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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第51話 魔法使いフォリーは友人に会う

 さて、英雄の村に北部の領主がやってきて大騒ぎをしていた頃、魔法使いフォリーは何をしていたのか。


 フォリーは友人と久々に会う為、王都へやってきていた。彼は若い頃から王国各地を転々としていて暮らしていた男だ。一時期は王都で暮らしていたこともあり、友人とはその時からの付き合いである。

 

 城下町にある小さな酒場の片隅で、フォリーと友人はテーブルを囲んでいた。その友人とは『占い師フォリー』である。バークス王から信頼を得ており、王宮に自由に出入りを許されている人物だ。二人は年齢がほぼ同じなので、傍目には三十代くらいに見えるが、実年齢はどちらも百歳近い。長い銀色の髪と女性のような美しい顔をしているフォリーとは対照的に、同じ銀色の髪でもヨークは短髪で神経質そうな顔立ちだ。


 二人はエールを飲むことよりも会話に夢中の様子だ。テーブルに二つ置かれたカップの中身は殆ど減っていない。久しぶりに友人と会ったフォリーにとっては、彼から王都の情報を得られる貴重な機会なのだ。フォリーは彼から王宮内の様々な噂を仕入れていた。


 王宮を賑わせている噂の一つは、第二王子マティアスに関することだ。冬が始まる頃、マティアスは聖女ルイーゼとのあいだに子供を作った。しかしその子供が『呪いを宿した子』だった為、バークス王から王位継承権を奪われ、王都から追放された。マティアスは聖女ルイーゼと共に、王都から離れた小さな町へ移り住んだとされている。


「――お腹の子供は順調に育っているようだが、マティアス殿下と聖女ルイーゼの関係は悪化しているらしい。二人とも王都で何不自由なく育ってきた。そんな二人が田舎町で人目を避けながら暮らすなんて、そもそも無理な話だったんだろう」

「そうだろうね。でも子供が無事に生まれたとして、陛下はその子供をどうするつもりなんだろうね?」


 フォリーが疑問を向けると、ヨークは周囲をさらに気にしながら声をひそめた。


「ここだけの話だが……実は陛下にある提案をされている。子供が無事生まれ、その子が本当に呪いを宿した『魔族』だった場合にどうするか。その時は俺に、子供の面倒を見てほしいと言われた」

「なんだって? なぜお前が」

「王家の血を引いた魔族をどうするかについては、非常に難しい問題だ。そのまま始末するか、生かして利用するか――陛下は後者を選ぶつもりのようだ。俺の元で『魔法使い』として育て、いずれは『王宮魔法使い』として王家を助ける存在となって欲しいと」

「なるほど、確かに王家の血を持つ魔族の子を放っておいたら、どこでどんな火種になるか分からないからね……でもヨークはそれでいいのかい? 結婚もしたことないのに、いきなり子育てなんてさ」


 フォリーの心配そうな瞳も、困ったような顔のヨークの瞳も、どちらも同じ赤色である。赤い瞳は魔族の証とされているが、彼らは『魔法使い』であって魔族ではない。魔族と魔法使いは元々同じ種族で、育った環境が違う。魔法使いは人間たちと共に生きると決めた者だ。魔法使いであるヨークに、マティアスの子供を託すと決めた王の気持ちは、マティアスを思ってのことに違いない。自分にとって孫にあたる子供を殺さず、ヨークの元で立派な魔法使いに育てようとしているのだろう。


「俺は元々一人で生きてきた。子育てはしたことがないが、長い人生で一度はそういう経験をするのも悪くない。陛下の考えに従おうと思ってるよ」

「そうか。まあ、子育ても意外と楽しいものだよ」


 そう言って微笑むフォリーをヨークは複雑な表情で見返した。


「そう言えばフォリーも、魔族の子を育てていたな。どうやら俺たちはお互い、不思議な因果があるらしい。ウィラードの子とはあれ以来会っていないんだろう?」

「ああ、もう六年前になるか……もう十五歳くらいになっているかな。見た目もすっかり変わってしまっただろうね」


 ぬるいエールを一気に喉に流し込んだあと、ふとフォリーは遠い目をした。


「魔族の子が生きていれば、の話だがな」

「あの子は生きているさ。僕の村に呪いの痕跡があったんだ。きっと僕の顔を見に来てくれたんだよ」

「お前の顔を見に? まさか、考えすぎだろう」


 眉間に皺を寄せ、呆れたようにヨークは笑った。だがフォリーは笑顔で「いや、絶対にあれはウルティオだよ」と譲らない。


「たとえそうだったとしても、もう魔族の子とは会うな。魔族の王ウィラードの実子なんて、トラブルの種でしかない」

「ウルティオは、ウィラードみたいにはならないよ。あの子は心が優しいんだ。僕たちと戦をしようなんて考えるはずがないよ」

「ウルティオはいい子かもしれんが、魔族の残党がウィラードの子を利用しようと考えないわけがない。とにかくもうウルティオのことは忘れるんだ。でないと()()英雄ゼインを傷つけることになるぞ」


 フォリーはゼインの名を聞き、ぐっと言葉を飲み込んだ。フォリーが身寄りのないウルティオを引き取り、ゼインの村で暮らしていた時、魔族がウルティオを取り戻す為に村を襲撃した。ゼインを再び傷つけることになる――そう考えると、フォリーはこれ以上何も言えなくなった。


「……分かったよ。もうウルティオの話はやめよう。それで、最近の王都はどんな感じだい? あちこちの店でゼインの名をつけたものが売られていて驚いたよ。ゼインだけじゃなく、リア様の名をつけたものまであったんだ」


 わざとらしく笑顔を作り話題を変えたフォリーに、ヨークは「ああ、確かに」と苦笑いを返した。


「王都では英雄ゼインの人気がますます高まってるよ。商人たちはなんにでも『英雄ゼイン』の名をつければ売れると思ってる。当然英雄ゼインは知らないだろうな」

「ああ、あいつは全く知らない。村に戻って話を聞かせたら驚くだろうな。試しに何か一つ、土産に買っていこうかと思ってるよ」

「やめておけ。ぼったくり商人をこれ以上儲けさせるな。まあ……これだけゼインの名をつけたものが売れるということは、人々が英雄ゼインを求めている証でもあるわけだ。実際にあちこちから『次の王は英雄ゼインが相応しい』なんて声も聞こえているくらいだ」


 フォリーはヨークの話を聞いて眉をひそめた。ゼインは権力などには全く関心がない男だ。バークス王から、国を救った褒美を何でも与えると言われていたのに、彼が望んだのは村を救う為に必要な聖女リアだった。村で生活する為の当座の食料や物資は受け取ったが、高価な宝石や美しい女など、多くの男たちが当然のように望むものは何も求めなかった。

 彼が望んだのは、生まれ故郷である小さな村を元に戻すことのみ。本来なら国を救った英雄なのだから、爵位を得て土地を治め、領主となってもおかしくはない。だがゼインはそんなことには全く興味がないのだ。


「……王国民がゼインを求めたとしても、彼は嫌がるだろうね」

「本人にその気がなくとも、誰かがゼインを担ごうとするかもしれない。英雄ゼインはそれだけのことをやってのけたんだ。小さな村で静かに暮らしたいと思ったとしても、周りがそれを許さないだろう」


 フォリーは複雑な顔を浮かべながら、残りのエールを飲み干した。ゼインは家族の復讐をしたかっただけで、王になりたいなどと考えてはいなかったはずだ。それなのに周りが静かに暮らすことを許さない。ゼインの今後の人生は、穏やかにとはいかないかもしれない。


「とにかく、ゼインには王都に近づかないよう忠告しておくとしよう」

「それを勧めるね。今後静かに暮らしたいと思っているのなら、王都には近寄らないほうがいいだろう」


 フォリーはため息をつきながら頷き、空になったカップを掲げて「おかわりを頼むよ」と店員に声を上げた。



 ——それからしばらくして、そろそろ席を立とうかという頃。ふと思い出したようにヨークが言った。


「……そうだ、フォリー。王都へ来てからワインを飲んだか?」

「ワイン? いや、まだ飲んでいないけど」

「それならいい。王都ではワインを飲むのをやめておいたほうがいい」

「ワインがどうかしたのか?」

 

 ホッとしたように頷くヨークに、フォリーは怪訝な顔を向ける。するとヨークは周囲に聞こえないよう、フォリーに顔を寄せた。


「この辺りの酒場なら問題はないと思うが……実は王都で最近『死のワイン』が使われ、被害者が出たって話だ」

「死のワインだって……?」


 フォリーは驚きで目を丸くした。彼らが『死のワイン』と呼ぶもの。それはワインにあえて『呪い』を仕込み、暗殺などに利用する為に作られたものである。

 

「王都のある貴族がそれを飲んでしまい、夜中に王都教会に運び込まれたそうだ」

「死のワインとは、久々に聞いた名だな。それでその貴族はどうなった?」

「幸いすぐに呪いが解かれたから、大ごとにはならなかったようだ。だが……他にも王宮に出入りしている商人が、死のワインを飲んでしまったとの噂もある」

「一体誰が? 死のワインを作る為には、呪いをワインに仕込まなきゃならない。簡単には作れない代物だぞ」


 ヨークは言いにくそうに、更に小声でフォリーに囁く。


「……そのワインは『北部』で作られたものらしいことは分かっている。王宮内では『アイアングレイ家』が仕組んだと考える者もいる」

「アイアングレイ家? 彼らが何故王都の貴族や商人を狙うんだ。確かに王家とは因縁があるけど」

「さあ、あくまでそう噂する者がいるというだけだ。だが死のワイン事件の噂が広まれば、城下町がパニックを起こしかねない。王宮内はピリピリしているよ」

「なるほど……英雄ゼインの人気に死のワイン事件、せっかく平和になったというのに、王宮内は心穏やかではなさそうだね」


 フォリーが神妙な顔で呟くと、ヨークは苦笑いしながら「ああ、全くだ」と頷いた。

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