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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第57話 侮辱

 マティアスが村に来るかもしれない、とゼインに言われたリアだったが、彼は少し大げさに話しているだけだろうと思っていた。バークス王に王宮から追放され、王家の後ろ盾のないマティアスはもはや怖い存在ではない。彼がレーイン村の試練に連れてきた有能な騎士と最強の護衛は、ロベルト王太子の部下なので、彼らが協力することもないだろう。いくら兄が弟を可愛がっているとしても、さすがにもう弟の為に王の命令を無視することはないはずだ。


 ――そう思っていたリアだったが、マティアスは本当に村にやってきた。


 その時リアは、ローズに娘ペギーの世話を頼まれていたので、一人でローズの家にいた。ローズと夫のヴィクターは牧場の仕事があり、外に出ていた。

 ペギーのお絵描きを見守っていたリアのところへ、血相を変えたローズが飛び込んできた。


「お帰りなさい、随分早いですね?」

「リア様! 絶対にここから外に出ちゃ駄目よ!」


 ローズは息を切らせながらリアにまくし立て、慌てた様子で開けていた木の窓をバタンと閉じた。窓から差し込む明かりが消え、部屋は真っ暗になる。


「どうしたんですか? 昼間なのに」

「マティアスが来たのよ! 今広場にみんな集まって足止めしてるところなの。だから絶対に外に出ないで!」

「マティアス様が……⁉」


 リアは驚きで言葉が出ない。手紙が届いてからわずか三日、まさかこんな早くにマティアスが来るとは想像していなかったのだ。


「ああ、どうしよう。ゼインは狩りに行っちゃったし。とりあえず腕に覚えのある男たちを集めた方がいいかしら」

「落ち着いてください、ローズさん。フォリー様は今どこに?」

「薬草を取りに行くと言って森に入っちゃったの。呼び戻すとしてもどこにいるか……」


 顎に手を当て、考えを巡らせていたリアはハッとなり、顔を上げた。


「私が森へ行きます」

「何言ってるの⁉」


 ローズは驚いてリアに聞き返した。


「森にいる『使い魔』たちに頼んで、フォリー様を探してもらいましょう」

「駄目よ、リア様を一人で森に行かせたら、私がゼインに怒られちゃう!」

「私は一人じゃありません。使い魔たちがついていますから」


 リアはローズを落ち着かせるように、ゆっくりと語りかけた。慌てていたローズはようやく呼吸を整え、ペギーを抱き上げた。


「……分かったわ。マティアスのことは任せて。森には絶対に近づけさせない」

「お願いします、ローズさん」


 二人は無言で頷き、リアは急いでローズの家を出た。ローズの家は村の広場からは離れた場所にあり、森に近い。村人たちが広場で足止めをしてくれているなら、マティアスがこちらへやってくる可能性は低いだろう。それでもリアは後ろを気にしながら、急ぎ足で森へ向かった。


 村のすぐ隣には深い森がある。リアはここへ毎朝通い、森の中にある女神像へ祈りを捧げている。だからリアは森を歩くことに慣れている。

 

 森の中にはフォリーが使役している『使い魔』と呼ばれる妖精たちが住んでいる。彼らは小さな人間のような形をしていて、人間の言葉は話せないが、村人たちには好意的な生き物だ。フォリーの命令には絶対に従い、フォリーから魔力を分けてもらってどんな力仕事もこなす。普段は森の中に住処を作り、好き勝手に遊んでいる様子が時々見られる。


 リアは早速使い魔たちの住処へ向かった。彼らは木の上に鳥の巣のような家を作っている。


「こんにちは。ちょっとあなたたちにお願いがあって来たんです」


 リアは木の上にある家を見上げながら声を張り上げた。少し間があって、家の中から二つの頭がぴょこっと覗いた。


「村にマティアス様が来たんです。ゼイン様は狩りで村にいなくて……今村のみんなが足止めしてくれているところです。だからフォリー様にすぐに村に戻ってもらいたいんです。どうかフォリー様を呼んできてもらえませんか?」


 二匹の使い魔は顔を見合わせ、口をパクパクさせながら何か話し合っていた。そして家から勢いよく使い魔たちが飛び出してきて、リアに向かってよく分からない言葉を話した。リアは彼らの言葉が分からないが、彼らがリアの願いを聞いてくれたらしいことは分かった。使い魔たちは木から木へ器用に飛び移り、あっという間に遠くへ消えてしまった。


「凄い……私もあんな風に飛べたらいいのに」


 使い魔を見送りながら、リアは独り言を呟いた。体つきは小さな子供のようなのに、恐るべき跳躍力でどんな高い場所も恐れずに飛び回る彼らを、リアは時折羨ましいと思うことがある。


 ♢♢♢

 

 切り株に腰を下ろしてしばらく待っていると、フォリーが一匹の使い魔と一緒に戻ってくるのが見えた。慌てて立ち上がり、フォリーの元に駆け寄る。


「フォリー様、急に呼び戻したりしてすみません」

「構いませんよ、そろそろ戻ろうとしていたところでしたから。それでリア様、マティアスが来たというのは本当ですか?」

「私はまだ会っていないんですけど、どうやらそうみたいで……ゼイン様がまだ狩りから戻っていませんし、どうしようかと」


 フォリーは厳しい表情で腕組みをした。


「まさかゼインの言うとおりになるとは思いませんでした。僕も村のみんなも、ゼインは少し心配しすぎじゃないかと思っていたんですが……」

「私もです。マティアス様は何が目的でここまで来たんでしょう? 私とゼイン様が結婚したという話は、王国中に広まっているはずですよね?」

「そのはずですよ。でも彼にとってはそんなこと、どうでもいいのかもしれませんね。マティアスは王宮から追放されているはずですし、彼が無理やりあなたを連れていくことなどできないはずですが……まあ、だからこそあの男はここまで来たのかもしれません」

「どういうことですか?」


 不安げな顔でリアはフォリーを見る。


「彼は王家の力が使えない以上、実力行使するしかないわけです。それがわざわざ村まで来た理由でしょう。ゼインが戻るまで、僕がなんとか彼を説得します。ご安心ください、リア様。もうマティアスの思いどおりになどさせませんよ」

「ありがとうございます、フォリー様」


 フォリーは不安そうなリアを安心させるために微笑んだ。


「既に使い魔に、ゼインを探しに行かせています。恐らく東の森辺りで狩りをしているはずですから、すぐに戻ってきますよ」

「よかった……何から何まで助かります」


 リアはホッとしたのか、ようやく笑顔が戻った。


 ♢♢♢


 ――村の広場では木こりのブライアスがマティアスと睨みあっていた。ブライアスの後ろには続々と村人が集まってきて、広場は騒然としている。


「さっさと帰れって言ってんだ! リア様はあんたとは会わねえ!」

「お前といくら話しても無駄だ。俺はリアに大切な話があると言っているんだ。早く案内しろ」


 マティアスはこの状況でも尊大な態度で、ブライアスがいくら凄んでも全く怯まない。マティアスは護衛もなく、連れてきたのはお世話役の使用人と馬車を操る御者の二人だけ。それでも彼はアクリア王国の第二王子として育った男だ。彼の後ろには今でも王家がついていると言わんばかりの態度だった。


 フォリーは広場の騒ぎを見て「やれやれ」と呟くと呼吸を整え、集まった村人たちをかき分けてマティアスの前に立った。


「何だ? お前は」

「僕は魔法使いフォリーです。村長のゼインが不在のあいだは、僕が話を聞きましょう」

「お前には用はない。リアのところまで案内しろ」

「突然訪ねてきてリア様に会わせろ……穏やかじゃないですね。用件はなんでしょうか? 僕が代わりに聞きますよ」

「お前には用はないと言ってるのが聞こえなかったのか? 話はリアに直接する」


 マティアスはフォリーの話にも聞く耳を持たない。ブライアスは苦虫を噛みつぶしたような顔で「この男、話が通じんのだ」とフォリーにぼやいた。


「リア様はあなたに会いたくないと言っています。なので僕が代わりに話を聞き、伝言があればお伝えします」

「さっきからなんなんだ、お前は。魔族の『穢れた血』の癖に、この俺に指図する気か!」


 マティアスの言葉に、その場の空気が固まった。フォリーは表情こそ崩していないが、その瞳には動揺が浮かんでいる。魔族と魔法使いが同じ種族であることから、魔法使いを侮辱する者はたまにいる。

 フォリーの人当たりの良さは、そういった悪意を受け流す為だ。魔族だと疑われたり、マティアスのように侮辱されたり、彼は様々な嫌がらせを受けてきた。長い人生で彼はうまく生きていく為の処世術を身に着けた。それでも彼は決して、侮辱に慣れたわけではない。


「おい! フォリーに謝れ!」


 一瞬固まっていたフォリーに代わり声を上げたのは、ブライアスだった。その声を皮切りに、村人たちは次々とマティアスに向かって叫びだす。


「フォリーに謝れ!」

「フォリーに向かってなんてこと言うんだ!」


 騒ぎ出す村人たちにマティアスは「黙れ!」と声を荒げた。それでも村人たちの声は収まらない。フォリーは村人たちが自分の為に怒っている姿を見て、一瞬口元を緩めたあと再び気を引き締めてマティアスを睨んだ。

 騒ぐ村人たちにマティアスの苛立ちは次第に募り、とうとうマティアスは腰に下げた剣に手をかけた。


「黙るのはお前の方だ、マティアス」


 その時、マティアスの後ろから低い声がした。マティアスが目に怒りを浮かべたまま振り返ると、そこに立っていたのはゼインだった。

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