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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第58話 戦いのあと

 ゼインはその場に立ち、ただじっとマティアスを睨みつけていた。


「ゼイン!」

「よかった、戻ってきたのか!」


 村人たちは次々と声を上げる。フォリーはゼインの後ろからひょっこり現れた使い魔の姿を見て、目を細めた。


「ここへ何しに来た」

「お……俺はリアに用があって来たんだ。今すぐに会わせろ」


 ゼインの顔を見たマティアスは少し怯んだが、すぐに気を取り直した。ゼインは無言のまま、その場に獲物と荷物をどさりと置いた。


「手紙を読んだぞ。リアはお前には会わん」

「これは俺とリアの問題なんだ。お前、リアと結婚したそうだな? どうせリアを脅して無理やり妻にしたんだろう? お前はそういう男だからな。俺は元々リアと婚約していたのに、お前が褒美に欲しいだのと言い出して、強引にリアを連れ去ったんだ」


 ゼインはぐっと言葉を飲んだ。マティアスの言い分は乱暴だが、彼がリアを強引に王都から連れ出したのは間違いではない。偽装結婚もゼインの思いつきで、リアの考えを聞く前に宣言したのも本当である。


「……リアは納得している」

「果たしてそうかな? お前に逆らえないだけじゃないのか? お前のような野蛮な男に妻にされたリアが気の毒だ。俺ならリアを救ってやれる」

「救うだと? 陛下に追放されたお前が何を救えるというんだ」


 ゼインの声がさらに低くなり、二人の距離が少し縮む。ゼインが一歩近づくと、マティアスは剣を抜いて構えた。広場にどよめきが起こり、どこからか甲高い悲鳴が上がる。


 村人たちの輪から少し離れたところに、ペギーを抱いたローザがいた。心配そうに事の成り行きを見守っていたローザの横に、突然リアが現れた。


「……リア様! 来ちゃいけないって言ったでしょ?」

「ごめんなさい。でも私だけ隠れているのはどうしてもできなくて」

「もう! 心配なのは分かるけど……」


 幸いマティアスはリアに背を向け、ゼインに意識を集中させていたので、彼はリアが来たことに気づいていない。ゼインもマティアスと睨みあっていて、リアに気づく様子がない。


(まただわ……)


 リアはゼインの様子を見ながらハラハラしていた。ゼインは『戦いの予感』があると、人が変わったようになる。命と命のやり取りに憑りつかれたようになり、まるで楽しんでいるかのように見えるのだ。


 マティアスは剣をゼインに向けていた。一方のゼインも武器は持っている。狩猟に使った弓とナイフは立派な鹿を見事に仕留めたが、長剣を持っているマティアスと向き合うにはいささか頼りない。

 それなのに、ゼインの表情には余裕すらあった。背中に背負っていた弓を外し、床に投げ捨てる。腰に下げていたナイフはそのままで、出す様子すらない。その代わりぐっと足を踏み込み、腰を下げた。


 マティアスは奇声を上げながら剣を真っすぐに突き出したが、ゼインはその動きをとっくに読んでいた。あっさりと剣を交わすと体勢を整えた。


「俺に剣を向けるということは、覚悟ができているんだろうな?」


 マティアスはごくりと唾を飲んだ。ゼインの声に呼応するように、村人たちから「いけ! ゼイン!」「やっちまえ!」などと声が飛ぶ。


「駄目よ、リア様!」

 ローザの静止を聞かず、リアは飛び出した。ハア、ハアと自分の息遣いがどこか遠くで聞こえるような気がしながら、リアはゼインの元へ行こうと走る。村人たちのはやし立てる声がどんどん近づき、リアは人混みをかき分けて前に出た。


 リアの目に、二人の姿が入った。マティアスは剣を振り回しているが、明らかに稽古が足りていない。ゼインに当たる様子すらなく、ただやみくもに振り回しているだけだ。マティアスは身体を鍛えていないようで、息が既に上がっている。一方のゼインは涼しい顔で、冷静にマティアスの攻撃をかわしていた。


 マティアスが剣をゼインに振り下ろそうとしたその時、ゼインはその腕をぐっと掴んで捻り上げた。たまらずマティアスは悲鳴を上げる。


「う……うわあああ……‼」


 緩んだ手から剣が滑り落ちた。ゼインはそのままマティアスの体を地面に叩きつける。その衝撃で腕が変な方向に曲がり、マティアスは更に悲鳴を大きく上げ、腕を押さえながら地面をのたうち回った。


「この野郎……! 俺の腕を……!」


 だらだらと涎を垂らしながらマティアスは立ち上がり、そのままゼインに突進した。ゼインはその体を抱え、そのまま身体ごと持ち上げると近くにあった馬車に勢いよく叩きつけた。マティアスは頭から馬車の車輪に突っ込み、その場にうつ伏せに倒れた。


 マティアスはぐったりとしたまま動かない。二人の戦いは勝負にもならなかった。


「この男を手当てしてやってくれ。骨が折れてる」


 ゼインは野次馬のなかにいたフォリーに声をかけた。


「ゼイン。少しやりすぎだ。追放されたとはいえ、マティアスは王家の男だぞ?」

「この男は俺に向けて剣を抜いた。殺さなかっただけでも有難いと思え」


 ゼインはマティアスを睨みつけたあと、服についた泥を軽く払った。顔を上げると、心配そうに見つめるリアと目が合った。


「ゼイン様……お怪我は」

「俺は問題ない。この男はしばらく動けんだろうが」


 リアはホッと胸を撫で下ろしたあと、ゼインに頭を下げた。


「ありがとうございます。守っていただいて……」

「当然のことをしたまでだ」


 ゼインは地面に置いたままの獲物と荷物を拾い上げ、その場から去っていった。


 ♢♢♢


 マティアスは重傷だった。腕とあばら骨が折れ、顔にも痣ができていた。手当ての為に彼は宿屋に運ばれた。村人たちはマティアスの世話をするのを嫌がったが、ゼインが「手当てをしてやれ」と言ったので、仕方なく薬や包帯、食べ物などを用意した。


 一晩経ち、リアとゼインはマティアスの宿屋を訪ねた。これだけの怪我をしていたら、もうマティアスは何もできないと分かっていた。

 宿屋のベッドの上で寝かされていたマティアスの姿は痛々しかった。目の周りは黒ずんで、自慢の顔は台無しだ。腕は添え木をして包帯でぐるぐる巻きにされ、上半身も包帯がしっかりと巻かれている。


「……俺のこの姿を笑いに来たのか」


 リアとゼインが部屋に入ると、マティアスはぼんやりと遠くを見つめながら力なく呟いた。マティアスは強い痛み止めの薬を飲んでいて、その薬のせいで別人のように大人しくなっていた。


「わざわざその為に来るほど暇じゃない。なぜリアに会いに来たのか、理由を聞きに来ただけだ」


 マティアスは虚ろな目のまま、黙っていた。


「マティアス様。ルイーゼ様と別れたというのは本当ですか?」


 リアが尋ねると、マティアスはため息をつきながら「……ああ」と答えた。


「ルイーゼと別れ、リアを手放したのが今ごろになって惜しくなったのか?」

「……俺は、全てを無くしたんだ。リアをお前に譲ったのが全ての間違いだった。あのままリアと結婚していれば、こんなことにはなっていなかった。俺の人生はどこで狂ったんだ? リアを取り戻せば、全てが元に戻る。父上はリアがお気に入りだった。リアと結婚すると言えば、父上は喜んで俺を王宮に招き入れるだろうと……」


「陛下は私を無理やり連れ戻したとしても、喜ばないと思います。マティアス様、私たちの婚約はあの時に正式に解消されたんです。もう私たちの関係はとっくに壊れていました。あなたが私ではなく、ルイーゼを愛していたこともとっくに知っていました。私にいなくなって欲しいと思っていたことも知っています」

「そ……それは……」


 淡々と語るリアの言葉にマティアスは目を泳がせる。


「はっきりと申し上げます。私とあなたの関係は、粉々に割れた器と同じ……もう二度と元に戻ることはありません。あなたはお一人で、王都に帰るべきです」


 マティアスはぎゅっと毛布を掴み、目を閉じて肩を震わせた。リアとゼインは困ったように目を合わせる。


「お前はルイーゼと愛し合っていたんだろう? お前が選んだ道だぞ」

「ルイーゼが、俺の妻になるのが夢だと言ったんだ……あの女が俺を誘惑したんだ……」

「どっちが誘惑しようがどうでもいい、ルイーゼを選んだのはお前自身だ。このまま家に帰るなり、ルイーゼに許しを請うなり好きにすればいいが、リアにはもう金輪際関わるな。もしも今後リアに近づくようなことがあれば、今度はお前を本当に殺すぞ」

「俺を脅すつもりか……?」


 動揺するマティアスを、ゼインの銀色の瞳がじっと獲物を見定めるように捉える。

 

「できないとでも思っているか? 俺は魔族を大勢殺した男だ。お前一人殺すなどなんとも思っていない」

「わ……分かったよ。分かったから。もうリアには関わらないと誓うよ」

 

 マティアスの目に恐怖が浮かんだ。ゼインと戦い、その恐怖が全身に刻み込まれたようである。リアと関わらないと言ったマティアスの言葉に、リアはようやくホッと胸を撫で下ろした。


 ♢♢♢


 宿屋を出たあと、ゼインはリアに思わぬことを言い出した。


「マティアスは明日出発させるが、俺も一緒に王都へ行くつもりだ」

「え? どういうことですか?」


 リアは彼の意図が分からず、ポカンとしている。


「向こうが売ってきた喧嘩とは言え、王家の男を怪我させたのは間違いない。陛下に直接詫びを入れなきゃならん」

「だ……駄目です! 怪我人のマティアス様を連れて王都へ行ったら、下手をするとゼイン様のせいにされてしまいます」

「俺がいる前でマティアスに説明させるから大丈夫だ。あいつだけを王都に返して、変な説明をされたらかえって危ない」

「そ……それはそうですけど……」


 ゼインの言い分はもっともだった。マティアスのことは、二人とも信用していない。今はしおらしくしていても、王都に帰って「ゼインにやられた」と大声で騒ぎ立てるかもしれない。


「だから俺が直接言って話をするのが一番いい。大丈夫だ、すぐに戻ってくる」


 リアはゼインを見つめながら考えた。すぐに戻る、大丈夫だ――この国では、この言葉を信じて待ち、家族や大事な人と永遠の別れを経験した者が大勢いる。長年続いた魔族との戦は、人々の心に暗い影を落とした。リアはゼインと離れることに、急に不安が襲った。


「……だったら、私も一緒に行きます」

「何を言う。リアは駄目だ、教会の連中はリアが戻るのを今か今かと待ちかまえているんだ。王都に行ったら帰れなくなる」

「そんなことにはなりません。だって私はゼイン様の妻ですから。夫婦は共に暮らすものです、そうでしょう?」


 今度はゼインが戸惑った顔をした。二人が偽装結婚をする羽目になったのは、大聖女アズーラがリアを王都教会の教会長補佐にしようとしたからだ。ゼインと夫婦になれば、リアは英雄の村で暮らすと宣言でき、彼らはそれを止められない。英雄の村で暮らしたいと言ったリアの為、ゼインはリアを妻にすると言い、二人は偽の夫婦となった。


「分かった。それなら一緒に王都へ行くぞ」

「はい、急いで旅支度ですね」


 諦めたように頷いたゼインと、笑顔で頷くリア。二人は急いで旅支度を済ませ、マティアスたちと一緒に王都へ向かうことになった。

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