第45話 護衛騎士の本音
ゼインとケイトリンが話をしていた頃、リアは護衛騎士リックハードに付き添ってもらい、教会まで歩いていた。村は静まり返っていて、リックハードとリアが持つ手持ちランタンの二つの明かりが、夜の闇に浮かんでいる。
リックハードはずっと無言で、ただリアの少し後ろを歩いている。自分の背中にリックハードの不機嫌さが伝わってきて、リアはずっと居心地の悪さを感じていた。
「あの……リックハード様は『アイアングレイ騎士団』の方ですよね?」
沈黙の重さに耐えられなくなったリアは、リックハードに話を向けてみた。北部領の騎士団は『アイアングレイ騎士団』と呼ばれていて、その名のとおりアイアングレイ家に忠誠を誓う集団である。
「そうですが」
リックハードは素っ気ない返事を返した。彼はリアと世間話を楽しむつもりはさらさらないようだ。
「お若いのに、アイアングレイ家の護衛騎士を務めるなんて、凄いですね」
よせばいいのに、再びリアはリックハードに話しかけた。これには理由がある。アイアングレイ家がゼインに会いに来た理由を少しでも探りたいと思ったリアは、護衛騎士と仲良くなって話を聞き出そうとしたのだ。
「俺はケイトリン様の幼馴染ですから。彼女が歩き始めた時から、俺は一緒にいるのです」
「そ、そうですか。幼馴染……それなら、侯爵様が信頼するのも当然ですね」
意外にもリックハードが話に乗ってきたことに驚いたリアは、動揺を隠しながら答える。
「……リア様、あなたの噂は以前から聞いていました。魔族との戦では、誰よりも危険な場所へ行き、呪いの治療をしていたとか。素晴らしい働きだったと」
「聖女として、当然のことです」
恥ずかしそうに首を振るリアの背中を、リックハードは冷めた表情で見ている。
「英雄ゼインの妻なんでしょう? あなたは。それなのにケイトリン様があなたの夫にベタベタしているのを、ただ黙って見ている。正直に言って、俺はあなたに失望しています。あなたはあの場で怒るべきでした」
「……さっきの食事でのことですよね。ベタベタしてると言っても……ケイトリン様はゼイン様を褒めていただけで……」
「あなたがそんな態度だと、英雄ゼインはケイトリン様に心を奪われてしまいますよ。ケイトリン様は誰が見ても美しく魅力的な方です。彼女の微笑む顔を見て、恋をしない男はいません。どんな男も、ケイトリン様の為なら人生を捧げてもいいと思うものです」
リアはリックハードの言葉を聞き、思わず立ち止まってしまった。ゼインとは偽装夫婦という形ではあるが、彼とは深く信頼し合っていると思っている。ゼインが他の女性に惹かれるかもしれない、という可能性を全く考えていないわけではないが、そんなことは起こらないだろうとも思っていた。だが相手は北部の領主だ、どんな手を使ってでもゼインを手に入れようとするかもしれない。そしてゼインも男である。ケイトリンのような美しい女性に迫られたら、いくら彼でもその魅力に抗えないかもしれない。
(私を帰らせてゼイン様だけをあの場に残したのは、ひょっとして……)
嫌な予感がリアの頭をよぎる。そこでふと気づいたのが、リックハードが食事の時からずっと不機嫌そうだったことだ。
(もしかして……この人はゼイン様とケイトリン様が近づくのが嫌だから、ずっと不機嫌なのかしら)
リアは振り返るとリックハードの顔をじっと見た。
「リックハード様は、ゼイン様とケイトリン様が仲良くなってもいいのですか?」
「な……何を言うんですか。俺は別にケイトリン様が誰と仲良くなろうと……」
リックハードはあからさまに動揺している。リアは(意外と分かりやすい人だわ)と思いながら話を続けた。
「ゼイン様は、この村で奥様と二人、仲良く暮らしていた人です。村を魔族が襲撃し、奥様とご家族をいっぺんに亡くされました。それ以来、仇を取る為に命を懸けて魔族と戦い、魔族の王ウィラードを倒したのです。私はそんなゼイン様を尊敬していますし、彼が奥様を深く愛していたことを否定したくはありません。そんな彼が私を妻にすると決断したことは、とても重いと私は思っています」
「そうですか。あなたは英雄ゼインを信じているんですね」
「はい。私はゼイン様を信じています。あなたがケイトリン様を信じているのと同じように」
「……」
リックハードは黙り込んでしまった。
「私の勘違いでしたら申し訳ありません。でもリックハード様のケイトリン様に対する口ぶりは、ただの護衛騎士を超えているように思うんです。ひょっとしてリックハード様はケイトリン様のことを……」
リアの話を遮るように、リックハードが口を挟んだ。
「俺はアイアングレイ家の護衛騎士です。彼女と俺は立場が違う。俺はわきまえているつもりです。もうこの話は忘れてください」
二人は再び歩き出す。じゃり、じゃり、と小石混じりの道を踏む靴音だけが響く中、リアは考えていた。護衛騎士が領主の娘と結ばれる可能性はない。それくらいはリアにも分かる。それでもリックハードはケイトリンを愛しているのだ。
リアはリックハードの気持ちを思うと複雑だった。
♢♢♢
リアが帰って少ししてから、ゼインは家に戻ってきた。リアはキッチンのテーブルでじっとゼインの帰りを待っていた。ここは炊事場と食事場所が兼用となっていて、二人はいつもこのテーブルで食事を取っている。
「なんだ、ここにいたのか」
キッチンに顔を出したゼインはリアがいるのを見て驚きながら、水がめからコップに水を汲み、一気に飲み干した。
「お帰りなさい。あの二人と何の話をしていたんですか?」
リアは水を飲んでいるゼインの背中に声をかけた。ゼインは肩をビクッとさせて振り返り、口元からこぼれた水を手で拭う。
「大した話じゃない」
「……でも、わざわざ私を外してまでしたかった話ですよね?」
疑いの表情でリアはゼインをじっと見る。ゼインは気まずそうにパッとリアから目を逸らした。
「リアは気にしなくていい」
「気にしますよ。彼らがこの村に来た理由は、何か分かりました?」
ゼインは一瞬黙り込んだ。リアはもう一度「話してください」と繰り返す。すると渋々、ゼインはアイアングレイ家からの『提案』をリアに話した。
「――つまり、ゼイン様がケイトリン様と結婚し、北部に移り住むってことですか?」
話を聞いたリアはぽつりと呟く。懸念していたとおり、マーカスはゼインを娘の夫にしようとしている。不安そうなリアを見て、ゼインは慌てた。
「俺は断った。だからリアはもう心配しなくていい。これは終わった話だ」
「でも……相手は北部の領主様ですよね。ゼイン様が断ったと言っても、大人しくこのまま引き下がってくれるんでしょうか」
「引き下がるも何も、俺は向こうに行くつもりなど最初からない。そもそも英雄の村を捨てていけるわけないだろう? ここは俺の村だぞ」
少し苛立ったようにゼインは話した。自身の生まれ故郷を元に戻す為に頑張ってきた男が、故郷を捨てて北部へ行くという選択をすることはないだろう。リアもゼインの言うとおりだと思い、次第に冷静さを取り戻してきた。
「……そうですよね。ごめんなさい、急な話で驚いてしまって」
「俺はこの村にいる。リアと一緒にな」
ゼインはきっぱりと言い切り、リアをじっと見つめた。リアは急に胸が大きな音を立て、落ち着かなくなった。
「な……ならいいんです。私は先に休みますね。おやすみなさい」
「リア」
熱くなった頬を隠すように席を立ち、背を向けたリアにゼインが声をかけた。リアは仕方なく、こわばった表情で振り返る。
「俺を信じろ」
リアの緊張が、ゼインの一言で緩んでいく。リアはぎこちない笑みを返し「はい、ゼイン様」と答えた。




