第48話 失踪の理由
「マーカス様、やはりケイトリン様はもう村にはいないようです」
乱れた髪を気にする様子もないリックハードは、息を切らせながらマーカスに報告した。この場にいるゼインとリアに挨拶をする余裕もない。彼の額には汗がにじんでいて、その表情には焦りが見える。
「まさかケイトリンが姿を消すなどという大それたことをするとは……本当に娘は出ていってしまったのか? なんてことだ……」
マーカスは両手で顔を覆い、深いため息をついた。
「ケイトリン嬢と最後に話したのはいつだ? 騎士リックハード」
ゼインがリックハードに目を向けると、リックハードは一瞬目を逸らした。
「……俺が最後に話したのは昨夜、ケイトリン様がお休みになる前です。彼女が部屋に戻ってからは、姿を見ていません」
「ならば夜中に出ていった可能性もある。そうなるともう遠くへ行ってしまったかもしれんな」
「夜中に出ていくなんて危険すぎますよ。ケイトリン様は夜が明けてから出ていったと思います。俺はもう一度、森を見てきます。どこかで休んでいるかもしれませんし」
食堂を出ようとしたリックハードに、リアは「お待ちください」と声をかけた。
「何です? リア様。俺は今急いでいて……」
「ケイトリン様の行き先に心当たりはないですか? リックハード様」
「……ありませんよ。そもそもケイトリン様は、この辺の地理に詳しくありません。もしも闇雲に村を出ていったとしても、どこへ行っていいかも分からないはずです」
「本当に何も知らないですか? ケイトリン様が姿を消した理由も、あなたなら何か分かるのでは」
珍しくリアは語気を強めた。リックハードは肩をビクッとさせ、目を泳がせる。その様子に、マーカスは険しい表情を浮かべる。
「リックハード。お前、まさか何か知っているのか?」
リックハードは答えなかった。重苦しい空気の中、無言のまま目を閉じて深く息を吐くと、覚悟を決めたのかマーカスに向き直る。
「マーカス様。俺は……ケイトリン様を愛してしまいました」
「な……なんだと?」
マーカスは狼狽したまま、椅子から立ち上がる。ゼインは驚いた顔でリアに「知ってたのか?」と尋ねた。リアは小さな声で「……はい」と頷く。
「手紙に書いてあるのは、俺のことです。俺たちは昨日、気持ちを確かめ合いました。でも俺たちが結ばれるはずのない関係だということは、二人ともよく分かっています。だから俺たちは、このことはお互いに忘れようと決めたはずでした。それなのに翌朝になったら、ケイトリン様は姿を消していたんです」
マーカスはじっと話を聞いていたが、突然無言でつかつかとリックハードに近寄ると、思い切り顔を殴った。リックハードは殴られた頬に手を当てながら「申し訳ありません」と呟いた。
「お前は! ケイトとは幼馴染で、私はお前たちを本当の兄妹のようだと思っていたのだぞ! それをお前は……!」
再び殴りかかろうとするマーカスを、ゼインが慌てて後ろから手を回して引き留める。マーカスの怒りは、力の強いゼインが振り回されそうになるほどの強さだった。
「言い訳はしません。俺がケイトリン様を愛する気持ちに嘘はない。俺は幼い頃から、ケイトリン様をずっと愛していたのです」
「ふざけるな! お前を信用していたからこそ、我がアイアングレイ家の護衛騎士にしたのだぞ! お前は私の信頼を裏切り、娘に手を出したのだ! 英雄ゼインの前でなんてことを言ってくれたんだ! もう何もかも台無しだ!」
喚き散らすマーカスと、何も言わずにうなだれるリックハードを見ながら、リアは唇をぐっと噛みしめた。
「……私のせいです」
「どうした? なぜリアが謝るんだ」
ゼインが驚いてリアに聞き返す。
「わ……私がお二人をけしかけたようなものです。お二人は惹かれ合っていると思って……申し訳ありません。私が余計なことを言ったばかりに、こんなことになってしまって」
ケイトリンとリックハードが惹かれ合っていると気づいたリアは、二人の本音を引き出そうとした。それがきっかけになり、二人は気持ちを通じ合わせたに違いない。だがそのせいでケイトリンは思い詰めることとなり、結果として一人姿を消してしまったのだ。
「リアのせいじゃない。二人が愛し合っていたのなら、遅かれ早かれこうなっていた」
「……はい、ゼイン様」
複雑な顔のリアに頷いて見せたゼインは、ようやくマーカスから手を離した。マーカスはもう暴れてはいなかったが、まだリックハードを鬼の形相で睨みつけている。
「今は喧嘩している場合じゃない。一刻も早くケイトリン嬢を探し出さなきゃならない。俺は今すぐに村人を集めて、近隣を捜索する」
「す……すまない、ゼイン殿。ケイトリンをなんとしても探し出してくれ。父親としてお願いする」
マーカスはようやく我に返り、リックハードも「俺も捜索に向かいます」と声を上げた。
♢♢♢
ゼインはケイトリン捜索の為、村人を村の広場に集めた。ケイトリンを探す為に多くの村人が手を上げ、広場に集まった。彼らは数人ずつ組んで、ケイトリンが向かいそうなところを探すことになったのだが、問題は手がかりがなさすぎることである。
「お嬢様を探せって言ったって、どこを探せばいいってんだよ」
ゼインの仲間、ブライアスがぼやく。もう一人の仲間ワイリーも「せめてどっちの方角に向かったか分かればいいんだけどね」と苦笑いした。
「ケイトリン嬢は徒歩で出ていったから、そう遠くまでは行っていないだろう。山歩きできる靴を履いていないようだから、歩きやすい街道沿いにある近くの宿屋か、集落を目指しているかもしれん」
ゼインが言うと、隣に立っているリックハードがそれに続いた。
「俺たちは王都に立ち寄ったあと、この村を目指しました。王都方面なら少しは道も分かるでしょうから、そちらに向かった可能性もあります」
「なるほど。だが見つかりたくないのなら、逆の道を進むかもしれん。とりあえず俺とあんたで二手に別れるか」
「ええ、俺は王都方面を探します」
「分かった、俺は逆方向を探す。みんな、すまないがよろしく頼む。日暮れまでになんとしてもケイトリン嬢を見つけたい」
ゼインが村人たちを見渡し、声を張り上げると、村人たちから一斉に「任せろ!」「ケイトリン様を見つけようぜ!」と声が上がった。
リアは捜索には参加せず、村に残る。ひょっこりとケイトリンが帰ってくる可能性もあるので、リアは宿屋に滞在しながら彼女が戻るのを待つことにした。
「みなさん、どうかお気をつけて」
リアはゼインを先頭に村を出ていく捜索隊を見送った。ケイトリンがどこにいるのか、果たして彼女は無事なのか。リアの不安は消えなかったが、彼らに託すしかない。




