第六十一話「接続の痕跡」
翌朝の村は、何も変わっていなかった。
鳥は鳴き、風は吹き、畑には人がいる。
だがセイリスには、それが逆に不自然に見えた。
(昨日あれほど“触れた”のに……何も残っていない?)
村の外れへ向かう。
昨日、境界に触れた場所。
そこには痕跡など残っていないはずだった。
しかし――
セイリスは足を止めた。
地面の一部だけが、わずかに“重さを失っている”。
草は生えている。土もある。だがその領域だけ、世界の密度が違う。
しゃがみ込み、指先で触れる。
何も起きない。
だが確かに、“接続の残響”のようなものがある。
(昨日の現象は……消えていない)
(ただ、同期されていないだけ)
そのとき、背後から声がした。
「まだそんな場所に近づいてるのか」
村の男だった。
昨日も話をしていた、年配の住人。
「そこは昔から“境界跡”って呼ばれてる」
「跡?」
セイリスが聞き返すと、男は肩をすくめた。
「入口じゃない。ただの“空白”だ」
セイリスの視線がわずかに鋭くなる。
「空白……?」
「昔は何かあったらしいが、今はもう誰も触れない」
その言葉に、セイリスは小さく息を吐く。
(空白……消失ではなく、“記録されない領域”)
ギルドの報告書が頭をよぎる。
異常なし。
正常。
問題なし。
だがそれは“何も起きていない”のではない。
(記録系統が同期できていないだけ)
その瞬間、わずかに空気が揺れた。
昨日と同じ感覚。
しかし今度は一瞬では終わらない。
ほんの短い間だけ、世界の層がずれる。
セイリスは目を細める。
その奥に、一瞬だけ見えたもの。
形ではない。
流れでもない。
ただ“情報の流入経路”。
「ここは……通路?」
その言葉は、確信ではなく理解の途中だった。
だが答えは返らない。
空間は再び静かになり、何事もなかったように戻る。
セイリスはゆっくりと息を吐いた。
(やはりこれは場所ではない)
(“接続そのもの”)
村へ戻る途中、彼女は一度も振り返らなかった。
そこにあるものを理解してしまったからだ。
ダンジョンは、まだ見えない。
だがもう、“ここに繋がっている”ことだけは確定していた。




