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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2部 第1章

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第47話 ケイトリンと護衛騎士

 宿屋の部屋から出たケイトリンは、護衛騎士リックハードが泊まる部屋の扉をノックした。扉が少しだけ開き、中からリックハードが顔を覗かせる。


「ケイトリン様。何か?」

「村の人にお菓子をもらったの。良かったら食べない?」


 リックハードが答える前に、ケイトリンは強引に扉を開けて彼の部屋に入る。彼は彼女の自由な振る舞いには慣れっこだ。二人は幼馴染で、リックハードの方が五歳上だったこともあり、まるで本当の兄妹のように育った。


 ケイトリンが持ってきたのは、ジンジャークッキーだった。皿を小さな机の上に置くと、リックハードが皿を持ち上げてじろじろと舐め回すように見る。


「まさかもう食べていないでしょうね?」

「村の人が毒を盛るとでも思ってるの? リックは本当に心配性ね」


 呆れたようにケイトリンは笑う。リックハードは「念の為です」と言い、ジンジャークッキーを一つ手に取って口の中に入れた。問題がないと分かったのか、頷きながら皿をケイトリンに差し出す。


「……うん、大丈夫ですね。どうぞ、ケイトリン様」

「ありがとう。いつも言ってるけど、私と二人だけの時は『ケイト』って呼んでいいのよ? 昔みたいに」

「俺はあなたの護衛騎士です。昔とは違うんです」


 ふいと目を逸らすリックハードを、少し寂しそうにケイトリンは見つめた。幼い頃から一緒だった二人は、お互い「リック」「ケイト」と呼び合う仲だった。騎士団に入り、騎士となったリックハードはアイアングレイ家の護衛騎士としてケイトリンと再会することになった。その時から、リックハードは「ケイト」と呼ぶことはなくなった。


「……それよりケイトリン様。マーカス様はまだ英雄ゼインを諦めていないんですか? いつまでここにいるつもりなんでしょう」

「そうなのよ、参っちゃうわね。ゼイン様は私の話を聞きもしないし……お父様はどうしてもゼイン様をアイアングレイ家のものにしたいのよ」

「確かに『英雄ゼイン』の名は魅力的ですが……彼は所詮身寄りのない平民。果たして信用に足る男でしょうか。聖女リアと別れる気もないようです」

「でも、お父様は彼がアイアングレイ家の希望であると思い込んでいるの。私だって無茶なことをゼイン様に言っている自覚はあるわ。それでも私は、ゼイン様を手に入れなきゃいけないのよ。アイアングレイ家の為に」


 ケイトリンは外では見せない険しい表情で語った。リックハードが何か言おうとする前に、ケイトリンはもう一つジンジャークッキーを手に取り、部屋を出ていこうとした。


「ケイトリン様」

 慌てて呼び止めるリックハードに、ケイトリンは振り返って「何?」と答えた。


「ケイトリン様には、英雄ゼインは相応しくありません」

「リック……?」


 思わぬ彼の言葉にケイトリンは驚く。リックハードは意を決し、口を開いた。

 

「あの男は野蛮で、失礼で、ケイトリン様を大切にしてくれるとは思えない。あの男とケイトリン様の結婚には……俺は反対です。ケイトリン様にはもっと相応しい男がいるはずだ。あなたを心から愛し、大切にしてくれる男があなたの夫になるべきなんです」


 リックハードは早口で言い切ったあと、ハッと我に返って「すみません、こんなことを」と呟いた。


「……リック、私も同じ気持ちよ。私のことを心から理解してくれて、いつでも私のそばにいてくれる人は、必ずいると信じているの」


 ケイトリンはリックハードを見つめながら言った。それはまるで愛の告白のような言葉だった。二人の視線が絡み合い、ケイトリンは無言でリックハードに近づく。


 二人はそのまま見つめ合い、ケイトリンの手からクッキーがすり抜けるように落ちた。ケイトリンとリックハードの瞳には、お互いの顔しか映っていない。ケイトリンはそっと手をリックハードの手に重ねた。


「……リック」

「ケイト」


 リックハードはようやく、彼女を懐かしい愛称で呼んだ。二人は唇を重ね、強く抱き合った。


 ♢♢♢


 翌朝、リアとゼインが暮らす教会に、血相を変えた宿屋の主人が飛び込んできた。


「村長! リア様!」


 食事中だったリアとゼインのところに、宿屋の主人が顔を出した。


「なんだ、こんな朝っぱらから大声で」

 

 ゼインはパンを持ったまま宿屋の主人を睨む。リアも突然やってきた主人を何事かという目で見た。


「今朝、ケイトリン様を見ませんでしたか⁉」

「ケイトリン嬢……? いや、見てないが」


 眉をひそめながらゼインがリアを見ると、リアも「いいえ。さっき森の女神像まで行ってきましたけど、見ませんでしたよ」と首を振る。


「ケイトリン様が姿を消してしまったんですよ!」


 リアとゼインは驚いて顔を見合わせると、すぐに椅子から立ち上がった。宿屋の主人と一緒に、リアとゼインは宿屋へと急いだ。



 リアとゼインが到着すると、既に宿屋は大騒ぎとなっていた。アイアングレイ家の使用人たちは宿屋中を探し回っていて、そこかしこの扉を開けて回り、大声で「ケイトリン様ー!」と叫んでいる。

 一階の食堂では青ざめたマーカスがテーブルに着き、苛立ったように足を揺すっている。リアとゼインは食堂に入り、マーカスに声をかけた。


「侯爵殿。ケイトリン嬢がいなくなったというのは本当か?」

 

 ゼインがマーカスに声をかけると、マーカスは「おお、来てくれたか」とすがるような目でリアとゼインを見た。


「一体何があったのですか?」

「私もどうしてこうなったのか、混乱しているところだ。今朝ケイトリンの部屋にメイドが起こしにいったら、部屋がもぬけの殻だったらしい。机の上には私あての手紙が置いてあった。これを見てくれ」


 マーカスは震える手でリアに便箋一枚を差し出した。リアは受け取り、ゼインと一緒に手紙を読んだ。


『愛するお父様、勝手な行動をお許しください。お父様の娘であることは、私の誇りでした。でも私はこれ以上、自分の気持ちに嘘をつけません。昨日、私は生涯で一番幸せな時を過ごしました。この気持ちを私は忘れたくありません。ごめんなさい、ありがとう――ケイトリン・アイアングレイ』


「――どういうことだ?」

 手紙を読んだゼインはわけが分からないという顔で首をひねった。だがリアにはこの手紙の意味が分かった。


「リックハード様……リックハード様は今どこにいらっしゃいますか?」

「リックハードには村の中を探しに行かせているが、彼が何か知っているのか?」

「それは……」


 リアは言葉を濁した。恐らくケイトリンの手紙にある『生涯で一番幸せな時を過ごした』というのはリックハードのことに違いない。だがはっきりと手紙に名前がない以上、口出しすべきか迷ったのだ。


「とにかく俺たちもケイトリン嬢を探す。徒歩では恐らく遠くへは行けない。今探せば見つけ出せるかもしれん。村のみんなに声をかける」

「有難い、ゼイン殿。ぜひお願いしたい」


 青ざめた顔のまま、マーカスはテーブルに手をついて頭を下げた。北部の領主である彼が、なりふり構わずゼインに頭を下げる。それは彼の焦りを表していた。


 その時、バタバタと靴音を立ててリックハードが食堂に飛び込んできた。

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