第6話 ゼインの目的
リアは先を歩くゼインの後を追った。二人は村を抜け、森へと入る。
森の中も瘴気で枯れた木が目立つ。大きな石が転がっていたり所々ぬかるんでいたりと、足場がとても悪い。ゼインは頑丈なブーツでどんどん先へと進んで行くが、リアは遠ざかる背中に着いていくのに必死だ。
ゼインはふと立ち止まり、振り返った。急ぎ足のリアを黙って見つめ、近づいたのを確認すると再び前を向いて歩き出す。
(まるで私を先導する犬みたい)
リアはそんなことを思い、口元に笑みが浮かんだ。
しばらく歩いていると、リアは古ぼけた女神像が森の中にポツンと立っているのを見つけた。ゼインは女神像の前で立ち止まり「ここだ」と言った。
(こんなところにも女神像があったなんて……)
リアは息を飲んで女神像を見つめた。聖女たちの始祖とされる聖女エラを模して作ったものだ。この女神像は国中にあり、聖女たちは女神像に毎日祈りを捧げている。
ここの女神像は石の台座に置かれていて、木彫りではなく石を彫ったものだ。ずいぶん長い間放置されていたようで、顔はところどころ欠けていて、全体に苔がびっしりと生えていた。不思議なことに、女神像の周囲だけは青々とした緑が広がっていた。
ゼインは女神像についた汚れを軽く手で払いながら話し始めた。
「この女神像は昔、森を守る為にここに置かれたものらしい。村にも昔は聖女がいたが、俺が子供の頃に最後の聖女が死んでから、女神像はずっと放置されていた。この森は五年前、魔族の襲撃で瘴気に侵された。水が汚染され、作物は全て枯れた。生き残った村人も全て村から出ていった。それ以来、村はずっと無人のままだ」
リアは黙ってゼインが話すのを聞いていた。どうやらゼインの村は聖女が長い間不在だったようだが、その割には教会はあまり痛んでいなかった。村人の誰かがずっと管理していたのかもしれない、とリアは思った。
「聖女リア。あんたにはこの土地の呪いを解いてほしい。水が綺麗になれば作物が育ち、食べ物が採れる。そうすれば出ていった村人も戻ってくるだろう」
(ああ……そういうことだったのね)
リアはこの時、ようやくゼインの真の目的を知った。英雄ゼインが褒美にリアを欲しいと言った理由は、村を元の姿にするためにリアの力が必要だったからだ。
「分かりました。少し、時間がかかるかもしれませんが、必ず呪いを解いてみせます」
「頼む」
ゼインは頷くと「次はこっちだ」と来た道を戻った。村に戻った彼が案内したのは、外れにある小さな井戸だった。
「他の井戸は瘴気で汚染されていて使えない。無事なのはここだけのようだ。この井戸は地下深くからくみ上げているから無事だったんだろうな。そういうわけで、しばらくはこの井戸を使ってくれ」
「分かりました」
「まずは他の井戸を早く使えるようにしたい。このままだとまともに暮らせないからな」
そう言い残し、ゼインは先に戻っていった。その場に一人残されたリアは、改めて村の様子を観察した。人がいなくなれば、いつの間にか植物がその場を覆いつくすものだが、この村は黒い土と枯れた木ばかりが目立ち、緑はほとんどない。村の近くにある森も似たような状況だった。リアが森の瘴気を浄化しないと、村の大地も元に戻らない。井戸水を元に戻すためには、村だけでなく森の瘴気も取り除くことが必要だろう。
魔族の王ウィラードは倒され、戦は終わった。だが完全に平和になったわけではない。ここと同じように誰もいなくなった朽ち果てた村が、国中あちこちにあるという。
リア一人でこの広大な土地を元に戻すのは大変な作業になる。リアには自信がなかったが、彼女にしかできないことだ。
(私がやらなければ)
これはリアにとって、経験したことのない大仕事になる。
♢♢♢
その夜はゼインの家で夕食を取ることになった。魔法使いフォリーは庭に石を組み上げただけの簡単なかまどを作った。といっても、実際に石を組み上げたのは彼の使い魔たちである。薪をくべ、フォリーが魔法で火をつけると、あっという間にかまどらしい姿になった。
大木の下に簡素なテーブルと椅子も作った。使い魔たちはとても優秀で、様々なものをいとも簡単に作り上げる。彼らはフォリーにだけ忠誠を誓っていて、普段は人目を避けて生活しているという。
「フォリー様は使い魔たちを上手く操って……お若いのに本当に凄い魔法使いなんですね」
「お忘れですか? リア様。魔法使いは人間と生きる時間が違うのです。僕の見た目はゼインと同じくらいに見えるでしょうが、実際の年齢は彼の三倍くらいですからね」
「あっ……そうでした。ごめんなさい、魔法使いの方とこんなに沢山お話したのは初めてで……」
フォリーは「おや、そうでしたか」と笑う。魔法使いはそもそも数が少なく、静かな場所でひっそりと暮らしている者が多い。王宮に出入りして占いなどをする魔法使いもいるが、彼らとリアは殆ど接点がなかった。
ゼインはずっと忙しそうに働いていた。王都から持ってきた荷物を彼の家に運んでいて、何度も荷物と家を往復していた。どんなに重そうな荷物でも、彼は軽々と持ち上げる。リアも手伝おうとしたが、ゼインに「あんたは座ってろ」と睨まれてしまった。
「今日はこの肉を焼くぞ」
片づけがひと段落したようで、ゼインは荷物の中から肉の塊を持ってきた。真っ赤な肉はいかにも新鮮で、リアはいつの間にそんなものを彼が手に入れたのかと不思議に思った。
「どうしたんだい、美味そうな肉じゃないか……猪の肉かい?」
「そうだ。最後に泊まった宿屋の主人に分けてもらった。上等な蜂蜜酒もくれたぞ」
「そりゃ凄い。でもその肉……まさか呪われてはいないだろうね?」
フォリーは疑り深く肉を観察していた。彼が恐れるのは当然だった。瘴気で汚染されたものを食べた動物は、人間と同じように呪われる。知らずにその肉を人が食べれば呪いが移ってしまうのだ。その為、獣を狩る場所は安全な場所に限られていた。
「ちゃんと瘴気のない場所で狩られた猪だ、心配ない。色も悪くないしな」
「そりゃよかった」
ホッと笑顔を浮かべるフォリーとは対照的に、ゼインは険しい顔をしていた。
「この辺りの獣は、呪われていて食えないからな。国王から干し肉や塩漬けの魚はたんまりとせしめたから、当分は食料に困ることはないが……早いところ呪いを解かなければ、ここで暮らしていけない」
「大丈夫さ。聖女リア様が呪いを解いてくださるんだから」
フォリーは笑顔でリアに声をかけた。リアはこわばったような笑みを浮かべながら「……はい」と答えるしかなかった。
どうやらリアの想像以上に、彼女の役目は大きいようである。一刻も早く呪いを解かなければ、自分たちが食べるものもなくなってしまうのだ。
ゼインは慣れた手つきで肉を切り、塩をすりこむと串に刺してかまどで炙り始めた。肉の焼けるいい匂いと煙が、薄暗くなった空に流れていく。
「食べろ。あんたには力をつけてもらわないといけないからな」
ゼインは焼けた肉を串から外し、皿に乱暴に乗せてリアに差し出してきた。
「ありがとうございます」
お礼を言い、リアは皿を受け取る。こんがりとした焼き目の猪肉はいかにも美味しそうで、リアのお腹が思わず鳴った。
「それでは蜂蜜酒で乾杯といこうか」
フォリーはコップに酒を注ぎ、三人の前に置いた。
「すみません、私はお酒が飲めないので……」
「おや、そうでしたか」
「あ、でも……少しだけならいただきます」
リアは恐る恐る、コップに注がれた蜂蜜酒の匂いを嗅いだ。甘くていい匂いがする。一瞬子供でも飲めそうな錯覚を覚えるが、酒の濃度は高い。一口だけ飲んだリアは、喉が焼けるような感覚を覚え、その場でむせてしまった。
「聖女様には刺激が強すぎましたか」
「すみません」
フォリーは笑い、リアからコップを取り上げた。
「ゼインたちが来るまでは、ずっと一人で食事をしていたから寂しかったよ」
「使い魔がいるから、寂しくないだろ」
「使い魔と食事をして何が楽しいんだ。僕がいくら話しても彼らは僕を無視するし」
「お前が無駄口ばかり叩くから呆れられてるんだろ」
ゼインが言うとおり、フォリーはよく喋る男だった。ゼインと二人だけの生活を想像していたリアにとって、フォリーの存在は有難かった。ゼインは口数が少なく、いつも怒っているような険しい顔をしていて、リアとは用がなければ話そうともしない男だ。
いつまでフォリーがこの村にいるのか分からないが、できるだけ彼には長く村にいてもらいたい。そんなことを思いながら食べる猪肉は、体中から力が湧いてくるような、命の味がした。




