第68話 もういい
再会を果たしたフォリーとウルティオがようやく落ち着いた頃、黙って見守っていたリアとゼインは二人の元へ向かった。
「ゼイン、ありがとう。フォリーと会わせてくれて」
ウルティオがゼインに礼を言うと、ゼインは無言で頷いた。リアはゼインの横顔をちらりと見る。彼はフォリーとウルティオを会わせることに反対だったはずだ。魔族の王ウィラードの息子である彼と、ウィラードの首を取ったゼインはいわば敵同士である。そしてフォリーはゼインの友人であり仲間だ。二人が仲良くお茶を飲む未来などあり得ないのだ。
「ウルティオ。お前に一つ聞きたいことがある」
ゼインは低い声で、ゆっくりとウルティオに尋ねた。ウルティオはゼインの表情に少し怯える様子を見せたが、すぐにフォリーが彼を庇うように前に立つ。
「ゼイン、ウルに何を聞くつもりだ」
「これは大事なことだ。ウルティオ。今、魔族の王となっているのは誰だ?」
ウルティオは一呼吸置き「僕だよ」と答えた。
多くの魔族が死に、魔族の王ウィラードも死んだ。ウルティオはウィラードの実子であり、他の生き残った魔族とは立場が違う。ウィラード亡きあと、魔族の王となったのは誰なのか。アクリア王国側ではそれを把握できていない。戦が終わって一年、体制を立て直している魔族が誰を王にしたのか。ゼインはその答えをウルティオに聞こうとしていた。
フォリーも、リアも、ウルティオの答えに驚かなかった。まだ幼いウルティオを次の王に据え、彼らは再び団結しようとしているのは間違いない。
「あの人が死んだあと、彼の従弟が王になったけど、みんな彼を王だと認めなかったんだ。新しい王はある日、剣で突き刺されて死んだよ。それで……僕が新しい王になったんだ」
「なるほど。それでお前は新たな魔族の王となったわけだ」
ゼインの言い方に棘を感じたリアは、不安になって彼の横顔を見た。ゼインは険しい表情で腕組みをし、ウルティオをじっと見ている。
「心配しないでよ、ゼイン。僕はゼインを殺すつもりはないし、ゼインの村を襲うつもりもないよ。ウィラードは確かに僕の実の父親だけど、僕は彼のことが好きじゃなかった。彼が僕を連れ帰るよう命じたのは、自分の息子が戦で死んだからなんだ。僕は息子の代わりとして連れてこられた。ウィラードが死んで次の王も死んで……みんな、僕が最後の希望だと言ったんだ。だから僕が王になったんだよ」
ウルティオはゼインの冷たい視線に負けじと言い返した。ゼインはふうと息を吐いたあと、再び口を開く。
「ウルティオ。王都で近頃騒ぎになった『死のワイン事件』を知っているか」
「……え?」
ウルティオは戸惑うように目を何度も瞬きさせた。リアはなぜ今、ゼインが死のワイン事件のことを言うのだろうと不思議に思った。
「呪われたワインが市中に出回り、多くの被害者が出た事件のことだ。お前、何か知っているか?」
「どうしたんだよ、ゼイン。あれは北部のアイアングレイ家が関わっているって噂だろ?」
フォリーが口を挟むが、ゼインは無視したままウルティオを睨むように見ている。
「そもそも『呪われたワイン』を作る為には誰かが呪いを仕込まなきゃならん。そうだろう? リア」
「え……ええ……確かに……」
突然話を向けられたリアは戸惑いながら頷く。死のワインを作る為には、魔族の協力が必要不可欠である。だからこそ、魔族との戦が激しくなった頃から、死のワインは殆ど出回らなくなった。魔族と『依頼者』のわずかな交流が絶たれたからだ。
「きっかけは知らん。最初は一人だけを狙ったものだったのかもしれない。だがお前たちはわざと作ったワインを市中にばら撒いた。違うか? 俺はアイアングレイ家がやったという噂は信じていない。俺の読みが外れているなら謝るが、俺にはどうもお前たちが関わっているようにしか思えん」
ウルティオは目を泳がせながら黙っていた。
「ゼイン! ウルがそんなことをさせるはずがないだろう? ウルは心優しい子なんだ。王都にワインが広まってしまったのは、不幸な事故だよ」
「俺はウルティオに聞いている」
ゼインに睨まれ、フォリーはぐっと息を飲んだ。
「……そうだよ。ワインは確かに僕の仲間たちが作ったものだ。ある日、貴族の使いだという男が接触してきて、沢山の宝石と引き換えに、暗殺用のワインを作ってくれと頼まれたんだ。僕は北部のワイン農家に頼んで、ワインを分けてもらった。買えるだけワイン樽を買って、呪いをかけたあと瓶に分けて……」
「待ってくれ、ウル。ひょっとして北部のワイン農家って……僕とウルが昔お世話になったあの家か?」
「……うん」
ウルティオは気まずそうな顔でフォリーに頷いた。二人はゼインの村へ流れ着く前、王国各地を旅していた。北部へも行っていたことがあり、ワイン農家に一時期住み込んでいたことがあった。ワイン農家の主人はウルティオがフォリーの息子だと信じていたので、彼が本当は魔族であることを知らない。ワインを譲って欲しいと言う彼の頼みを、農家の主人は疑うことなく受け入れたのだ。
「なんてことだ、買えるだけ買ったってまさか……最初からワインを市中にばら撒くつもりだったのか?」
フォリーは信じられないといった顔をしながら、恐る恐るウルティオに尋ねた。
「……僕の仲間たちは、大勢が死んだんだ。みんな家族を失って、寄り添い合って必死に生きているんだ。彼らがどうしても、王国に復讐したいと言った。何事もなかったように暮らしている連中が許せないって……だから、ワインを城下町に売りさばいた。安くすれば、みんな飛びつくからね」
ゼインは無言のままウルティオに近寄り、彼の胸ぐらを掴んだ。フォリーが慌てて「ゼイン!」と制止するが、ゼインは止まらない。
「お前はさっき自分が魔族の王だと言ったな。お前は『死のワイン』を、王都に広めた責任をどう考えている!」
ゼインの目には怒りがあった。リアはゼインを止めなかった。王都教会で見た、沢山の呪われた患者たちの顔をリアは思いだしていた。治療が間に合わずに死んでしまった者もいる。リアがあの時王都にいなければ、恐らく死者の数はもっと膨れ上がっていたはずだ。リアの気持ちも複雑である。
「み……みんな悲しんでいたんだ。僕はみんながそれで救われるならいいと思ったんだ。後悔はしてない」
ウルティオは目を潤ませながら、ゼインの迫力に負けじと言い返す。
「お前が命じたのか? 王都にワインを広めろと言ったのか?」
ゼインの声色は更にきつくなる。
「……ああ、僕だよ。僕がみんなに命じた」
ゼインはウルティオの頬を殴った。華奢なウルティオの体が吹っ飛び、地面に激しく転がった。フォリーはウルティオに駆け寄って体を起こすと「ゼイン! 子供にやりすぎだ」と怒鳴った。
「子供? 子供だからと言って何をやっても許されるわけじゃないぞ。王都の人間が大勢死ぬところだったんだ!」
ウルティオは頬に手を当て、身体を震わせていたが、それでも気丈にゼインを睨む。
「お……王国の奴らは僕たち魔族を沢山殺したじゃないか。復讐したいと思うのは当然だろ? ゼインだって、大勢殺したじゃないか!」
今度はゼインが黙り込んだ。痛いところをつかれ、ゼインは返す言葉が出ない。全員無言になったところで、リアが静かに口を開いた。
「もうやめましょう。お互いを責めていても、堂々巡りなだけです」
ゼインはぐっと唇を噛み、ウルティオを見下ろした。
「お互い様などと言うつもりはない。だがこれではっきりしただろう。俺たちとお前は分かり合えない。もう会いにくるな」
「ゼイン! ウルは仲間の無念を思って命じたことなんだ。この子はまだ人生を知らない。彼だけを責めるのは違うよ」
「お前はウルティオの味方だというのか?」
必死に訴えるフォリーをゼインは睨む。
「そういうことを言っているんじゃないよ、ゼイン。僕たちはずっといい仲間だったじゃないか。一緒に暮らしてた時だって、仲良くやってただろう?」
「そんなにウルティオと一緒にいたいなら、お前も魔族の元へ帰ったらどうだ」
苛立ちながら口にした言葉に、ゼインはハッとなった。口を滑らせたと気づいたゼインは慌てて否定しようとフォリーを見るが、フォリーの表情にゼインは口を噤む。
フォリーはゼインを悲しそうな顔で見ていた。
「ゼイン様! フォリー様に謝ってください」
リアはまずい、と思いゼインの腕を掴む。ずっと魔族とは関わらず、人間たちと暮らしていたフォリーは、ゼインの一言に明らかに傷ついた。それが分かるからこそ、リアはゼインに謝るよう促す。
「もういいんですよ、リア様」
「もういいって……フォリー様」
フォリーは全てを諦めたような顔でリアに微笑んだ。
「僕はウルと一緒に行くよ」
「何を……何を言うんですか! 考え直してください、フォリー様!」
「いいえ。そもそも僕はウルティオと同じ魔族。赤い目を持って生まれ、人とは違うと思いながら生きてきました。みんなと上手くやっていければと思ってきましたが、もう潮時かもしれません」
「お願い……フォリー様。行かないで」
リアは涙声で、祈るように両手を顔の前で組んだ。
「フォリーが行きたいというなら、そうすればいい」
ゼインはぽつりと言い、顔をそむけた。リアは「お願いします、ゼイン様! フォリー様を止めてください」と必死にゼインに縋ったが、彼は動こうとしない。
「行こうか、ウル」
「う……うん」
微笑みながらウルティオの手を取るフォリー。彼の顔を戸惑いながら見上げるウルティオ。二人はゆっくりとリアとゼインの前から去っていった。




