第十五話 あいつらのようには
同じ朝が、何度も来た。
夜明け前に起こされ、壁の下まで進む。詠唱が始まり、魔法が結界に弾かれる。号令。走る。矢と、油と、梯子。撤退の角笛。死体を数える。それを、何日も繰り返した。
日が、区別できなくなった。今日が攻めて何日目か、誰も言えなかった。ただ、朝が来るたびに、隊の数が減っていく。それだけが、日を数える目盛りだった。
城の下で死んだ兵士は、運び出せない。近づけば、矢の雨が降ってくるからだ。でも、そのままにもしておけない。次の日の攻城戦の時に、邪魔になるから。
インカント隊が魔法で死体を焼き払う。敵ではなく、味方の死体を。
その光景を見るたびに、吐きそうになった。実際、吐いている兵士もいる。
明日は、自分かもしれない。
エルダインに入ってから、そんな事ばかり考えていた。でも、今はあまり考えなくなった。
考えても仕方がないから。
最初の日、俺は吐きそうになった。人が油で焼ける声に。梯子から落ちる音に。
何日か経つと、それが、なくなった。
焼ける声を聞いても、手が止まらなくなった。落ちてくる味方を避けて、次の梯子を支える。飯も、食えるようになった。壁の下で人が死んでいる間に、乾いた麦を齧って、水を飲めるようになった。
慣れた、ということだ。
慣れるな、とリーゼに言ったのは、俺だった。忘れたら、次はもっと簡単に殺せる、と。その俺が、いちばん早く、慣れていた。
この戦争を生き残った俺は、一体どんな顔になっているんだろうか。
今日も俺は、部下を壁に上がらせる側だ。
「行け」と言う。若いのが、梯子に取りつく。上で突かれて、落ちる。「次」と言う。また一人、取りつく。
「行け」と「次」。俺の仕事は、その二つになっていた。
昔は、二十四人を、一人ずつ数えて覚えた。減らさずに返せ、と言われて。今は、一人ずつ、順番に、壁へ送っている。数えながら、減らしている。
自分の声が、ヴォルフに似てきた気がした。感情の乗らない、あの声に。
その日、一人が、動かなくなった。
梯子の前で、座り込んだ。まだ若い。別の小隊の子だ。顔を見たことある。
「どうした! 早く登れ!」
そいつは、首を振った。
「無理です。出来ません」
そいつが顔を上げると、目に涙が溜まっていた。行けば死ぬと、分かっている顔だった。分からない方が異常者だ。もしかしたら、ここでまともな判断をしているのは、この子だけかもしれない。
周りの兵が、俺を見た。小隊長が、どうするか。命令に背いた兵を、どうするか。
規則なら、決まっている。敵前で逃げた兵は、その場で斬っていい。見せしめに。俺には、その権利があった。
でも。
「負傷者だ! 通してくれ」
俺は、そいつの襟を掴んで、梯子から離れた後ろの列へ引きずった。
「しっかり盾を構えてろ」
誰にも聞こえない声で、そう言った。
規則違反だ。庇えば、俺の責任になる。だが、斬る気には、なれなかった。
俺は、後ろで見ているあいつらとは、違う。そう思いたかったし、そう思われたかったのかもしれない。
その兵は、部隊の後ろで盾を構えて震えていた。
助けたわけじゃない。今日死ぬのを、明日に延ばしただけだ。明日も、明後日も、壁はそこにある。いつか、あいつも登る。登って、落ちる。俺は、それを、一日遅らせただけだった。
それでも、一日は、一日だ。そう思わなきゃ、やっていられなかった。
第三小隊の連中も、それぞれ、擦り減っていった。
リーゼは、まだ生きていた。あの子も、慣れていた。死体を運び、血を拭い、手を止めない。初めて人を殺した晩に震えていた子は、もう、どこにもいない。慣れろ、生き延びろと教えたのは、俺だ。俺が、そうさせた。
時々、あの子が遠くを見ているのに気づく。何を見ているのか、聞かなかった。聞けば、俺が答えなきゃならなくなる。その答えを、俺は持っていない。
テオは、口数が減った。
手柄の話も、家族の話も、しなくなった。命じられたことを、命じられたとおりにやる。それだけになった。物おじしない、まっすぐな子だった。そのまっすぐさがどこへ行ったのか、俺には分かる。俺も、同じ道を通ったからだ。
ゲルントの腕は、まだ治りきっていない。それでも、こいつは軽口をやめなかった。
「小隊長殿。この壁、おれの娘が嫁に行くまでに落ちますかね」
「……さあな」
「落ちなかったら、化けて出ますよ」
笑おうとして、笑えなかった。
ゲルントの軽口だけが、この隊に、まだ人が生きている証だった。
夜、エイダンが来た。
「レイ。王都は、いつ落ちると思う?」
「……分からん」
「落とす気がないとしか思えない。じゃなきゃ、こんなに無駄に兵を消耗させるような戦い方はしないはずだ」
「じゃあ、なんのために、俺達は……」
「さあな。この前の城攻めの失敗の罰を与えてるつもりなのか。それとも、相手を消耗させるために、兵を捨てているのか。どちらにしても、第二軍団は力を残している。インカント隊を除いてな」
「あいつらはどうなったんだ? 第七軍団にいた連中は、魔素酔いってやつになって、すぐ倒れていたが……」
「そこは天下の第二軍団様だ。インカント隊の質が違う。人数も、余力も。それでも、これだけ毎日魔法を連発させてたから、そろそろ限界のはずだ」
「そうか。俺達以外にも、命を削ってる奴らがいるんだな」
「そうだな」
エイダンは、壁を見ていた。少し黙ってから、言った。
「こういう戦の終わり方を、俺は一度だけ見たことある。中から、誰かが開けるんだ。金か、恨みか、命乞いか。理由はなんでもいい。城ってのは、外からじゃなく、中から落ちることもあるんだ」
あいつは、それきり、火のほうへ戻っていった。
俺は、壁を見た。
中から、誰かが開ける。
だが、その誰かが来るまで、俺達は毎朝、壁の下に並ぶ。並んで、減る。壁が開く日まで、何人残っているだろう。
その晩も、数を数えた。
第三小隊は、数えるのに、両手で足りるようになっていた。




