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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第3章

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第66話 二人だけの世界

第3章、最終章スタートです!

 リアとゼインは城下町にある宿屋で一泊することにした。ずっと地下牢に閉じ込められていたゼインはここでようやく風呂に入り、髭も剃った。綺麗な服に着替えたゼインは少し緊張気味にある場所へと向かう。


 ゼインが訪ねたのは、リアが宿泊している部屋だった。ゼインが「リア、いるか?」と声をかけるとややあって扉が開き、中から笑顔のリアが顔を覗かせる。


「どうぞ、ゼイン様」


 ゼインは「ああ」と答え、中に入る。リアはゼインの顔をじっと見つめ、心配そうに眉をひそめた。


「どうした?」

「……やっぱり、少し痩せましたね。頬がこけてます」

「そうか? 別に変わってないと思うが」


 ゼインは首をひねりながら自分の頬を撫でた。リアの言うとおり、彼の頬は少しこけている。地下牢でゼインはろくなものを食べていなかったので、痩せるのも仕方のないことだった。


「……でも、ゼイン様が無事に戻ってくれて、本当によかったです」


 リアは真っすぐに、ゼインの透き通るような銀色の瞳を見つめた。普段はゼインに対して照れがあるのか、あまり彼の顔をじっと見つめることはしない。だが今日のリアはゼインに会えた嬉しさからか、いつもよりも少し大胆だった。ゼインの頬に触れようとリアの手が伸びる。

 リアの指がゼインの頬に触れるか触れないか、というところでゼインはリアの細い手首をおもむろに掴んだ。そしてそのままリアを抱き寄せる。


「あ……あの」


 リアは戸惑いながら、ゼインの胸の中に顔をうずめた。彼の髪の毛は濡れていて、身体から石鹸のいい匂いがする。リネンのシャツ越しに感じる体温の高さがリアにも移りそうで、彼女の顔がみるみる赤くなった。


「ちゃんと礼を言ってなかったな。リア、俺を助けてくれてありがとう」


 リアはゼインの胸の中で小さく首を振り「お礼なんて、いいんです」と答えた。

 ゼインはリアの髪を優しく撫で、その指がリアの顎にかかる。そのままリアは顔を上げられ、ゼインの唇が彼女の口を塞いだ。


 階下から聞こえる食堂の賑わう声に反して、部屋の中はリアとゼインの二人だけの世界だった。聞こえるのはお互いの吐息だけ。感じるのはお互いの体温のみ。

 

 リアはゼインが突然キスをしてきたことに驚いたが、すぐに彼に身をゆだねた。こうなることをどこかでリアは期待していた。偽装夫婦として、ままごとのような夫婦生活を営んできた二人が、初めてお互いに一歩踏み込んだ瞬間だった。


 ようやく顔を離したゼインは、リアが今まで見たことのない、穏やかな笑顔を浮かべていた。ゼインの瞳はリアの顔を隅々まで見ようと動く。柔らかな栗色の髪と同じ色の瞳は潤んでいる。ほんのり赤みが差した頬、ぷっくりと張りのある果物のような唇はほんの少し開いていて、何かを言おうとしているようだ。

 ゼインはリアを愛おしそうに見つめ、髪を撫で、再び彼女を抱きしめた。


「愛してる、リア」

「……私も愛してます」


 愛してます、と言ったリアの背中に回るゼインの手に力が入る。リアを離したくない、というゼインの感情は声に出さなくともリアに通じた。ゼインの海に溺れ、リアは窒息しそうだ。


「ゼイン様……苦しい」

「すまん」

 ゼインは慌てて腕の力を緩め、リアは大きく深呼吸をした。力は緩めたが、ゼインはまだリアを抱きしめたまま彼女を離さない。


「……ひと月は、長いな」


 ゼインはふと独り言を漏らす。リアが「え?」と聞き返すと、ゼインは笑いながらリアの背中をポンポンと叩き「何でもない」と返した。


 ♢♢♢


 リアとゼインの二人は、英雄の村にようやく帰ってきた。二人の帰りを今か今かと待っていた村人たちが、村の広場で二人を出迎える。


「お帰りなさい! ゼイン村長、リア様!」

「なかなか戻ってこないから心配してたんだよ!」

「すまない、ちょっと向こうで色々あってな」


 村人たちが二人を取り囲む。ゼインが王宮で捕らえられたことを彼らは知らない。王都では死のワイン事件といい、様々なことが起こっていたが、一歩王都を出ると平和なものである。


「戻ったのか! 二人とも」


 二人が戻ったことを知った魔法使いフォリーが、ようやく広場にやってきた。


「村を長く空けてすまなかったな、フォリー。何か変わったことは?」


 ゼインが村の様子を尋ねると、フォリーはニヤリと意味ありげに笑い「ついてきて」と言った。リアとゼインは顔を見合わせてお互い首を傾げながら、フォリーの後を追う。


「おい、どこまで行くんだ」

「もうちょっとだよ」


 三人は村の外れまで歩いた。フォリーが到着した先にあったのは、村に唯一ある鍛冶工房である。煙突からはもくもくと煙が立ち昇っていて、中で誰かが作業しているようだ。

 石造りの小さな工房だが、中の設備は一通り揃っている。以前村にやってきたアイアングレイ家の当主マーカスの助言を受け、設備をさらに充実させた。とはいえ今までは村にいるわずかな職人が、道具などを作ったりするくらいだった。はっきり言えば宝の持ち腐れだった。


「邪魔するよ」


 中に声をかけ、フォリーは工房の中へ入る。後に続いたリアとゼインが見たものは、机の前で何やら作業をしている見慣れない男だった。


「おお、フォリー……」


 振り返ってフォリーに挨拶を返した男は、その後ろに立つリアとゼインを見ると目を丸くし、慌てて立ち上がった。勢いで椅子が倒れるが、男は構わずにリアとゼインの前にやってきた。


「紹介するよ。彼は鍛冶職人のサム。北部から来たんだ」

「やあ、英雄ゼインと聖女リアだな! 会えて光栄だ」


 サムは顔じゅうが髭で覆われていて、体格は小柄だが鍛冶で鍛えた筋肉はいかにも固そうだ。手袋をしたまま手を出したことに気づき、サムは慌てて手袋を外してゼインに握手を求めた。ゼインは戸惑いながら握手に応じるが、その力の強さに少し驚いている様子である。


「北部からなぜわざわざ俺の村に来たんだ?」


 ゼインは「はじめまして」と挨拶するリアの手を、振り回すように握手をしているサムに尋ねた。


「俺はアイアングレイ侯爵に頼まれてここへ来たのさ!」

「アイアングレイ侯爵……まさか、あの男が?」


 アイアングレイ家の当主マーカスの名を聞いたゼインは、驚いた顔でフォリーを見る。フォリーは笑顔を浮かべたまま、事情を説明した。


「侯爵から手紙を預かっているよ。簡単に説明すると……アイアングレイ家の人間は恩を忘れないってことらしい。前に彼らが村に来た時、色々とゼイン達に迷惑をかけたことを気にしていたようだ。そのお詫びに、腕のいい鍛冶職人をそちらに一人譲ると」

「本当ですか!」


 リアは驚いて声を上げる。以前マーカスとケイトリンが村に来た際、ケイトリンが愛する護衛騎士のリックハードと結ばれないことを悲観し、家出をしてしまった。ケイトリンを探し出す為に、ゼインは村人を集めて一晩中彼女を捜索した。そのお礼は必ずする、とケイトリンに言われていたのだが、リアはそのことを今まですっかり忘れていた。


「いい鍛冶職人は大金をはたいてでも欲しいのは確かだ。だが……何故侯爵は鍛冶職人を?」


 ゼインは首を傾げる。英雄の村は田舎の小さな村なので、腕のいい職人がいるわけではないが、基本的な道具ならば問題なく作れる。今のところ職人が足りなくて困っているということもない。ゼインが疑問に思うのも当然だ。


 フォリーはちらりとリアを気にすると、ゼインに近寄って何やら耳打ちした。ゼインはフォリーの言葉に一瞬動揺する様子を見せたが、すぐに元に戻った。


「……なるほど、分かった。サム、英雄の村へ来てくれて感謝する。好きなだけここにいてくれて構わんし、帰りたくなったらいつでも帰っていい」

「俺はここに移り住むつもりで、家族も一緒に連れてきたんだぞ。英雄の村は居心地もいいし、工房はまあ少しばかり小さいが、これはこれで悪くない。そういうわけだからよろしくな、英雄ゼインと聖女リア!」


 サムは英雄の村に移り住むつもりでここに来たようである。こうして村に腕のいい鍛冶職人が一人増えることとなった。

 リアはゼインとフォリーが何を話していたのか気になったが、その答えが分かるのは少し先のことである。

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