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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第53話 お土産

 リアとゼインは英雄の村で、平穏な日々を送っていた。

 アイアングレイ家のマーカスとケイトリンが北部に帰り、村人たちはいつもの生活を取り戻した。突然やってきて「ゼインとケイトリンを結婚させたい」などと言い出したマーカスに、ゼインは全く聞く耳を持たなかった。


「俺の妻はリアだけだ」


 リアとゼインは教会を欺く為に『偽装結婚』をしているが、しばしばそれを忘れそうになるリアである。当然のように自分の妻はリアだ、というゼインに、リアの心はざわざわと波だった。


(ひょっとして、ゼイン様は本当に私を妻にしたいのかしら?)


 そう考えるたびにリアは(そんなはずない)と自分を否定した。ゼインは六年前の襲撃で妻を亡くしている。ゼインは「気にするな」と言うが、リアは今でも彼が亡き妻を愛していると思っている。


 ゼインが時折、こっそりと妻の墓を訪れていることをリアは知っている。ゼインが傭兵団にいた頃、どんなに仲間にけしかけられても女性に手を出さなかったことも、リアは知っている。なぜならゼインの仲間たちは時折、リアに傭兵団時代のゼインの話をこっそり聞かせていたからだ。


「――それで、酒場にいた若い女がゼインに狙いを定めてな。ゼインにしなだれかかって離れないときた。そしたらゼインのやつ、迷惑そうに女を振り払ったんだ。俺たちはもったいないことをしたなって笑ったんだが、あいつはただ一言『不愉快だ』って言うだけだったのさ」


 仲間のブライアスは笑いながらリアにそんな話をした。どこへ行ってもゼインは女性に見向きもしなかったと彼らは話した。


(ゼイン様が心から愛しているのは、亡くなった奥様だけなんだわ)


 ゼインの復讐は亡き妻の為でもある。リアがそんなふうに考えるのは当然のことだった。

 

 二人が同居生活を始めてからしばらく経ち、リアもだいぶこの生活に慣れてきた。初めはゼインと出くわすたび、まるで幽霊でも見たかのように驚いていたリアだったが、ようやく落ち着いて生活ができるようになってきた。

 ゼインは手先が器用で何でもこなす。料理も上手で、ゼインが獲ってきた獣は彼が串焼きにしたりシチューにしたりした。他にも彼はガタついた椅子を直したり、屋根の修理をしたり、リア一人ではできない力仕事をなんでもやった。リアは代わりにゼインの服を繕ったり、洗濯や掃除をする。傍目から見れば、二人は完全に上手くいっている夫婦である。


 ただ、二人は正式な結婚の誓いをしておらず、誓いの指輪もない。どこか宙ぶらりんな関係のまま、時だけが過ぎていた。


 ♢♢♢


 そんな日々が続いていたある日、ようやく旅をしていた魔法使いフォリーが村に戻ってきた。彼は行商人の荷馬車に乗せてもらっていて、荷馬車には多くの荷物を積んでいた。


 フォリーが戻ってきたという村人からの知らせを聞いたリアは、早速彼を出迎えに村の広場へ向かった。ゼインは先に広場に着いていて、フォリーと何やら話し込んでいる。


「――あ! リア様。ただいま戻りました」

「お帰りなさい、フォリー様」


 リアに気づいたフォリーはパッと笑顔を見せる。


「ゼインから聞きましたよ。北部の領主が来ていたみたいですね?」

「そうなんです。つい先日帰られたところで」

「北部の領主がゼインを娘と結婚させようと考えていたとは。やはり、魔族との戦が終わると次に始まるのは権力争いですか」


 ゼインは眉間の皺をますます深くさせ、ため息をついた。


「馬鹿げた争いに俺を巻き込むな。迷惑極まりない」

「こんな話は序の口だよ。これからお前を利用しようと様々な連中が近づいてくるだろう。しばらく王都へは行かない方がいいね」

「分かっている。妙な奴が来たら全員追い返すつもりだ」

「頼むから荒っぽいことはしないでくれよ? それより北部と言えば、王都で気になる噂を聞いたんだ」

「気になる噂?」


 ゼインが首を傾げると、フォリーは占い師フォリーから聞いた『死のワイン』の話をした。王都の貴族や商人が死のワインを飲み、呪いにかかったという。そのワインはどうやら北部から持ち込まれたものらしい、という噂だ。


「――死のワインを王都に持ち込ませたのが、北部のアイアングレイ家だというのか?」

「分からないけど、あくまでそういう噂があるってだけだよ」


 話を聞いていたリアは、慌てて二人に向かって「まさか、彼らがそんなことをするとは思えません!」と訴えた。


「リアはあいつらを信用しているのか? 勝手な理由で俺たちを巻き込んだ奴らだ」

「そうですけど、あの人たちがそんなことをするとは思えません。彼らはいい人たちでした」

「リア様。たとえ彼らがいい人たちだったとしても、それとこれとは別です。彼らは目的があれば、死のワインをばら撒くこともするでしょう」

 

 訴えるリアに、フォリーは穏やかな口調で、しかしはっきりと言い切った。リアは更に言い返そうとしたが、何も言えなかった。アイアングレイ家のことを深く知っているわけではない。マーカスも娘のケイトリンも悪い人間とは思えないが、家の再興の為にゼインを奪おうとした。それを思うと、リアはフォリーの意見に頷かざるを得なかった。


 暗い表情のリアと険しい顔のゼインを見ながら、気まずい空気を変えようとしたフォリーは、わざとらしく「あ、そうだ」と声を上げた。


「ゼイン。頼まれていたものを買ってきたんだ。見てくれ」


 フォリーは荷馬車に積まれている彼の荷物を指さした。それを見たゼインは突然焦った顔になる。


「今はいい。あとで見る」

「なんでだよ、今見たらいいじゃないか。ちょうどリア様もいるんだし」

「?」


 リアは笑いながら自分を見るフォリーに首を傾げた。ばつが悪そうな顔のゼインは落ち着きがなくなっている。フォリーはゼインを見てニヤリとしたあと、荷馬車の荷物を下ろして、袋の中身を取り出した。


「これはゼインから頼まれたものですよ。リア様の新しい聖女服です」

「え……」


 フォリーから手渡されたのは、真新しい聖女服だった。聖女たちは教会から支給される『聖女服』をいつも着ている。灰色の長いローブで、手足をすっぽりと覆うデザインのものだ。

 リアは洗い替えを含めて数着持っていたが、長く着ていたのでだいぶくたびれていた。破れたところは自分で繕い、大事に着ていたのだが、さすがに古さは隠せなくなっていた。それを見たゼインが、フォリーに「王都で聖女服をもらってきてくれ」と頼んでいたのである。


「教会ではリア様のことを根掘り葉掘り聞かれましたよ。いつでも王都に戻ってきて欲しいと皆さん話してました」

「そうですか……わざわざありがとうございます。ゼイン様も、私の為にフォリー様に頼んでくださったんですね」


 フォリーにお礼を言ったあと、リアはゼインに向き直った。ゼインは目を逸らしながら「別に、ついでだから頼んでおいただけだ」と口をもごもごさせている。

 リアは聖女服をぎゅっと胸に抱きながら(ゼイン様のこんな表情、初めて見たわ)と思っていた。つい笑みがこぼれそうで、リアは表情を隠すのに必死だ。


「これだけではないですよ? リア様の服を色々買ってきました。気に入ってもらえるか分かりませんが」


 フォリーは微笑みながら別の服を取り出した。数着あってどれも古着だが、華やかな色合いのワンピースばかりだ。


「凄い……こんなにいただいていいんですか?」

「ええ、もちろん。サイズがリア様に合うか分からないんですが」

「直しますから、大丈夫です。ありがとうございます」

「お礼はゼインに言ってください。僕は彼に頼まれて買ってきただけですから」

「えっ、これもですか?」


 リアは思わずゼインを見る。当のゼインは気まずさを隠す為なのか、ムスッとした顔で「ついでだ」と呟いた。


「ゼイン様、ありがとうございます」

「……リアは俺と一緒に、急に王都を出ることになっただろ。荷物もろくに持てなかったんじゃないかと思ってな」


 リアがゼインに『国を救った褒美に欲しい』と言われ、急遽王都を出ることになった日。リアは急いで支度をしたが、その荷物は王子の婚約者だった女にしては非常に少なかった。それをゼインは(急いで出発することになったから荷物を持てなかったのだろう)と思っていたようだ。ゼインがそのことを気にしていたと知ったリアは、笑顔で首を振る。


「ああ……大丈夫です。私、もともとそんなに荷物がなかったので。でも、凄く嬉しいです。ありがとうございます」


 リアが丁寧にお礼を言うと、ゼインは照れくささを隠すように腕組みをして、目を逸らした。


「そうだゼイン。王都ではゼインの名が付いた土産物を見たよ。どこもかしこもお前の名ばかりだ」

「どうやらそうらしいな。アイアングレイ家の連中が話していた」

「なんだ、知ってたのかい。話のネタに一つ買おうかと思ったけど、商人を儲けさせるだけだからやめろと友人に言われたよ。あんな勝手な商売、放っておいていいのかい?」

「王都で勝手にやってる商売だろ。放っておけ、俺には関係ない」

「自分の顔が描かれたタペストリーが売られてるってのに、心が広いね」


 呆れたようにフォリーは笑うが、ゼインは「王都のことは知らん」と素っ気ない。


「まあ、ゼインがそう言うならいいけど。でもリア様の名が付いた土産物もあったし、二人の顔が並んだ絵皿も見かけたよ。顔は全く似ていなかったけどね」

「リアのもあるのか? 全く……」

 

 ゼインは呆れた顔で呟く。自分の名前が書かれた土産物があると知ったリアは困惑顔だ。元々リアは第二王子マティアスの婚約者だったので、王都では名が知られている。婚約当時は二人並んだ絵葉書や絵皿が売られていたこともあったが、残念ながらマティアスの人気はあまりなかったようで、さっぱり売れなかったのだ。


(そう言えば、マティアス殿下とルイーゼは今ごろどうしているのかしら)


 ふとリアは二人のことを思い出した。彼らと最後に会ったのは、冬の始まりに王宮でバークス王に謁見した時のことだった。そこで王は突然マティアスを断罪し、王位継承権をはく奪した。ルイーゼは教会の最高権力者である大聖女アズーラによって聖女の称号を失い、教会から追放された。二人は一緒に王都を出ていったはずである。

 

 ルイーゼはあの場で妊娠していることを暴露された。相手はもちろんマティアスだ。ルイーゼは身体に取り込んだ呪いの影響が残っている状態で、妊娠してしまった可能性があった。二人の行為は王家の掟と教会の掟、どちらも破るものだった。


 無事に子供が育っていれば、今ごろルイーゼのお腹は相当大きくなっているはずだ。あと二月(ふたつき)もすれば生まれるかもしれない。ルイーゼの子がその後どうなるのか気がかりだが、それを知ったとてリアにはどうすることもできない。もうリアには関係のない話なのだ。

 

「リア様? どうしました?」

 ぼんやりしているリアに、フォリーが声をかける。

「あ、いえ。何でもありません。それより……名前だけ書かれた土産物が、そんなに売れるんでしょうか?」

「らしいですよ。流行りというのは不思議なものですね」


 遠く離れた王都では英雄ゼインと聖女リアの存在が、一種の流行のようになっているようだ。小さな村で暮らす二人にとっては、まるで別世界の出来事にも思える話だった。

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