第六十二話「歪んだ仕事」
ダンジョン内部は、いつも通りだった。
――少なくとも、最初はそう見えた。
航は壁際を確認しながら進む。
通路、湿度、魔物の気配。
どれも“基準値の範囲内”に収まっている。
(問題なし……いや)
違和感は、小さすぎて最初は気づかなかった。
魔物の出現位置が、妙に“整いすぎている”。
通常ならランダムに近い配置のはずが、今回に限っては違う。
まるで――
「誘導されてるな」
小さく呟く。
角を曲がる。
そこには本来、別ルートに出るはずの魔物がいた。
航は一瞬だけ足を止める。
(ここで出る想定じゃない)
だが次の瞬間、理解する。
“想定外”ではない。
“配置されている”。
短剣を抜く。
脇差ではなく、補助の方。
距離を測る必要がある戦いだ。
魔物が動く。
だがその動きが、妙に“自然じゃない”。
逃げる方向が固定されている。
「追い込みか……?」
航は舌打ちする。
自分が戦っているのは魔物ではない。
“戦場そのものの流れ”だ。
足元に小さな罠を確認する。
解除済み。
だが、その配置が問題だった。
通常なら守りのための位置にあるはずが――
攻撃の補助線になっている。
(誰かが組み直してる)
背中に冷たい感覚が走る。
ダンジョンは変わらないはずだ。
だが今この瞬間、明らかに“動いているように見える”。
魔物を一体倒す。
だが次がすぐに現れる。
連携しているわけではない。
ただ、流れが“途切れない”。
航は一度立ち止まる。
呼吸を整えながら周囲を見る。
(これ、攻略じゃないな)
(……消耗戦でもない)
(設計されてる)
頭の中でルートを組み直す。
最短経路。
最小戦闘。
最大効率。
そのどれを選んでも、なぜか“次の遭遇”に繋がる。
まるで逃げ道だけが塞がれているように。
「はは……誰だよこれ」
乾いた笑いが漏れる。
敵は魔物じゃない。
ダンジョンそのものでもない。
もっと曖昧で、もっと厄介な何か。
角を抜けた先で、一瞬だけ気配が変わる。
戦場の密度が“揃う”。
それは攻撃の前兆ではなく――
更新のような感覚だった。
航は理解する。
(ここ、誰かが“調整してる”)
(そう見えるだけかもしれないが)
短剣を握り直す。
脇差ではない選択をしたのは、無意識だった。
生存のためではなく、“観測”のため。
「……面倒なことになってるな」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、状況そのものへの評価。
ダンジョンは静かだった。
だがその静けさは、もはや安心ではない。
“制御された静けさ”だった。
航は歩き出す。
その先に何があるのかは分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
このダンジョンは、もう“自然に存在していない”。




