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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2部 第1章

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第43話 夕食会

 北部からやってきたアイアングレイ家のマーカスとケイトリン。村に突然やってきた北部の貴族がよほど珍しいのか、宿屋の周囲には村人が集まってきていた。

 

 宿屋の敷地内には馬を休ませる為の(うまや)がある。マーカスとケイトリンが乗っていた馬車もそこに置かれていた。リアが使っている馬車よりも一回り大きく、扉部分に描かれたアイアングレイ家の紋章はとても目立つ。鉄の一族らしく、馬車に取り付けられた鉄のランタンや扉の取っ手などの装飾は、重厚感と華やかさがある。彼らは見慣れぬ紋章や馬車の装飾に興味津々だ。


「お前たち、馬車に近づくな! ここから去れ!」


 アイアングレイ家の護衛騎士は、馬車に触ろうと近づく村人たちに怒鳴った。護衛騎士は整った顔立ちと恵まれた体格を持つ若者だ。馬の手入れをしていたが、あまりに野次馬が多いのでずっとピリピリしている。そこに、宿屋から娘のケイトリンが優雅な足取りでやってきた。


「いいのよリックハード。好きなだけ見せてあげて」

「ケイトリン様。しかし……」

 護衛騎士リックハードは、困ったように返す。

 

「この人たちは北部の馬車が珍しいのでしょう。それよりちょうどよかったわ。どなたか、ゼイン様に伝言をお願いしたいのだけど」


 そう言い村人たちに声をかけるケイトリンは、すらりと背が高く肌の色は透けるように白い。村人たちのどこからか「女神様みたいだ……」とどこか惚けたような声が漏れる。ケイトリンに話しかけられ、ぼんやりしていた一人の男が我に返ったように「俺が伝えます!」と叫んで前に出ると、つられて他の男たちも「俺に何でも言ってください!」と後に続く。リックハードは男たちがケイトリンを無遠慮にじろじろと見ているのを、苦々しい顔で睨んでいた。


「ありがとう。ゼイン様をぜひ、夕食に招待したいと父が言っているの。宿屋に来てもらえるよう、伝えていただける?」


 ケイトリンが微笑むと、男たちは「お任せください!」と言って先を争うように駆け出していった。

 

 ♢♢♢


「夕食……ですか? あの二人と?」

「ああ。だからリアも支度をしてくれ」


 村人からの伝言で、ケイトリンから食事の招待を受けたゼインは、リアに一緒に来るように伝えた。


「……私も一緒に行っていいんでしょうか?」

「何を言ってる。リアは俺の『妻』なんだから一緒に行かないとおかしいだろう」

「そ、そうですよね。私は『妻』ですから、一緒に行くのは当然ですよね」


 リアは動揺しながら答えた。表向きは夫婦の二人なのだから、夕食に招待されれば夫婦で行くべきだと頭では分かっているものの、急に夫婦としての振る舞いをしようとしてもなかなか上手くはいかないものだ。


「一緒に食事なんて面倒だが、あいつらが村に来た目的を聞き出したいと思っていたところだ。ちょうどいい」

「そうですね。きっと何か目的があってここへ来たんでしょうから」


 リアはゼインの言葉に頷く。彼らが何の狙いでこの村に来たのか、その理由を確かめなければならない。リアは深呼吸し、気を引き締めた。


 ♢♢♢


 北部の領主マーカスとその娘ケイトリンに夕食に招かれたリアとゼインは、宿屋の一階にある食堂に入った。ここは普段宿泊客が食事をする為の場所だが、今日は彼らの貸し切りとなっている。既に人払いを済ませ、食堂内には誰もいない。


 リアは夕食会の為、普段の聖女服からドレスに着替えた。これは第二王子マティアスの婚約者だった頃に使っていたもので、王都を出る時に一着だけ持ってきたものだ。この村に来てからは、ゼインとの結婚祝いパーティーで一度着ただけだ。

 

 食堂のなんの飾り気もない木のテーブルの上には、アイアングレイ家の料理人が用意した食事が並んだ。豆をすりつぶしたとろみのあるスープにこんがりいい色で焼けた鹿肉のロースト。村で採れた野菜のグリルは彩りがよく、綺麗に盛り付けされている。飲み物はアイアングレイ家が持ち込んだワインだ。宿屋の食堂では野菜のスープや大麦粥などの素朴な料理しか出ないので、こんなに豪華な食事が並ぶのを見たリアは(さすが北部の領主様が連れてきた料理人ね)と心の中で呟いた。


「いやあ、しかしお二人が夫婦とは驚きだ」


 ワインを飲みながら上機嫌なマーカスは、並んで座るリアとゼインを見ながら意味ありげに笑った。


「どういう意味だ?」


 ゼインは眉をひそめて聞き返す。


「なに、大した意味はない。ただこうして見ているとなんというか、初々しいというか……まるで()()()()()()見えると言いたいだけだ」

「俺たちはいつもこんな感じだ。夫婦の形は一つじゃない」

「……そうか。これは失礼した」


 マーカスは肩をすくめ、横のケイトリンと目を合わせた。その含みのある顔に、リアは何か嫌なものを感じた。


(まるで私たちが夫婦なことが気に入らないみたい)


 マーカスはひたすらゼインを褒めちぎっていた。「国で一番の戦士」だの「国を救った英雄」だの、ゼインが何度も飽きるほど聞かされた褒め言葉をひたすら彼に浴びせていた。

 娘のケイトリンはそんな父の言葉にいちいち大げさに頷き、キラキラした瞳でゼインを見つめていた。まるで横のリアが目に入っていないような態度である。


「ゼイン様は本当に素敵です。あなたに憧れる女性も多いでしょうね」

「そんな女はいない」


 ゼインはずっとケイトリンに素っ気なかったが、ケイトリンはめげずに何度もゼインを褒めていた。そのたびにリアは嫌な気分になる。ただゼインを褒めているだけなら、リアも誇らしい気分になるのだが、ケイトリンの視線はゼインを男性として見ているようにリアは感じるのだ。


 アイアングレイ家の護衛騎士リックハードは、食事中も部屋の片隅でじっと立っていた。リックハードはケイトリンがゼインを褒めるたび、ゼインのことを睨んでいる。


(あの護衛騎士は、ケイトリン嬢がゼイン様を褒めるのが気に入らないのかしら)


 ケイトリンはリアの目から見ても、王都でも滅多に見かけないほどの美しい女性だ。いくら仕える対象とは言え、あれほど美しい女性のそばにいたら、彼も意識してしまうのかもしれない。


 食事中、リアはずっと退屈だった。マーカスとケイトリンの興味はゼインだけで、リアには殆ど興味を示さない。二人が村に来た理由は、ゼインに会うことであるのは間違いないだろう。だが二人はゼインを褒めちぎるだけで、それ以上のことは何も話さなかった。


 そして食事が終わり、食後の紅茶が出てきた頃、マーカスはいよいよ本題を切り出した。


「実はこの村に来たのは理由があるのだ。英雄ゼイン、我々の話を聞いていただきたい」

「俺もその話とやらを聞き出そうと思い、ここへ来た」


 ゼインはこうなることを予想していたので、驚く様子もなく頷いた。だがマーカスは次にリアをちらりと見ると「聖女リア、申し訳ないがあなたにはここで退室していただきたい」と言ったのだ。


「わ……分かりました」


 困惑気味にリアが頷くと、ゼインはすかさず「待て、なぜリアがここにいちゃ駄目なんだ」と口を挟んだ。


「この話はゼイン殿にだけ話したいのだ。申し訳ないが、聖女リアには先に帰っていただきたい」

「彼女は俺の妻だ。話があるなら妻も一緒に聞く」


 いきり立つゼインに、リアは慌てて「いいんです。先に帰りますね」となだめた。北部の領主がわざわざゼインを訪ねてきたのだから、きっと何か人に話せない重要な頼み事があるのかもしれない。リアはそう考え、素直に帰ることにした。


「……仕方ない。それならそこにいる護衛騎士。リアを教会まで送ってやってくれ」


 渋々了承したゼインは、リックハードに声をかけた。リックハードはあからさまに不機嫌そうに眉をひそめながら「了解した」と答えた。

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