第56話 手紙
季節は夏になり、毎日暑い日が続いている。
英雄の村で暮らすリアには、最近新しい楽しみができた。魔法使いフォリーが買ってきてくれた古着のワンピースを、自分好みに直しているのだ。長すぎる裾は短く切り、邪魔になる飾りは取り、ぶかぶかな腰回りを詰める。王都の古着屋にあるドレスはどれも生地がしっかりしていて、仕立てもいいものばかりだ。余った生地でローズの娘、ペギーへ贈るリボンを作ったり、巾着袋を作ってみたりと毎日を楽しんでいた。
「リア様、ちょっといい?」
今日は『祈りの間』で村の子供たちに読み書きを教える日だった。教会に顔を出したローズが、リアに向かって手招きをしている。リアは子供たちに「少し待っていてね」と声をかけ、ローズの元へ向かった。
「ローズさん。どうかしました?」
「さっき行商人から預かったの。これをリア様に渡してくれって」
「私に……?」
怪訝な顔で手紙を受け取ったリアは、封蝋を見て眉をひそめた。
「誰から?」
「……マティアス様からです。前にも手紙が届いて、ゼイン様には無視するようにと言われたので、返事を書かなかったんですけど、また手紙が……」
ローズはマティアスの名を聞くと、あからさまに顔を歪めた。
「マティアス⁉ リア様とはとっくに婚約解消して、もう関係ないはずでしょ? なのになんで手紙を?」
「そうなんですけど……私に謝りたいとかなんとか……」
「今さらなんなの? リア様、この手紙は読まずに捨てた方がいいわ。どうせろくなこと書いてないんだから」
そう言いながらローズはリアから無理やり手紙を取り上げた。
「待ってください。念のため、中身を確認します」
「いいえ、リア様は読んじゃ駄目。これはゼインに確認してもらうわ。それまで私が預かっておくわね」
「……すみません。ありがとうございます」
リアが恐縮しながらお礼を言うと、ローズは「気にしないで」と笑いながら教会を出ていった。マティアスがレーイン村の試練を手伝わせる為に、リアを利用して更に拘束しようとしたことは、村人たちも当然知っている。彼らのあいだでマティアスの評判はすこぶる悪い。ローズの怒りも当然であった。
今から少し前、マティアスから一通目の手紙が届いた。リアは手紙を受け取り、中身を読んでしまった。迷惑をかけたとか反省しているなどという彼の一方的な謝罪が、びっしりと綴られていた。困惑したリアはゼインに相談したが、ゼインの返答はただ一言「捨てろ」だった。リアもマティアスと会う気などなかったので、その手紙はかまどに入れて燃やしてしまった。
返事を出さなければ、もう手紙を送ってくることはないだろうと思っていたリアだったが、その予想は外れた。マティアスからの手紙は続けて何通も届いた。
手紙の内容は徐々に変わり、彼の近況が詳しく書かれるようになった。なかでもリアが驚いたのが、ルイーゼとは別れたという一文である。子供が生まれて彼女は変わった、ルイーゼはひどい女だ、などというマティアスの勝手な言い分が並ぶ。それは殆ど愚痴のようなものだった。
(陛下を怒らせてまで二人は一緒になったはずなのに)
リアは腹の中がむかむかして、読んだ手紙は全てかまどに放り込んで燃やした。
二人はリアに散々辛く当たった挙句、掟破りまでして愛し合い、結ばれたはずだった。王都を出て二人静かに暮らし、子を育てていくのだろうとリアは思っていた。だがどうやら二人は上手くいかなかったようである。
(もう私のことは忘れたと思っていたのに……)
マティアスのことなどすっかり頭から消えていたリアにとって、再びマティアスの影がちらつくことは不快だった。
♢♢♢
その日の夕食の時間。リアは食事の支度をしていて、パンを切り分けて皿にのせていた。するとドカドカと荒い足音がして、キッチンにゼインが現れた。ゼインは不機嫌そうな顔で、テーブルに手紙を叩きつけるように置いた。
「お帰りなさい……」
足音に振り返ったリアは、テーブルの上にある手紙を見て顔をこわばらせた。
「中身を確認した。リア、しばらく村の外には出るな」
「手紙には何が書いてあったんですか?」
ゼインは手紙を指さし、苛立ったように指でトントンと叩いた。
「口にするのも不愉快だが。リアを英雄ゼインから救ってやる、自分だけがリアを助けてやれるから信じて待ってくれと書いてある」
リアはポカンとした。
「救ってやるってどういうことですか?」
「知らん。あいつの手紙はわけがわからん」
ゼインの口調に怒りがにじんでいる。リアは困惑したまま、手紙に目をやった。マティアスが以前から我がままで自分勝手な男だったのは知っている。だが子供が生まれたばかりのルイーゼと別れたあげく、元婚約者に手紙を送りつけるマティアスの無神経さに、さすがのリアにも怒りが沸き上がる。
「あれだけのことをして、陛下から王位継承権まで取り上げられたというのに、この人は一体何をやっているんでしょう?」
「全くだ。いくらなんでも、さすがにここまで押しかけてくることはないだろうと思っていたが、こう手紙が続くようだと、奴が直接村に来ることも覚悟しないとな。村の中なら俺たちが守ってやれるが、外はそうはいかない。だからリア、しばらく村の外には出るなよ」
「分かりました……でも、本当に村に来るとは思えないんですが」
「いや、あいつは必ず来る。女と別れ、子供を捨て、王宮には戻れない。あいつにはもうリアしかいない」
「そんな……」
リアは寒気を感じ、思わず自分の腕をさすった。
「心配するな。リアは誰にも指一本触れさせない」
ゼインはじっとリアを見つめながら、きっぱりと言い切った。リアはその言葉がマティアスから守るという意味であると分かっていても、ゼインの言葉に胸を掴まれるような感覚を覚えた。
ゼインの嫌な予感が当たったのは、それから三日後のことだった。




