第63話 人を集めろ
王都教会は城下町に知らせを出した。
看板を持って街中を練り歩く『宣伝屋』の周りに、多くの人だかりができている。
「教会からのお知らせだ。三日後に『王の広場』に集まるように! 教会からの大事な話だよ!」
リアは教会長に事情を話し、協力を仰いだ。教会長は快く受け入れ、王都教会の名で王の広場へ人々を集めることにした。教会の呼びかけは効果絶大だ。「死のワイン事件」のせいで人々の不安が高まっていることもあり、宣伝屋の呼びかけに皆興味津々である。
城下町では、集会の噂で持ちきりとなっていた。
「一体なんの話だろうね? 教会がわざわざ王の広場に集まれだなんてさ」
「死のワインの呪いはそんなに深刻なのかね……」
「そもそも貴族連中に振る舞われたワインが市中に出回ったんだろ? さっさと捨てていればこんなことにならなかったのに」
「迷惑な話だよ。酒場はずっと閉まったままだし、仕事終わりの一杯も楽しめねえ」
大好きな酒が飲めなくなった、酒場を閉めざるを得なくなった。その一つ一つは小さな不満だが、それは呪いのようにじわじわと人々のあいだに広まる。彼らの不満の矛先は、王宮に向かっていた。
「陛下が不在でもロベルト王太子がいるからなんとかなると思ったが、結局王太子も頼りにならんな」
「やっぱり英雄ゼインだよ。彼が王になるべきなんだ」
「英雄ゼインは俺たちと同じ平民生まれだ。彼なら俺たちの気持ちを理解してくれる」
「なんたってあの魔族の王ウィラードを倒した男だからな!」
王家の評判が下がる一方で、ゼインへの期待は勝手に上がっていた。もはや『英雄ゼイン』の名は独り歩きしていて、彼をよく知らない人々が、偶像としての英雄ゼインを作り上げていた。その英雄ゼインが王宮の地下牢に囚われていることを、彼らは知る由もない。
リアは集会の日まで、教会に残って呪われた患者を治療し続けていた。死のワインは全て回収されたので、呪われた患者の数がこれ以上増えることはないだろう。教会に運ばれた者は全員命が助かったが、残念ながら教会までたどり着けなかった者は命を落とした。
死のワインを王都に持ち込んだ犯人はいまだ見つかっていないが、とりあえず呪いがこれ以上広まる心配はなくなった。だがこの事件は、王都の人々の心に暗い影を落とした。魔族との戦が終わり、平和な生活を取り戻したはずだったが、呪いはまだ彼らの暮らしを脅かし続けている。
♢♢♢
――そして、いよいよ今日は集会の日である。
王の広場は王宮からほど近い場所にある。昔はここで罪人の処刑が行われていたというが、現在はただの広場となっていて、主に祭りの時などに使われている。
広場には既に多くの人が集まっていた。彼らを誘導し、見守っているのは王国騎士団のネイサンたちである。広場の奥には大きなお立ち台があり、そこにリアが登場する予定だ。
リアは馬車に乗って王の広場までやってきた。馬車の窓から覗いただけで分かる広場の熱気。広場の外にまで溢れかえる人々。そこに屋台を出して商売している商魂たくましい商人たち。もはやちょっとしたお祭りのような騒ぎだ。
(大丈夫かしら……こんなに人が集まったりして。王宮から邪魔が入らなければいいけど……)
教会主導の集会なので心配はないはずだが、想像以上に集まった人々を見るといささか不安である。あまりに騒ぎが大きくなると、王宮から集会を中止しろと言われるかもしれない。
不安そうに窓の外を見ていたリアのところに、騎士ネイサンがやってきて、扉をコンコンと叩いた。リアは急いで扉を開ける。
「おはようございます、リア様。準備はよろしいですか?」
「え、ええ……でもまさかここまで人が集まるなんて思いませんでした」
「私も驚いてますよ。どうやら彼らは『死のワイン事件』で相当不満が溜まっているようです。ですがご安心を、我々が必ずリア様をお守りいたします」
リアはネイサンに「よろしくお願いします」と微笑んだ。リアが言い出したこととはいえ、これほど多くの人を巻き込んでしまったのだ。ゼインを一刻も早く釈放させるため、リアの一世一代の演説が始まる。
♢♢♢
一方その頃。王宮にいるロベルト王太子は、執務室の中で側近から報告を受けていた。
「――なるほど、分かった。それで他に報告は?」
「はい。本日『王の広場』にて、王都教会による集会が行われるようです」
「教会が? なるほど、死のワイン事件での呪いがひと段落ついたからか。また寄付金集めの集会か」
教会が寄付金を集める為に集会を開くことは、これまでも何度もあった。ロベルトは特に気にする様子もなく報告を聞き、最後に「……それで、ゼインの様子は?」と側近に尋ねた。
「問題ありません。大人しくしているようです」
「ふむ……」
ロベルトはおもむろに椅子から立ち上がると、棚の中から一本のワインボトルを取り出し、机の上にコトリと置いた。
「これをゼインの食事に混ぜて出してくれ」
「えっ……? ま、まさかそれは……」
「ああ、これは『死のワイン』だ。回収した時に、念のために少し取っておいた。こういう時の為に使えればと思ってね」
ロベルトは目を細めながらワインボトルをそっと指で撫でた。
「し、しかし殿下。英雄ゼインが大人しく口にすると思えません」
「手段は問わない。無理やり口に流し込んででもいい。いいか? これは不幸な事故だ。ゼインは街でうっかり死のワインを口にした。そのあとは地下牢にいたので発見が遅れた。それだけの話だ」
「……ですが陛下には何と説明を? エイデン宰相にはどう報告します?」
「宰相には何も言うな。父上はまだしばらく戻らない。ゼインの処遇に関しては私が決める。すぐにやれ」
側近は戸惑いながら「……承知しました」と答え、死のワインを持って部屋を出た。部屋に一人だけになったロベルトは、机の上で手を組み、じっと考え込む。
英雄ゼインを捕らえたあと、彼をどうすべきかロベルトはずっと考えていた。バークス王が戻る前に『不幸な事故で』ゼインが亡き者になるのが、一番彼にとって都合がいい。
民衆が求める『英雄ゼイン』など存在してはならない。王家よりも相応しい真の王などいらない。これ以上の争いや揉め事は必要ない。次の王はロベルトであり、その次の王はロベルトの息子と決まっている。
「これはコーザー家を守る為だ。父上もきっと同じことを言う」
ロベルトは執務室の壁に掛けられたバークス王の肖像画を睨みながら、呟いた。




