第8話 夕食を囲む
新しい住民がやってきて村人がまた一人増えた。ゼインの提案で、以前村の広場だった場所に新しく食事処を作ることになった。
今はまだ食料が十分にあるわけではない。そのため食事はみんなで一緒に取るという決まりをゼインが作った。これまではゼインの家の庭に置かれたテーブルで食事をしていたが、そこは屋根もない場所だった。きちんとした食事場所が早急に必要だった。
魔法使いフォリーの優秀な使い魔と、木こりのブライアスの働きで、あっという間に簡単な食事処が出来上がった。柱と雨を防ぐ屋根だけのもので本当に『簡単な』食事処だが、ここは村の生活が落ち着くまでの仮の場所なので、これで十分なのである。
広場の中央には、リアが瘴気を浄化して使えるようにした立派な井戸もある。食事処にはしっかりとしたかまども作ったので、食事を作るのには困らない。食事のメニューは大麦の粥に塩漬けの魚を入れたものや、豆と刻んだ干し肉を入れたスープなどで、はっきり言って豪勢なメニューにはほど遠かったが、食料が手に入りにくい今は仕方がない。
料理のほとんどはゼインが作る。ゼインを始め、彼の仲間たちは魔族と戦う為に外で野営をする生活をしていたので、少ない材料で料理をすることに慣れていた。リアも彼らと同様に魔族との戦いに参加していたので、こういう食事に不満を持つことはなかった。
もっとも彼女が暮らしていた『癒しの手』教会の食事も似たようなものだった。教会の食事は質素なもので、豆と少しの野菜にパンを添えるのがお決まりのメニューだった。贅沢をしないというのは表向きなもので、実際には甘いお菓子やたっぷりの肉が入ったパイを食べる聖女も多かったが、それを外の人間が知ることはない。
「今日も無事に一日を終えられた。みんな、ご苦労だった」
ゼインはテーブルを囲む仲間たちに必ず声をかける。そのあとはみんなで酒を注いだコップを掲げ、食事を始める。寂しい食事に文句を言う者はいないが、さすがにこのままではまずいと新入りのワイリーがある提案をした。
「明日から近くの村を訪ねてみようと思うんだ。村の手伝いとか、獣退治なんかを請け負って、お礼に食べ物を手に入れられないかと思ってさ」
「それは助かる。来たばかりだというのに悪いな、ワイリー」
「気にするなよ、ゼイン。英雄ゼインの村から来たと言えば、村の人たちもきっと俺に協力してくれるはずだ」
「頑張れよ。俺も家の建築が終わったら、ワイリーを手伝うとするか」
ブライアスがワイリーに続くと、魔法使いフォリーが「家なら僕が作るよ?」と口を挟んだ。
「フォリーはやらんでいい。俺がやりかけた仕事だ、俺が最後までやるさ」
「でもブライアスが一人で建てるより、僕の使い魔が建てたほうが何倍も早く建てられるよ? ブライアスの家にはワイリーも暮らすことになるんだから、早く家を建てないと……」
ブライアスはコップをドンとテーブルに叩きつけるように置くと、フォリーを睨んだ。
「そりゃあんたの使い魔に頼んだら早いだろうが、使い魔だってずっと働きどおしだろ。少しは休ませてやれ」
「彼らは疲れを感じないよ。僕が魔力を与えているんだから」
「だとしたら尚更だ。お前の魔力だって無限じゃないだろ。いいから休め」
「……まさか人間に、僕の身体を気遣ってもらうとはね」
フォリーはコップを見つめながら苦笑した。フォリーは元々魔族であり、人間よりも遥かに長く生きる種族の魔法使いである。見た目は人間に似ていても、体力も魔力も違う。人間よりもタフなのは確かだが、彼の魔力が無限ではないのも確かで、魔力によって力を与えられる使い魔が永遠に働けるわけではないのも確かなのだ。
「フォリー、ブライアスの言うとおりだ。お前には負担をかけすぎている。少し休んでくれ」
ゼインが口を開くと、フォリーは「ゼインがそう言うなら、お言葉に甘えるとしよう」と目を細めた。
彼らの関係性を少し感じることができたリアである。英雄ゼインは彼らの圧倒的なリーダーであり、ゼインをとても信頼しているようだ。ゼインの為ならばと、瘴気で滅んだ村に移り住もうとするくらいだ。彼らの絆は相当のものだろう。
(私たち聖女とは、全然違うわ)
リアは彼らの絆を羨ましく思った。リアだって彼らと同じように命を懸け、戦ってきたつもりである。リアと同じように、前線に出て呪いを解いていた聖女もいる。教会では共同生活をして、一日中聖女たちと共に暮らしていたはずなのに、自分には彼らのような絆がないとリアは思ったのだ。
(私は……彼女たちと分かり合おうとしたの?)
リアは自分に問いかけてみた。王都に来てからのリアは、周囲からすると『マティアス王子の婚約者』であり、他の聖女たちとは最初から扱いが違っていた。教会内では平等という建前はあるものの、王子の婚約者という立場の聖女のリアに、周囲の聖女たちが遠慮がちだったのは間違いない。
田舎の教会で暮らしていた頃、リアには仲良しの聖女アナベルがいた。毎日いつも一緒で、嫌なことがあっても二人で笑い合って過ごした。古い教会は雨漏りが酷く、雨が降るとみんなで鍋やコップなどを並べて水滴を受け止めた。
「ねえ聞いてアナベル、これとこれを入れ替えたら……まるで音楽みたいに聞こえない?」
「ほんとだ! リア、凄いね。まるで音楽を奏でているみたい」
ポン、コン、カン、と水滴が落ちる音はそれぞれ不規則なリズムを奏でた。アナベルとその音を聞きながらケラケラと笑い合ったあの日々は、思い出すと懐かしさで胸が苦しくなるような思い出だ。
「ワハハハ!」
ブライアスの豪快な笑い声に、リアは我に返った。テーブルを囲み、楽しく笑い合う彼ら。リアには笑顔ひとつ見せないゼインですら、酒を飲みながら目を細め、その口元には笑みが浮かぶ。
「それにしても、リア様の力は想像以上だな。俺は毎日森に入ってるが、日々森が生き返っていくのを肌で感じるよ」
ブライアスはそう言ってリアを称えた。
「確かに僕が村に初めて入った頃と比べると、ずいぶん環境がよくなりました。たった一人でここまで村を回復させるなんて、さすが陛下が認めた聖女様だけありますね」
「ありがとうございます、フォリー様。呪いの浄化は順調ですから、この調子ならあとひと月ほどで浄化の目途が立つかもしれません」
「本当ですか? 信じられないくらい早いですね。僕は最低でも三か月はかかるだろうと思っていたのに。リア様、無理をしてませんか?」
フォリーは心配そうな顔でリアを気遣った。
実際にリアはかなり無理をしていた。一刻も早く村を元に戻し、森を浄化したいという気持ちがリアを焦らせていた。夜明けから日没まで、少しの休憩と粗末な食事を取り、リアはずっと呪いを身体に取り込み続けていた。いくらリアが浄化する能力に長けているとは言え、毎日朝から晩まで呪いを取り込み続けていたら身体の負担は大きくなる。それでもリアは浄化を辞めなかった。
「私は平気ですからご心配には及びません。これが私の役目ですから」
リアは微笑んでみせたが、フォリーは心配そうな表情を崩さなかった。ゼインは二人の会話をじっと聞いていて、微笑みながら食事をするリアの横顔を見つめていた。




