第70話 王太子の反省
一方そのころ、王都では隣国へ行っていたバークス王がようやく戻ってきた。
長旅の疲れも見せず、王はエイデン宰相から不在のあいだの様々な出来事について報告を受けた。城下町に急速に広まった『死のワイン事件』のこと。そして王太子ロベルトによる英雄ゼイン拘束事件のこと。
王はじっと報告を聞いていた。ロベルトがゼインを投獄した時、騎士ネイサンが『使い鳥』を使って王の元へ伝言を送っていた為、事の次第を知っていたので王は冷静だった。だがバークス王が冷静さを崩したのは、ゼインを釈放するきっかけとなった民衆の暴動についてである。
「……暴動による怪我人は?」
「はい、陛下。怪我人は確認されておりません」
「そうか、分かった。少し一人で考えたい。外してくれるか」
「かしこまりました」
王の執務室から、静かにエイデン宰相が出ていった。人一人が横になっても余るほどの大きな机の上で手を組み、バークス王はじっと考え込んでいた。
♢♢♢
ロベルト王太子は、覚悟を持った顔で王の執務室に入った。父に執務室へ来るよう呼び出されたロベルトは、恐らく不在中に起きたゼインの拘束についての話だろうと踏んでいた。
机の前に立つロベルトと、椅子に座り息子を見つめるバークス王。二人を見守る護衛アードンとエイデン宰相は、バークス王から「外してくれ」と言われ、部屋を出ていく。
部屋の中は親と子の二人だけだ。少し緊張が薄れたロベルトだったが、バークス王の顔は二人になったあと更に厳しくなった。
「何故、英雄ゼインを捕らえた。説明しろ」
「父上。英雄ゼインはマティアスに大怪我を負わせました。これはコーザー家に対する攻撃と判断しましたので、彼を捕らえました」
ロベルトは淀みなく答える。バークス王は眉間に皺を深く刻みながら、息子が話す顔をじっと見ていた。
「そもそもマティアスが、聖女リアを我が物にしようと村へ押しかけたと報告を受けているが」
「弟は聖女リアと話をしたかっただけです。英雄ゼインの行動はいささか『大げさ』かと」
「大げさだと? 自分の妻を奪いに来た男から守ろうとしたゼインの行動は理解できる。捕らえる方が大げさだとは思わんか?」
「父上が英雄ゼインを庇うとは意外です。マティアスはあなたの息子ではないですか」
「あいつが何をしたか分かっておるのか! 掟を破り魔族の子を作っただけではなく、子が生まれたルイーゼを捨てて逃げたというではないか。せっかく私が、生まれた子を占い師ヨークに預ける手筈を整え、いずれはマティアスを王宮に戻してもいいと考えていたというのに、あいつは勝手なことばかり!」
ロベルトは占い師ヨークに子を預ける、と聞き驚いた顔をした。
「ヨークに子を預ける? 初耳なのですが、本気ですか?」
「ああ。子は魔法使いとして育て、王宮専属の魔法使いにするつもりだ。ルイーゼには近々使者を送るつもりだった」
「それをマティアスには?」
「伝えるつもりだったが、今さら話す必要はないだろう。あいつは子を捨てたのだからな」
不機嫌そうに王は呟く。
「……父上、マティアスはまだ若い。父親になる覚悟ができていなかったのでしょう。生まれたのが魔族の子となれば、動揺するのも仕方がありません」
「覚悟もできていない男は、我がコーザー家には必要ない」
ぴしゃりとバークス王は言い切った。彼は優しさと厳しさを併せ持つ男である。たとえ身内だとしても、王家に災いを及ぼしかねないことをすれば容赦なく罰する。しかし、生まれた魔族の子を殺さず、魔法使いである占い師ヨークに預けて育てようとする情も持っている。
「マティアスの話は今はいい。それよりも英雄ゼインのことだ。ゼインの投獄に怒った民衆が王宮に押しかけ、騒ぎを起こした。このことをお前はどう考えている」
「……申し訳ないと思っています。王の広場で集会が行われることは知っていましたが、まさかそこで暴動になるとは思いませんでした。もっと早く気づいていれば集会を解散させ、事なきを得たのですが……」
「ロベルト。お前は英雄ゼインが人々から愛されていることに嫉妬したのか?」
ロベルトは黙り込んだ。口をぎゅっと真一文字に結び、拳を握りしめる。
「民衆がいくらゼインを望もうと、彼は王にはなれんのだ。それを分かっていて、なぜお前は焦る?」
「分からないじゃないですか! 北部のアイアングレイ家が英雄の村へ向かったとの情報もあります。きっと彼らも英雄ゼインの力を欲しているはずだ。国を救った英雄が次の王であるべきだと、人々はそう思っているのです! 私ではなく、ゼインだと!」
「今は戦が終わり、皆浮かれているだけだ。しばらく経てば落ち着く。ゼインは元々ただの猟師にすぎん。王の器ではない」
「そう言い切れますか? 父上。他国では実際に国の英雄が玉座に着いた例もあると聞きます。我がコーザー家だって安泰じゃない。アイアングレイ家がこれから何か行動を起こすかもしれない。のんびりしていてはいけないんです!」
「だからといって、勝手に英雄ゼインを捕らえたお前の行動は看過できん。覚悟はできているんだろうな?」
父親の声が一段と低くなり、息子はごくりと唾を飲んだ。
「覚悟は……できています」
「よろしい。お前は少し、王都を離れて色々なことを学ぶべきだ。明日、お前は『魔の砦』へ向かえ」
「ま……魔の砦ですか?」
ロベルトの瞳が驚きで大きく見開く。魔の砦、とは魔族の王ウィラードが築いた要塞を見張る為に作られた砦で、対魔族の前線基地だったところだ。戦が終わったあと要塞は無人となり、魔の砦はわずかな見張りが残るだけだ。王都からは遠く離れ、一度向こうに行けばしばらく戻れない。当然家族とも離れ離れである。
「魔族との戦が終わったとはいえ、まだまだ気が抜けん。お前は魔の砦で魔族を見張るのだ」
「そんな、父上! それは私の役目ではありません!」
「お前がやるのだ。いいな? これは命令だ」
ロベルトは呆然と立ち尽くした。魔の砦は国にとって大事な場所であるが、戦が終わった今、王太子が向かう場所ではない。これは明らかな王による懲罰だった。
「お許しください、父上。私は十分反省したのです」
「だからといって許すわけにはいかん。英雄ゼインを捕らえたことに、民衆は怒っている。彼らをこれ以上怒らせたくなければ、私の言うことに従い、魔の砦でしばらく頭を冷やせ」
ロベルトは拳を握りしめたまま頭を下げ「……承知しました」と声を絞り出した。
——その後、ロベルトは『魔の砦』に向かうこととなった。魔の砦は人里から遠く離れた寂しい場所にある。愛する家族とは離れ、王都は遥か遠くにある。周囲は荒れた土地で、食料も十分ではない。ロベルトはここで退屈な日々を送ることとなった。
一方ロベルトに頼って生活をしていたマティアスは、バークス王にそのことを知られた為、家から出なくてはならなくなった。行き場を無くしたマティアスは、兄を頼って魔の砦に向かうしかなかった。こうして魔の砦で兄弟は再会し、一緒に生活をすることになった。
マティアスはその後、兄から稽古を受けて身体を鍛え始めた。ゼインに手も足も出なかったのがよほど悔しかったようだ。砦の過酷な環境にすぐに音を上げると思われていたマティアスだったが、意外にも彼は耐えていた。細身の肉体も少し逞しくなり、我がままを言うことも減ったという。




