第67話 再会
リアとゼインが村に戻ってから、少し時が経ったある日。
ゼインはいつものように、村の外まで狩りにでかけていた。朝から近くの山を歩き回っていたがこの日はいい獲物が見つからず、仕掛け罠を見回ったがこちらも不発である。
(……まあ、こういう日もある)
ため息をつき、今日はもう村に戻ろうとした時だった。遠くでガサっと物音がして、ゼインは咄嗟に弓を構えた。
剣ほどではないが、ゼインは弓の扱いも得意である。鹿や猪ならともかく、狼や熊が相手だとやっかいだ。弓を引き絞るゼインの指に力が入る。
ガサガサと音がして、木の陰から物音の正体が現れた。それを見たゼインは驚き、引き絞る弓を緩めた。
「お前は誰だ?」
ゼインから離れた位置に立つ、フード付きの黒いローブを着た人物。男か女かも分からない。敵か味方かもはっきりしないその人物にゼインは弓矢の狙いをつける。
ゼインの声に応えるように、その人物はゆっくりとフードを外した。現れたその顔を見て、ゼインはあっけにとられた。
「お前……まさか、ウルティオか?」
伸び放題の銀色の髪と、燃えるような赤い瞳。まだ少年であるが、大人びた表情をしている。ゼインの記憶にあるウルティオはもっと幼く、あどけない子供であった。村の襲撃から六年が過ぎ、ウルティオはゼインの想像以上に成長していた。
「久しぶりだね、ゼイン」
ウルティオはゆっくりとゼインに近づいてきた。見たところ彼は一人のようだ。だがゼインは弓を構えたまま周囲を警戒した。ウルティオの実の父親は魔族の王ウィラードである。ウルティオはそれを知らずに育ったとはいえ、魔族に連れ去られてからはウィラードの元で育ったと思われた。ゼインの村にいた頃のウルティオとは別人のようになっている可能性がある。ひょっとしたらゼインの命を狙いに来たのかもしれないのだ。
「それ以上近づくな。用件を先に言え」
「僕は危害を加えないよ。見てのとおり、一人だ」
ウルティオは大きく手を広げた。彼の長い腕を見て、背も随分伸びたんだな、とゼインは思った。どうやらウルティオに敵意がないのは本当のようで、ゼインはようやく弓を下ろした。
「この辺りをうろついているようだな。何が狙いだ?」
「狙い? 僕は何も狙ってないよ。ただこの辺りが懐かしくて、よく遊びに来ているんだ」
「今はどこで暮らしてる? 魔族の住処はもっと山奥のはずだが」
「具体的な場所は言えないけど、まあ、だいたいそんなところかな」
ウルティオはどこに住んでいるかごまかした。アクリア王国との戦に敗れ、魔族の多くが死んだ。彼らは山奥にある自分たちの住処に引きこもっていると言われている。その住処は人間たちが踏み込めないほどの奥地で、魔族はそこで体制の立て直しを図っているはずだ。ウルティオが住処の場所を言わないのは当然である。
「まあいい。何度か村の近くまで来ていたな? フォリーはお前が来たと思い込んでいる」
「……やっぱり、気づいてくれてたんだね。フォリーは勘がいいから」
ウルティオは嬉しそうに目を細めた。無邪気に微笑む彼の表情を見るゼインは、複雑な思いをしていた。フォリーとウルティオはとても仲が良く、襲撃されたあとに真実を知るまで、ゼインは二人が本当の親子だと思っていたのだ。
「……フォリーに、会いたいか?」
ゼインが尋ねると、ウルティオはこくりと頷いた。
「会いたいよ。また会って色々話したい。でも駄目なんだ。僕を世話してくれている人たちが、もうフォリーに会っちゃいけないって」
「当然だろうな」
「……お願いだよ、ゼイン。ほんの少しだけでいいから、フォリーに会わせてくれない? 挨拶するだけでいいんだ」
「駄目だ。それがお前を守っている魔族が決めた掟なら、守るべきだ」
「少し会って話すだけなのに、どうして駄目なの? フォリーは僕の『父親』なんだよ!」
ウルティオの目に怒りが浮かぶ。ゼインはウルティオを哀れに思った。出生の秘密を知らずに育ち、母親を目の前で殺され、フォリーに拾われて育った彼。フォリーを本当の父のように慕っていたのに、ある日突然魔族に連れ去られ、自分が魔族の王の子であることを知らされる。ウルティオの人生は過酷だ。愛する人に会うことを許されず、たまにこうして顔を見にくることしかできないのだ。
ウルティオはゼインに近寄り、その場に膝をついて頭を下げた。
「お願いだよ、ゼイン……フォリーと話したら、すぐに帰るから」
その場に泣き崩れるウルティオを見たゼインは、ため息をつくとウルティオに歩み寄り、彼を無理やり立たせた。
「分かった。ただし村の中では会わせられん。フォリーを連れてくるからここで待て」
「ありがとう、ゼイン」
ウルティオは涙に塗れた顔で何度も頷いた。
♢♢♢
ウルティオとフォリーは翌日会うこととなった。待ち合わせ場所は森の奥にある洞窟だ。ここは以前アイアングレイ家の娘、ケイトリンが家出して道に迷った際、ウルティオが彼女を休ませた場所である。
ゼインとフォリーの他に、リアも同行していた。ウルティオと会ったことをリアに話した際、リアは「私も行きます」とすぐに言った。ゼインは「来るな」と眉をひそめたが、リアは頑として行くと言い張った。
魔族であるウルティオは、呪いを生み出す力を持つ。仮に話がこじれてウルティオが呪いを使った場合、呪いを解くことができるのはリアしかいない。自分も行くべきだとリアに説得されたゼインは、渋々彼女を連れていくことにした。
フォリーは道中口数が少なかった。いつもはフォリーがどうでもいいお喋りをして、ゼインは聞いているのかいないのかよく分からない返事をする、これが二人のいつもの姿である。だが今日のフォリーはずっと黙り込んでいて、ゼインともリアともあまり話さなかった。
街道から森の中に入り、どんどん奥へと進んで行く。
(ケイトリン様はこんなところを進んでしまったのね……大変だったでしょうに)
リアは歩きながらそんなことを考えていた。彼女のような育ちのいい女性が、森を歩き慣れているとは到底思えない。道はどんどん細くなり、右も左も同じような景色が続く。どんなに彼女が心細かったか、そして森の中でウルティオに助けられ、どんなに心強かっただろうか。
待ち合わせ場所に到着すると、ウルティオの姿が目に入った。顔をすっぽりと隠したフードに、足元まで覆い隠す黒のローブ。リアは初めて見る魔族の子の姿に息を飲んだ。敵意はないと知っていても、リアの身体に緊張が走る。
フォリーはウルティオの姿を見ると、突然走り出した。ゼインが「おい!」と止める声も耳に入っていない。
ウルティオもフォリーを見ると駆け出し、二人は固く抱き合った。
「大きくなったね、ウル」
ウルティオを愛称で呼び、彼の頭をぐしゃぐしゃと撫で、涙で濡れるウルティオの頬をフォリーの大きな手で包み込む。
「会いたかったよ、フォリー。ずっとずっと会って話したかった」
「うん。僕も会いたかったよ」
フォリーの瞳にも涙が浮かぶ。
リアとゼインは二人の再会をじっと見守っていた。二人のあいだには引き裂けない絆がある。
この六年、二人がどれだけお互いを想いあっていたか。それを想像するとリアの胸が痛んだ。




