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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第61話 救え

 リアは教会に留まりながら、ゼインが迎えに来るのを待っていたが、なかなか彼は現れなかった。翌日になり、教会長から呼び出されたリアは教会長の執務室に入った。

 

 教会長からは「このまま王都教会に留まって欲しい」と改めて懇願されたが、リアはきっぱりと断った。


「私はゼイン様の妻です。王都に留まることはできません」

「……そう、残念だわ。でも聖女リア、今回の『死のワイン事件』でのあなたの働きは、まさに『奇跡の聖女』と呼ぶに相応しいものだった。あなたはいずれ、王都に戻るべき聖女だということを忘れてはなりませんよ」

「はい、教会長」


 王都教会の教会長は白髪交じりの物腰柔らかな聖女だ。リアのことを高く評価しており、リアをいずれ王都教会の教会長に推薦したいと周囲に話しているのは有名な話である。それでも教会長はリアが村で暮らしたいという気持ちを尊重していた。リアはまだ若く、教会長になるのは遠い未来の話なので、焦る必要はないと考えているのだ。


「それにしても、英雄ゼインはまだ王宮から解放されないのかしらね。陛下が今王都にいらっしゃらないから、ややこしいことになっていなければいいのだけど」

「教会長、あの……失礼ですが『ややこしいこと』というのは?」


 バークス王が王都にいないことは、王都への道中でマティアスから聞かされていた。王の代わりを務めるロベルト王太子は昔からマティアスに甘いが、彼はバークス王よりも親しみがあり、リアにも親切な男だった。彼なら上手く対処してくれるだろうと、リアは特に心配していなかったのだ。

 だからリアは教会長が「ややこしいこと」と言った言葉が引っかかった。リアの疑問に、教会長は苦笑いしながら答えた。


「そうね……実は近頃、ロベルト殿下の様子が少しおかしいと王宮内で噂になっているのよ」

「様子がおかしい? どういうことですか?」

「王都に来て気づかなかったかしら? 城下町のあちこちで、英雄ゼインを称えたものが売られているのよ。それだけじゃないわ、英雄ゼインの冒険譚を物語にしたお芝居は、連日大入り満員。王都では英雄ゼインこそが次の王に相応しいなんて言う人も多いのよ」

「確かに、土産物が売られていたのは見ましたけど……そんなことになっていたんですか」


 教会長は笑いながら頷き、話を続ける。


「おかしな話よね。みんな英雄ゼインの顔すらろくに知らないのに、次の王だなんて。その噂を耳にしたロベルト殿下の機嫌が悪くなるのも当然よ。自分よりも王に相応しい男が現れたと言われたら、彼が焦る気持ちも分かるけれど」

「ゼイン様は王都のことにはまるで興味がない人なんです。勝手に『王に相応しい』などと持ち上げられても、本人は困るだけだと思うんです」

「そうだとしても、ロベルト殿下は英雄ゼインを邪魔だと思っているかもしれないわね……今の時期に二人が直接会うのは、あまりいいことだとは思えないわ」


 リアは急に胸騒ぎを覚えた。丸一日経ったが、まだゼインは教会に現れない。


(今すぐ王宮に向かうべきかもしれない)


 考え事をしているリアの気持ちに気づいたように、教会長はリアの手を優しく取った。

 

「リア。英雄ゼインが心配なのね?」

「はい……今から王宮に向かいたいのですが」

「気持ちは分かるわ。でもあなたにはここでまだやることがあるでしょう?」


 リアはぐっと言葉を飲み込んだ。呪われた患者の数は減ってきているが、まだ教会には治療を待つ患者がいた。

 

「分かっています、教会長」

「少し休みなさい、リア。昨日からずっと呪いを解いていたのだから、殆ど寝ていないでしょう? 休憩したら患者の治療に戻りなさい。そうこうしているうちに、英雄ゼインはきっとあなたを迎えに来るはずよ」

「はい……失礼します」


 リアは教会長に頭を下げ、部屋を出た。教会の長い廊下を歩くうちに、リアの不安はどんどん膨らんでいく。だが治療を放って王宮に行くわけにもいかない。教会長が心配するとおり、リアは殆ど眠っていない。疲れと不安が重なり、リアの顔色は悪かった。廊下の真ん中で立ち止まり、ぼんやりとしながらピカピカに磨かれた床を見つめる。


「あ! リア様。ちょうどいいところに!」

「えっ? あなたは……」


 リアは突然廊下の向こうから聞こえた声に驚いて顔を上げる。急ぎ足で向かってくるその人物は、騎士団の鎧を身に着けていた。彼はレーイン村で一緒に村の復興をした騎士ネイサンだった。


「リア様に至急お伝えしたいことがあってきたんです」


 ネイサンの表情を見たリアはなんだか嫌な予感がした。ネイサンは息を切らせていて、相当焦っている表情だったからだ。


「ゼイン殿が、捕らえられました」


 リアはすうっと血の気が引き、思わずその場に倒れこみそうになった。ネイサンは慌てて「大丈夫ですか⁉」とリアを支える。


「すみません……ネイサン様。ゼイン様が捕らえられたとは、どういうことですか?」

「ロベルト殿下が、マティアス殿下に怪我をさせた責任を取れと。ゼイン殿は怪我をさせたことは間違いないと認めました。ゼイン殿は今、地下牢にいます。私はリア様に伝えてくれとゼイン殿に頼まれたので、急いでこちらに来たのです」

「そんな、ゼイン様が怪我をさせたのは確かですが、マティアス様が先に剣を抜いたんです! マティアス様がそう説明するはずだったのに」


 リアは唇をぐっと噛んだ。やはり自分も王宮へ一緒に行くべきだったと後悔したが、もう遅い。


「私もその場にいましたが、マティアス殿下は『自分が先に剣を抜いた』と確かにおっしゃいましたよ。ですがロベルト殿下はそれは問題ではないと……リア様、信じられないかもしれませんが、マティアス殿下はゼイン殿を捕らえることに反対したのですよ」

「マティアス様が反対した……?」


 リアは信じられない、といった顔でネイサンを見たが、彼が嘘を言うとも思えない。我がままで自己中心的で、ゼインに向かって剣を抜いたマティアスが、最後にゼインを庇ったのは意外だった。


「今は陛下が王都に不在の状況です。陛下は英雄ゼインを敵に回すべきではないとの考えをお持ちです。ロベルト殿下の判断は、陛下が知ったらお怒りになるでしょう」

「それなのに、ロベルト殿下はゼイン様を捕らえたんですね。で、でもすぐに出られるでしょう? これは誤解ですし、マティアス様が捕らえることに反対したんですから」


 リアは縋るような目でネイサンに尋ねたが、ネイサンの表情は暗いままだった。


「……そうあって欲しいですが、ゼイン殿がマティアス殿下に大怪我を負わせたのは事実ですから……。陛下はしばらく戻られないでしょうから、それまでは牢から出られないかもしれません」

「そんな……まさか、陛下がいないあいだに処刑なんてされませんよね?」

「……それは分かりません」

 

 リアは胃がむかむかと焼けつく感覚を覚えた。ロベルトがゼインの人気に焦っていることから、ゼインを陥れようとしているのは間違いない。ロベルトは王の代理だ。ゼインを『王族を襲った男』として処刑することもあり得る。


「ゼイン様を釈放させるには、どうしたらいいでしょうか」

「とりあえず、隣国に滞在中の陛下に『使い鳥』で状況を知らせました。今の私にできることはそれくらいです」


 王に状況を知らせてくれたことにリアはホッとしたが、それだけでは不安だ。もっと、何かいい方法はないか――リアは素早く考えを巡らせた。


「ゼイン様は、王都で大人気なんですよね?」

「え? ええ。次の王に相応しいと話す者も多いですよ。ゼイン殿が捕らえられたことを知ったら、王都の人々は怒るでしょうね」

「なら、怒らせましょう」

「えっ?」


 ネイサンは驚いてリアに聞き返した。リアは真剣な表情でネイサンに訴える。


「皆さんに今回起こったことを知らせるんです。ゼイン様がロベルト殿下の手によって捕らえられたことを、できるだけ多くの人に伝えるんです。王都の人々が怒れば、ロベルト殿下はゼイン様に手を出せないのではと」

「……なるほど! でしたら『王の広場』を使うといいでしょう。城下町で暮らす人々に知らせて、広場に集めるんです。リア様は集まった民衆に訴えてください」

「私が⁉」


 今度はリアが仰天しながら聞き返す。


「ええ、あなたがやるんです。国で一番の聖女であり、ゼイン殿の妻であるあなたが訴えるから意味があるんです。私はすぐに部下を使い、街中に知らせを出します」


 リアを不安が襲う。自分にできるだろうか? 広場に集まった人々の前で、ゼインを救う為に訴えることができるだろうか? リアは足の震えを感じたが、ぐっと拳を握りしめた。


「――分かりました、私がやります。ですが街中に知らせを出して、ロベルト殿下に気づかれませんか?」

「そこは上手くやります。教会からの知らせとでも言えばいいでしょう。今は『死のワイン事件』で街中気が立っていますから、その話だと思えば人々は集まるはずです」

「それなら、教会長に話して協力してもらえるよう頼んでみます。そうすればロベルト殿下に疑われる心配がなくなります」

「助かります。殿下に気づかれたら終わりですから」


「……ありがとうございます、ネイサン様。あなたが力になってくださって、助かります」


 リアがネイサンに頭を下げると、ネイサンはピンと背筋を伸ばして敬礼を返した。


「お忘れですか? リア様。私たち騎士団はレーイン村の件でゼイン殿に恩があります。何かあったら必ず力になると言ったでしょう?」


 ネイサンは敬礼をしながら微笑んだ。リアは彼の表情を見ながらつられて微笑む。ほんの少し落ち着いたリアだったが、のんびりしている時間はない。二人はその場で別れ、リアは急いで教会長のところに戻った。

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