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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第60話 奇跡の聖女

 王都教会に到着したリアは、想像以上に『死のワイン』が王都の人々に広まっていることを知った。教会の中には呪われた患者を治療する為の『診療所』があるが、診療所の待合室には多くの呪われた患者がいて順番を待っていたのだ。彼らは皆、城下町で暮らす住民だった。家族が付き添い、必死にぐったりとした患者を励ましている。


「リア様⁉ まさか、リア様が来てくださるなんて!」


 診察室から出てきた聖女が待合室に立つリアの姿を見ると、慌てて駆け寄ってきた。


「お久しぶりです。王宮に用があって来たんですが、死のワインのことを聞いて急いでこちらに」

「ああ、女神エラは私たちを見捨てたりはしなかった! 感謝します。リア様が来てくださればもう安心だわ」


 聖女は今にも泣きそうな顔でリアの手を握った。よく見れば聖女の目にはクマができていて、あまり休めていないようだった。


「いったい王都で何があったんですか?」

「ほんの数日よ。ほんの数日で世界が変わってしまったの。夜中に突然、三人の呪われた男の人が来たの。話を聞いたら、酒場で酒を飲んでいたら、急に苦しみ出したって……それから、次々に同じような人たちが押しかけて来たわ。まさか戦が終わって平和になった今になって、こんなことになるなんて……」


 聖女はリアに畳みかけるように訴え、肩を落とした。彼女の表情には疲労が濃く出ている。リアはそっと聖女の肩に手を置いた。


「あとは私に任せてください。その顔、だいぶ呪いを取り込んでますね? 早く浄化しないとあなたが倒れてしまいます」

「……ごめんなさい、リア様。王都教会は聖女を各地に派遣してしまったから、手が足りなくて……」

「気にしないで。さあ、早く休んでください」


 聖女は涙目になりながら「ありがとう」と礼を言い、去っていった。リアは気合を入れ直すように深呼吸をしたあと、意を決して診察室に入った。部屋の中にはベッドに寝かされた患者と、それを見守る家族がいた。


 患者の呪いを解いていた聖女は、突然入ってきたリアを驚いた目で見た。こちらの聖女も顔色が優れない。彼女もかなりの呪いを身体に取り込んでいるのだろう。リアは聖女としての能力が非常に高く、多くの呪いを一度に取り込めるのだが、普通の聖女はそうはいかない。聖女の数も限られているなか、彼女たちは限界に近い状態だったようだ。


「交代します。あなたは休んでください」

「リア様……ありがとう」


 聖女が涙目でリアにお礼を言うが、リアはそれに答える間もなく、急いで呪われた患者に手をかざした。患者は意識がなく、首の辺りまで黒ずんでいた。呪いがかなり広範囲に広がっていて、一刻を争う状態である。

 リアが手をかざすと、信じがたい速さで呪いが消えていった。肌の色が次第に元に戻っていき、先ほどまで意識がなかった患者の手がピクリと動いた。そしてゆっくりと患者のまぶたが開く。心配そうな顔で付き添っていた家族の目に涙が浮かんだ。


「……あれ? 俺……なんでここに? 確か酒場で……」

「よかった! 呪いが解けたのね!」


 涙を流して喜ぶ家族と、事態が飲み込めずポカンとしている当の患者。リアはホッと笑顔を浮かべると「もう大丈夫ですよ」と声をかけた。


(さあ、ここからね)


 リアは次々と待合室で待つ患者を招き、全ての患者にかけられた呪いを解いていった。何人もの聖女が交代で必死にこなしていたことを、リアはたった一人でいとも簡単にやってのけた。


「まさに、奇跡の聖女だ……」


 救われた患者はリアを見ながら呟いた。彼らは家に帰り、リアの奇跡を周囲に語るだろう。その晩、リアは殆どの患者をたった一人で救ったのだ。


 ♢♢♢


 気づけば夜が明けていた。リアは治療がひと段落したので、呪いを浄化させるために別の部屋に入っていた。聖女が呪いを浄化させる姿は、人に見せてはならない。いつも穏やかに微笑み、軽々と呪いを解く彼女たちが、実は死を願うほどの苦しみを味わいながら呪いを浄化させている。聖女は体内に取り込んだ呪いを自らの血で浄化する。その時の痛みは、まるで身体じゅうを針で突き刺すようなものだ。


 リアは一晩中呪いを身体に取り込み続けたので、より強い痛みと格闘しながら呪いを浄化しなければならなかった。窓もない狭い部屋でたった一人、リアは苦しみ続けた。床に這いつくばり、全身にびっしょりと汗をかき、もがき続けた先にようやく苦痛からの解放が訪れる。


 それはふわりと身体が宙を浮く感覚。全てが解放され、どこまでも高い場所へ昇っていけるような錯覚。この時に味わう感覚はリアにとって心地いいものだ。


「はぁ……はぁ……」


 肩を大きく上下させ、リアはどこか惚けたような表情で天井を見上げた。頬を流れる汗がぽたりと落ちる。


「……ゼイン様は、どうしているかしら……」


 本来なら王に会う為には、何日も待たなければならない。何日どころか何十日も待たされる場合もある。だが今はロベルト王太子が王の代理であることに加え、弟のマティアスに関する件であることから、すぐに会ってくれるだろうと思われた。

 面会はとっくに終わり、ひょっとしたらもうすぐゼインが教会に迎えに来る頃かもしれない。今のうちに支度を整えておこうと思い、リアは部屋を出た。


 だが、リアがいくら待ってもゼインはその日、迎えに来なかった。

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