけている。俺の母や、妹と、同じような連中が。


 俺達は、その明かりの中へ、これから入っていく。


 伏せて、待った。


 どれくらい待ったかは、分からない。息の音だけが、周りでしていた。



 ――開いた。


 最初は、音だった。重いものが軋む、低い音。


 それから、光だ。閉じていた門の隙間から、内側の松明の光が、細く漏れた。その光が、だんだん広がっていく。


 誰が開けたのかは、見えなかった。門の内側は、明るすぎて、人影が影にしか見えない。開けた者がどこの誰かを、俺は知らない。知ることは多分ない。


 闇の中で、隣の誰かが、剣の柄を握り直した。


 その音が、あちこちでした。第七軍団全員が、一斉に息を詰めた気配がした。


 後ろで、ヴォルフの声がした。

 いつもの、感情の乗らない声だった。だが、この時だけは、遠くまで届いた。


「突撃!」

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