第59話 また会える
王都へ向かう旅の途中、宿屋で眠っていたゼインはうなされていた。
——ふと気づけば、彼は英雄の村にいた。みんなで力を合わせて蘇らせた美しい村が、再び火の海に包まれていた。リアが暮らす教会も、離れに作った自分の部屋も、多くの人が集まる村の広場も、どこもかしこも燃えている。
「リア! リア!」
ゼインがすぐに呼んだのはリアの名だ。辺りに人は見当たらない。ゼインはリアを探して走り回るが、リアどころか誰もいない。
「リア! どこにいる!」
叫びながらゼインは気づいた。彼の手にはしっかりと剣が握られている。その剣にはべっとりと血がついていた。顔を上げると彼の前にフォリーがいて、誰かの身体を抱きながら泣いている。
フォリーが抱いていたのは、ウルティオだった。ゼインが最後に会った頃の、まだ幼い少年の姿だ。ウルティオの顔は血の気がなく真っ白だ。彼は首を斬られ、首から流れた血が体中を赤く染めていた。
「何故ウルティオを殺したんだ! たった一人の僕の家族だったのに!」
フォリーは「ウルティオ、ウルティオ……」とウルティオの顔を撫でながら泣いていた。違う、俺はウルティオを殺してなんかいない――否定するように首を振り、ゼインはフォリーたちに近づく。
「来るな! お前は魔族を一人残らず殺すつもりなんだろう! 僕のこともいずれ殺すつもりだ!」
――ハッとゼインは目を覚ました。飛び起きるとそこは宿屋の狭い部屋だった。部屋の中は真っ暗なのに、外は月明りで気味が悪いほど明るかった。ゼインはベッドから降り、窓から外を眺める。
また彼は悪夢を見ていた。フォリーからよく眠れる薬を作ってもらい、それを飲んでいたので悪夢を見ることは減っていた。リアと一緒に暮らし始めてからは、薬を飲まなくても悪夢を見ないことに気づき、薬をやめていた。彼が悪夢を見るのは久々だった。
ゼインの身体に刻み込まれた戦いの記憶は、簡単には消せない。魔族は家族を奪った敵で、倒すのは当然のことだ。彼は自分の行動を後悔はしていない。それでも彼は、いつも夢の中でもがき苦しんでいる。
ゼインは部屋を仕切る壁をじっと見つめた。壁の向こうにはリアが眠っているはずだ。たった今見た悪夢で見た、炎に包まれるリアの教会。それを思い出すとゼインの全身に鳥肌が立つ。
「……だから、家族などいない方がいい」
絞り出すような声で、ゼインは呟くのだった。
♢♢♢
リアたちが王都に向かって旅をしていた頃、王都では『死のワイン』が人々を恐怖に陥れていた。
王都の貴族や裕福な商人が死のワインを口にし、教会で治療を受けた。最初のうちはそんな話が貴族たちのあいだでひそかに噂になっていたくらいだった。死のワインを飲んでしまった者は、すぐに教会に運ばれ呪いを解かれたので、死者が出ることもなかった。貴族たちのあいだで飲まれるワインが市中に出回ることはない。その為騒ぎはすぐに収まると思われていた。
ところが、ある酒場で出されたワインを飲んだ客たちが次々と『呪い』にかかり、騒ぎが一気に大きくなった。死のワインは事件が起こってから全て処分されたはずだった。それがどういうわけか、城下町の酒場に出回ってしまったようだ。
城下町は一気にパニックとなった。ワインが呪われているかもしれない、という恐怖はあっという間に城下町に広まった。ワインを出していた酒場は店を閉めざるを得なくなった。呪われていたのはワインだけだったにも関わらず、エールや他の酒も怪しいと噂が広まり、人々は酒を飲めなくなった。
商売ができなくなった酒場の店主らは怒り、酒を飲むことを楽しみにしていた人々は酒が飲めず悲しむ。そうなると人々の不満が向かう先は王宮である。何故死のワインが出回ってしまったんだ、王宮は何をやっているんだと、城下町の人々は顔を合わせるたびに文句を言っていた。
間の悪いことに、バークス王は隣国の王の即位式に出席する為、王都を離れてしまっていた。バークス王が不在のあいだ、王太子のロベルトが代わりを務めている。ロベルトは街に広まってしまった死のワインを急いで回収させたが、既に手遅れだった。教会には呪われた患者が次々と運び込まれている。
そんな騒ぎになっているとは知らず、リアとゼインは王都に到着した。怪我をしたマティアスももちろん一緒である。
王宮に向かうには途中で城下町を抜ける必要がある。先頭はマティアスの馬車、続いて馬に乗るゼイン、最後にリアが乗る馬車が続く。
噂どおり、土産物の屋台には英雄ゼインの土産物が並んでいた。ゼインとは似ても似つかない顔の男が描かれたタペストリーは屋台の前に掲げられ、風でゆらゆらと揺れている。ゼインを模した人形と、隣に並ぶ恐らくリアだと思われる女の人形。馬車の窓から外を眺めていたリアは、なんだか居心地の悪さを感じていた。こうした土産物屋はいくつもあった。
外を眺めていたリアは、普段の王都とは違う雰囲気に気づいた。いつもは店の前で楽しそうに酒を飲む人々がいない。そもそも店自体が閉まっている。そんな店が多くあったのだ。
城下町をゆっくり進んでいると、前を走るマティアスの馬車が突然止まり、中からマティアスの使用人が降りてきた。使用人はゼインのところへやってきて、声をかけた。
「ゼイン様、少しお待ちいただけますか? マティアス殿下が食べたいものがあると」
「お前の主人は王宮に着くまで我慢できんのか?」
「すみません。殿下がどうしても屋台のミートパイを食べたいとおっしゃるもので……すぐに戻ります」
「仕方ないな」
使用人はマティアスの為にミートパイを買いに走っていった。通りの先には土産物だけでなく、軽食が食べられる屋台もいくつか出ていた。城下町に出ている屋台のミートパイは絶品だとの評判で、いつもは屋台の周りに人だかりができているが、今日は人が少ないせいか空いているようだ。
ゼインは馬から降り、リアの馬車までやってきて、ドアを開けてリアに声をかけた。
「マティアスの使用人が奴の食い物を買いに行った。ここで少し待とう」
「分かりました。それよりゼイン様、なんだか城下町の様子がおかしいと思いませんか?」
「……ああ、確かに閉まっている店が多いようだな」
ゼインは辺りを見渡した。開いている店は帽子屋や古着屋などが多く、酒場やレストランはほぼすべてが閉まっている。
「どうしたんでしょう? 気のせいか、街が静かな気もします」
「何かあったのかもな。ちょっと聞いてくるから待っていろ」
ゼインはすぐ近くの帽子屋に入っていった。少し経ち、ゼインは戻ってきたがその表情は険しい。
「店主に聞いてきた。城下町では今『死のワイン』が広まっていて、呪われた者が多く出ている」
「死のワイン⁉ フォリー様が以前話していましたよね。で、でもあれは貴族が狙われたものじゃなかったんですか?」
「理由は分からんが、城下町の酒場で死のワインが広まってしまったようだ。教会には多くの患者が押しかけ、混乱しているらしい」
「教会が……」
リアは息を飲んだ。死のワインは魔族の『呪い』が仕込まれたワインだ。古くからこの国で暗殺の手段として使われている。呪いを仕込むには魔族の協力が必要なので、死のワインを手に入れるには魔族と繋がる必要がある。魔族との戦が激しくなってから、多くの者が魔族との関わりを絶った為、近頃はめっきり見かけなくなった代物である。
呪われた者は身体が徐々に黒ずみ、やがて全身が呪いに包まれ、最後に待つのは死である。呪われた者は一刻も早く教会へ行き、聖女から呪いを解いてもらわなければならない。
王都教会は今ごろ大騒ぎだろう。戦が終わって一年以上が過ぎ、少しは落ち着いてきたものの、いまだに王国各地にある呪われた土地を浄化する為に、多くの聖女が派遣されている。つまり王都教会では今、聖女の手が足りないはずなのだ。
リアは何の罪もなく死のワインを口にして、呪われた被害者たちを想った。幼い頃から聖女である母の背中を見て育ったリアは、呪われた者を救うのが聖女の使命だと信じて生きてきた。類まれなる能力を持つ聖女と呼ばれ、人々を救うことにやりがいを感じていたリアが、今の王都の状況を見て放っておけるわけがない。
「リア」
ゼインはリアが悩んでいることに気づいているかのような顔で、リアをじっと見つめた。
「リア、今すぐに教会へ行くべきだ」
「で……でも……ゼイン様だけで王宮へ行くのは……」
リアは戸惑いながらゼインに返した。ゼイン一人を王宮に行かせるのが心配だったから、リアはここまでついてきたのだ。ゼインがマティアスに怪我をさせた事実が不利になることがないよう、彼を援護するつもりだった。だが呪われた者が大勢いると聞いた以上、それを放っておくことはできない。それがリアという女だ。
「俺は心配ない。ちゃんとマティアスに説明させる。リアは今すぐに教会へ行け。呪いは時間との勝負だ、一人でも聖女が多い方がいい」
「……分かりました、教会に向かいます。ゼイン様、どうかくれぐれもお気をつけて」
「ああ。用が済んだら、できるだけ早く教会に迎えに行く」
ゼインはリアが乗る馬車の御者に「教会まで行ってくれ」と伝えた。そもそもゼインは、元々リアが王都についてくることに反対だった。王都教会ではリアが戻ってくるのを待っている状態だ。今リアが教会に行けば、そのまま教会に留まるよう説得される可能性が高い。
それでもゼインはリアに「教会へ行け」と背中を押した。ゼインはリアが、呪いを解く使命の為に人生を捧げてきたことを知っているからこそ、リアの気持ちを汲んだのだ。
リアはすぐに教会へ出発した。動き出した馬車の窓から、リアはゼインを見る。
ゼインはじっとリアの馬車を見送っている。リアはゼインの姿を見て、何故だか急に心細さを覚えた。
(大丈夫よ、すぐにまた会えるんだから)
リアは小さくなるゼインの姿を見ながら、心の中で呟いた。




