第六十六話「揺らぐ観測」
その“ズレ”は、最初は誤差だった。
誰もがそう判断できる程度の、小さな揺らぎ。
だがそれは、静かに積み重なっていた。
一点ではなく、面として。
局所ではなく、領域として。
ヴェリオスは静かに観測記録を見下ろしていた。
そこに並ぶのは、わずかに揺れ続ける異常値の列。
本来なら独立しているはずの複数地点のズレ。
「……また増えているか」
低く、誰に向けるでもなく呟く。
ダンジョン。
境界跡。
そして観測が途切れがちな領域。
それぞれは別々の要因で発生しているはずだった。
だが記録上の結果は、奇妙なほど似た形を取っている。
まるで、どこかで同じ“補正”がかけられているかのように。
ヴェリオスは指先を空中に走らせる。
観測層に残る痕跡をなぞるように、情報を引き出していく。
そこにあるのは明確な乱れではない。
むしろ逆だった。
わずかに整えられたような“偏り”。
「意図的なものか……」
断定ではなく、仮定に近い言葉。
だがその仮定に至るまでに時間はかからなかった。
(誰が、という問題ではない)
(どうやって、という段階でもない)
ヴェリオスの視線がわずかに細くなる。
「なぜ、今になって揃い始める」
静寂。
返答はない。
だが観測層の奥で、一瞬だけ別の揺らぎが生じた。
規則でも乱れでもない、外部からの干渉に近い反応。
ヴェリオスは手を止める。
(人間領域か)
(それとも、別の層か)
どちらでも説明は可能だが、どちらも確証にはならない。
その曖昧さが、逆に不自然だった。
観測は続いている。
しかしそれは、すでに“静的な世界”ではなかった。
「動き始めているのは確かだな」
今度は、より静かな確信を含んだ声だった。
だがその“動き”の正体を、まだ誰も正確には掴めていない。




