閑話「小休止」(校閲前)
レイの店は、いつも通りの空気を保っていた。
騒がしすぎず、静かすぎない。
人の出入りがあるだけの、拠点としての空間。
航は入口近くの席に腰を下ろし、軽く息を吐いた。
「……とりあえず、落ち着いたな」
その言葉に、セイリスは小さく頷く。
「そうね。今は少し落ち着いていると思うわ」
境界跡での観測。
ダンジョン内部での異常。
それらはまだ頭の中に残っている。
だが今は一旦、それを横に置く時間だった。
航が水を一口飲み、視線を上げる。
「そういえばさ、ちゃんと名乗ってなかったな」
軽い調子だった。
セイリスは少しだけ間を置く。
「必要な場面がなかっただけ、かもしれないわね」
航は苦笑する。
「まあ、そういう状況だったしな」
短い沈黙のあと、航が先に言う。
「俺は航。レイの店を拠点にしてる冒険者だ」
セイリスは静かに視線を向ける。
「セイリス。境界異常の調査をしているわ」
それだけで十分だった。
互いに、それ以上を掘り下げる必要はない。
だが“共有された前提”だけは確かに残る。
レイの店という拠点。
境界異常という領域。
そして同じ現象を見ているという事実。
航は椅子にもたれながら天井を見上げる。
「結局さ、これって偶然じゃないよな」
セイリスはすぐには答えない。
少し視線を落としてから、静かに言う。
「……偶然で片付けるには、少し揃いすぎていると思うわ」
航は小さく息を吐く。
「面倒なもんに巻き込まれてる気がするな」
セイリスは少しだけ表情を緩める。
「そうかもしれないわね。でも、まだ分からないことも多いから」
航はちらりと彼女を見る。
「楽観的だな」
セイリスは小さく首を横に振る。
「楽観というより……判断材料が足りていないだけよ」
再び、短い沈黙。
だがそれはもう緊張ではなく、整理のための間だった。
航はふと、無意識に腰の脇差へ手を置いた。
特に何か起きたわけではない。
だが最近、どこか噛み合わない感覚が残っている。
(……少し、ズレてる気がする)
抜刀するわけでもない。
ただ、握ったときの感覚が以前と違う。
軽いはずなのに、一瞬だけ動きが遅れるような感覚。
「……気のせいか」
そう呟いて、航は手を離した。
航は立ち上がる前に一言だけ付け足す。
「まあ、とりあえずは生き残ればいいか」
セイリスはわずかに目を細める。
「ええ。それが一番現実的ね」
会話はそこで終わる。
だが関係は、ようやく同じ現象を共有する立場として落ち着いた。




