最終話 指輪
リアはフォリーと一緒に教会へ戻った。ゼインもリアと同じように寝坊したので、まだ家にいるはずだ。
教会へ入ると、ちょうど出かけようとしているゼインと『祈りの間』で出くわした。
「リア、戻ったのか……」
そう言いかけたゼインは、フォリーの姿を見て言葉を失った。リアの後ろに立っていたフォリーは、気まずそうな笑顔を浮かべながら「やあ、戻ったよ」とゼインに言った。
ゼインは無言のままフォリーに近寄り、二人は何も言わずただ抱き合った。お互いに背中を叩き、ようやく身体を離す。
「フォリー、すまなかった。俺はお前に取り返しのつかないことを言った」
「もういいんだよ。お前の手紙を読んだ。もう僕は気にしちゃいない」
「だが……人間と暮らすお前に、俺は『魔族の元へ帰れ』などと……」
「本当にもういいんだって。僕もあの時は冷静じゃなかった。ウルティオと会えたことが嬉しくて、大事なことを忘れていたんだよ。僕の本当の仲間は、ここにいるってことをね」
ゼインは嬉しそうに口元を上げ、フォリーも笑顔で応えた。リアは二人が仲直りしたことにホッと胸を撫で下ろす。
「それで、向こうでは何をしていた? 随分帰りが遅かったじゃないか」
「そうだね……初めはウルと一緒に過ごしていたよ。沢山彼と話をした。それから彼らの集落で一緒に生活を始めたんだ。彼らはいい連中だったけど、やっぱり僕は向こうでは『よそ者』だから、大変なこともあったよ。そんな時……使い魔たちがゼインの手紙を持って現れたんだ。僕は手紙を読んですぐに帰ろうと思ったけど、ウルを放っておけなくてさ」
「そうか。ウルティオは納得しているのか?」
フォリーは微笑みながら「ああ」と頷いた。ウルティオと再び別れる決断をした彼の表情は、ほんの少し寂しそうだ。彼が村へ帰ると決断するまでに、多くの葛藤があったはずだ。それでもフォリーは村に戻ってきた。
「お前の居場所は今も昔も変わらずここにある。フォリー、俺にとってお前は大切な友だ。お前を無理やり俺の復讐に付き合わせたこと、申し訳ないと思っている。お前は何も悪くなかった。お前はただ、小さな子供を助けただけだ。俺の村が襲撃されたのはお前のせいじゃない。これだけは言っておきたかった」
フォリーは驚き、目を大きく見開いた。そしてその赤い瞳から、一筋の涙が頬を伝った。
「僕にとってもゼインは大切な友だよ。ゼインと一緒に戦えたことを誇りに思う。僕にとってゼインは英雄だ」
二人は笑顔で再び抱き合った。
♢♢♢
その日は村のみんなで広場に集まり、パーティーをした。今日の主役はフォリーである。彼の使い魔たちも招かれ、使い魔の為に、木の実のパイやベリーのジュースなどが振る舞われた。
村人たちはゼインが獲ってきた鹿肉のステーキや野菜のスープなどの様々な料理がテーブルに並ぶ。蜂蜜酒とエールはあっという間に消えていく。気づけば焚き火を囲んでダンスが始まり、どこからか笛で音楽を奏でる者が現れ、広場は賑やかだった。
リアとゼインは輪の中心から少し離れた場所にいた。今日のリアの装いは、ゼインからの贈り物としてフォリーが買ってきたワンピースを彼女自身で直したものだ。まとめ髪にキラリと光る髪飾りは、北部からやってきた鍛冶職人サムが作ったもの。サムは手先がとても器用で、女性向けの髪飾りを作っては旅人向けに売っていた。リアもサムの髪飾りを気に入り、一つ買ったのだ。
二人は木のベンチに並んで座り、村人たちが楽しんでいる様子を眺めている。フォリーは仲間たちと酒を酌み交わしていて楽しそうだ。
「フォリー様が戻ってきてくれて、よかったですね」
「そうだな」
リアがしみじみと呟くと、ゼインもフォリーを見ながら頷いた。日は既に傾いていて、もうすぐ夜になる。パーティーはまだ終わる様子がない。恐らく酒好きの大人たちはこのまま残り、夜遅くまで楽しむつもりだろう。
「……リア。渡したいものがある」
「何ですか?」
リアは不思議そうに首を傾げた。ゼインはズボンのポケットに手を突っ込むと、おもむろにベンチから立ち上がった。
「ゼイン様?」
ポカンとしているリアの足元に、ゼインが跪いた。わけが分からないまま、リアはゼインに手を取られる。
するとゼインはリアの左手の薬指に、指輪をはめた。
「……これ……」
リアは信じられない、という顔で呟き、自分の左手を見つめた。薬指に輝く、金色の指輪だ。
「リア。俺にも指輪を」
リアはゼインから指輪を受け取ると、今度はゼインの左指にゆっくりと指輪をはめた。リアの指輪と全く同じものだ。
「俺たちは嘘偽りなく、夫婦になった。これは夫婦であることの証だ」
「これ……いつの間に作ったんですか?」
「サムが来た時、侯爵からの手紙があっただろう。手紙にはこう書いてあった。『二人の仲を確かなものにする為に、夫婦の証である指輪を作るべきだ』と。侯爵が職人を村に寄こした本当の理由は、俺たちの指輪を作らせる為だったんだ」
リアはあっけにとられていた。アイアングレイ家から『お礼をする』と言われていたのは確かで、彼らは本当にその約束を守り、貴重な鍛冶職人を村に譲ってくれたのだ。なぜ鍛冶職人だったのか、それはリアとゼインに指輪を贈る為だった。
「綺麗……」
リアは手を顔の上にかざし、左手に輝く指輪をうっとりと見つめた。
「リア。俺は生涯、命を懸けてリアを守ると誓う」
「……はい、ゼイン様。私も命を懸けて、ゼイン様をお守りすると誓います」
ゼインはリアを愛おしそうに見つめ、立ち上がると「行こう」とリアの手を引いた。二人が向かったのはフォリーたちがいる輪の中心だ。
「おっ、噂をすればお二人の登場だ」
「何の噂をしてたんだ、フォリー……まあいい。みんなが揃っているところで伝えることがある」
ゼインはフォリーたちに左手の指輪を見せた。するとフォリーたちは驚いて顔を見合わせたあと、喜びを爆発させた。
「よかったね、ゼイン。これで正真正銘の夫婦だ!」
「ほら、だから言ったじゃねえか。偽装なんて面倒なことをせずに、さっさと夫婦になっちまえばよかったんだ!」
「うるさいぞ、ブライアス」
茶々を入れるブライアスをじろりと見たゼインの表情は明るい。一緒にいたワイリーも、幼馴染のヴィクターとローズも、みんな二人の結婚を祝福した。
「それじゃあ改めて、本当の夫婦になった二人に乾杯しようじゃないか」
フォリーがカップを掲げ、みんなで「乾杯!」とフォリーに合わせる。リアはみんなに祝われ少し照れくさかったが、隣に立つゼインの嬉しそうな顔を見ながら、幸せを噛みしめていた。
日はすっかり落ち、焚き火のオレンジ色が濃くなった。リアとゼインの結婚を祝う為、パーティーは夜遅くまで続いたのだった。
完
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