第十七話 二台の塔
テオの遺体を焼いた翌朝、後方から、でかいものが二つ運ばれてきた。
「小隊長殿、あれはなんでしょう?」
「そうか、見るのは初めてか、リーゼ」
「はい。大きいです。わたし達が使っていた櫓の何倍もあります」
「ああ、あれが攻城塔だ」
木を組んだ、家みたいな幅の櫓に、車輪をつけたもの。中に人を入れて、壁際まで押していく。壁の上まで、橋を渡す。梯子と違って、途中で叩き落とされることがない。
第二軍団が、作らせたらしい。俺達が毎日、梯子を担いで死んでいる間に、後ろで、こういうものを組んでいた。
「ちっ。あんなもんがあるなら、最初から出せってんだ」
「まあまあ、ゲルント伍長。落ち着いてください」
「おいダルク。あいつらに言ってこい。てめえらが呑気に組み立ててるせいで、余計に人が死んでるんだってな」
「いやいや、言える訳ないでしょ。二台もあるんだから、ここは穏便に」
二台。それが多いのか少ないのか、俺には分からなかった。
この頃には、第七軍団は、三千が千五百まで減っていた。
半分だ。あの壁の下で、半分が死んだ。
第二軍団の、護衛部隊の隊長が、俺達のほうへ歩いてきた。俺と同じくらいか、少し年上に見える。だが、傷がない。後ろで指図してきた人間の顔だ。
「おい、そこのお前。小隊長だな」
「はい。なんでしょう」
「攻城塔二台で攻める。これで、あの壁の上に足がかりを作れとの指示だ」
あれを使って、また大勢を犠牲にしろという指示だった。
しかし、俺達は当初の半分まで減っている。いくらなんでも無茶だ。まあ、こいつらにとっては、関係ないんだろうが。
「心配するな。我々が責任をもって運んでやる。お前達は、全力をもって敵を殺すことだけ考えればいい」
塔の運搬と護衛に、第二軍団から千。塔の中に入って、壁を登るのは、俺達、征服地の千五百。
いつもの割り振りだった。上等な駒が、安全地帯。下等な駒が、壁の上で死ぬ。なにも変わらない。
「お前。それと、お前。各塔の指揮を執れ」
指を差されたのは、俺と、エイダンだった。
たまたま、近くにいた。それだけの理由だ。名前も、聞かれなかった。
「……拝命します」
俺は言った。小隊長だ。断る理由がない。
だが、エイダンは、動かなかった。
「自分は、できません」
「なに?」
「自分は、小隊長ではありません。一兵卒です。人の上に立って、指揮を執る立場にない」
「出来るか出来ないかを聞いた覚えはない。これは命令だ」
「役目に合わない命令は、人を死なせるだけです」
「……貴様」
隊長の顔が、変わった。
まずい、と思った。この手の人間に、理屈で返すのが、いちばんまずい。征服地の兵が、口答えをした。それだけで、後で何をされるか分からない。
割って入ったのは、ゲルントだった。
「隊長殿。恐れながら」
「なんだ」
「あちらに、フェルドという小隊長がおります。塔の指揮なら、あれが適任かと。この者は、口は達者ですが、気の利かない男でして」
ゲルントは、へらへら笑いながら、そう言った。当たり障りのない笑い方だ。
隊長は、鼻を鳴らして、フェルドとやらのほうへ歩いていった。エイダンのことは、それきり忘れたようだった。
助かった。エイダンは、小さく頭を下げて、自分の持ち場へ戻っていった。
エイダンが行ってから、ゲルントに聞いた。
「気の利かない男、はないだろう」
「ああ言っときゃ、角が立ちません」
「……なあ、ゲルント」
「はい?」
「あいつ、なんで断ったんだ。指揮くらい、やれるだろう。あいつなら、俺よりうまい」
ゲルントは、少し黙った。それから、消えた炭を足でならしながら、言った。
「昔ね、あいつにも、昇進の話があったんですよ」
「……エイダンに?」
「ええ。何年か前です。あんたが来る、ずっと前に」
「なんでだ」
「さあ。責任を負いたくない、と言ったらしいですよ。表向きは」
「表向きは?」
ゲルントは、俺を見た。
「命令する側に、なりたくなかったんじゃないですかね。誰かに『死んで来い』と言う側に。……おれの、勝手な見立てですけどね」
俺は、何も言えなかった。
ガキの頃からあいつの隣にいた。同じ村で育って、同じ日に名前を書いて、同じ教練所に入った。
なのに、あいつが何を思って指揮を断ったのか、俺は、今、初めて聞いた。ゲルントの口から。
あいつは、俺より先に、何かに気づいていた。
気づいていて、命令する側に回らなかった。俺は、気づかないまま、命令する側になった。
昼過ぎ、塔が動き出した。
中は、暗くて、狭かった。汗と、湿った木の匂いがした。何人もの兵士が、身を寄せ合って、外から押されるままに、揺られていく。
壁が近づくと、外の音が変わった。矢が、板を叩く。梯子と違って、塔の中では、まだ、誰も死んでいない。
その分だけ、みんな、生きて壁の上に立つ。生きて立って、そこから、殺し合いが始まる。
「橋、下ろすぞ! 構えろ!」
塔の上で、誰かが叫んだ。
壁の上と、塔の上が、同じ高さになった。渡し板が、音を立てて、壁の上へ倒れる。
その向こうに、エルダインの兵が、並んでいた。
渡った。
壁の上は、思っていたより狭かった。人が五人、横に並べるかどうか。その細い足場で、押し合いになった。
エルダインの兵は、退かなかった。
一人斬っても、その後ろから、次が出てくる。腕を斬られても、剣を持ち替えて、突いてくる。腹を裂かれた男が、倒れる前に、こっちの足に掴みかかる。
こいつらは、死ぬのを、怖がっていなかった。ここを抜かれたら、その先に、家がある。母がいる。子がいる。だから、退かない。
俺が、故郷を守るつもりで、軍に入ったのと、同じだ。ただ、あいつらのほうが、守るものが、すぐ近くにあった。
「押し返せ! 足場を広げろ!」
俺は怒鳴った。だが、声は、すぐに飲まれた。
千五百で登って、壁の上に立てたのは、そのうちのどれだけか。立った端から、突き落とされる。狭い足場に、敵味方の死体が積もって、今度はそれに足を取られる。
数で押しているはずが、押し返されていた。この壁の一枚を、あいつらは、命の全部で守っていた。
ダルクは、俺の少し先で、戦っていた。
古株らしく、無理をしなかった。深追いをせず、足場を確かめ、若いのを一人、背中に庇いながら、じり、じりと押していた。
「いまだ! 押し込め!」
この混乱状態の中で、よくやってくれている。俺の声は全体には届かない。経験が多いダルクみたいな兵は頼りになる。
「よし! ここを起点に――」
ダルクの声が、途中で、止まった。
振り向いた時には、もう、崩れていた。
仰向けに。首の後ろに、矢が一本。壁の内側から、弓兵が射たんだろう。斬り合う俺達を、下から、狙っていた。
声も、上げていなかった。
ヤコブと同じだった。
名前が違うだけで、また、同じことが起きた。
俺は、その場では、何も思わなかった。思う暇が、なかった。
「ダルク――!」
叫んだのは、俺じゃない。
ゲルントだった。
あの、二十年、何を見ても軽口で流してきた男が、剣を握り直して、前へ出た。
庇うのでも、下げるのでもない。まっすぐ、エルダインの兵の、いちばん厚いところへ。
「ゲルント、よせ!」
俺は、咄嗟に手を伸ばした。




