第六十七話「選ばれない形」
レイの店の片隅は、いつもと変わらない静けさがあった。
人の気配はあるのに、妙に落ち着く空間。
その中で航は、無意識に手元の脇差を触っていた。
「……まだ、足りないな」
誰に向けるでもない独り言。
ここ最近、戦闘のたびに感じる違和感がある。
遅れるほどではない。
だが、“一瞬だけ噛み合わない”。
軽いはずの動きが、わずかに重い。
重いはずの判断が、妙に早く出る。
そのズレが積み重なっていた。
(武器のせいじゃない)
そう思いたい自分と、
(いや、武器かもしれない)
と考える自分がいる。
航は脇差を軽く抜き、すぐに戻す。
刃そのものに問題はない。
だが、手の中の“収まり”が以前と違う。
「……前に、見たな」
ふと、記憶が浮かぶ。
レイの店に流れてきた“異質な武器”。
完成していない剣。
いや、剣というには形が安定していなかった。
伸びる構造。
繋がり続ける刃。
一瞬だけ見せられたそれは、明らかに今の常識から外れていた。
(あれは……まだ扱える段階じゃなかった)
(いや、違う)
“今の俺にはまだ早い”
そう判断して、そのまま流したはずの記憶。
だが今は違う。
航は自分の手を見る。
脇差でもない。
鞭でもない。
そのどちらでも補えない“空白”がある。
「……選ぶ時期が来てるのか」
確信ではない。
ただの違和感の延長。
それでも無視できない程度には、はっきりしていた。
外では変わらず、レイの店の空気が流れている。
だが航の中だけ、わずかに歪みが生まれていた。
(まだ使わない)
(でも、もう“知らない”ままではいられない)
航はゆっくりと息を吐く。
そして視線を落としたまま、脇差を握り直した。
「……面倒になってきたな」
その言葉は軽い。
だが、その奥には確かな変化の兆しがあった。




