第十六話「祈りの輪郭」
教会の中は、静かだった。
光はあるのに、温度はない。
それがセイリスの日常だった。
祈りの言葉は、もう口に馴染んでいる。
意味を考えなくても、自然に出てくる。
それは救いというより、習慣に近かった。
「セイリス」
後ろから声がする。
振り返ると、司祭が立っていた。
「外の手伝いが入っている。行けるか」
「……はい」
短く答える。
理由は聞かない。
いつもそうだ。
外に出ると、街はいつも通り動いていた。
人がいて、音があって、生活がある。
その中に混ざると、自分の静けさが少し浮く。
レイの店の前を通り過ぎる。
今日は入らない。
ただ、少しだけ視線が止まる。
(あの場所は、少し騒がしい)
そう思って、すぐに歩き出す。
依頼先は小さな孤児院だった。
教会の管理下にある場所。
扉を開けると、子どもたちの声が一瞬止まり、すぐに戻る。
見慣れた光景だった。
「セイリスお姉ちゃんだ」
その声に、少しだけ表情が緩む。
「……うん」
それだけで十分だった。
掃除、食事の手伝い、傷の手当て。
どれも慣れている。
誰かを救っているという実感はない。
ただ、そういう“形”を続けているだけだった。
ふと、手が止まる。
笑い声。
泣き声。
それらが混ざる空間。
(私は、これを“救い”と呼んでいいのだろうか)
その疑問は、以前より少しだけ重くなっていた。
自分が壊れないための、ただの動作として祈る。
「セイリスお姉ちゃん」
小さな手が服を引く。
「また来てくれる?」
少しだけ間が空く。
その“間”が、昔より長く感じた。
「……来るよ」
そう言ったあと、ほんの少しだけ続ける。
「来られる限り」
その言葉の意味を、自分でも完全には理解していなかった。
帰り道。
空は明るいのに、どこか遠い。
街は変わらない。
人も、音も、流れている。
(救うって、なんだろう)
答えは出ない。
でも、答えを求めているわけでもなかった。
ただ一つだけ確かなのは、
やめることは、できないということだった。
歩き続ける。
祈りの形が崩れても。
それでも、手は伸ばし続ける。




